BUDDY 5
「この状況で、隠れておくとか、無理だよな……」
明らかに劣勢に見える四名に加勢するため、士郎は夫婦剣を投影しようとした。
「あ……」
紫のローブがふわりと舞い降り、骸骨たちと戦うセイバーの背後に回って立つ。その手には変わった形の短剣が握られている。
そのローブの女性がこの結界を張っているのだということがわかった。注意深くその顔を見ていると、薄っすらと唇が笑みを刻んだ。
その口元にゾッとする。
結界に穴を開けられても笑えるということは、何かある。他の誰も気づいていない。背後に立たれているセイバーでさえ、気配は感じているが、彼女が何をしようとしているのかまでは理解していないだろう。
思わず駆け出せば、アーチャーがセイバーとローブの女性の間に割り込んだ。
「セイバー、あの剣には触れるな!」
注意を促すアーチャーに、セイバーは頷いている。
士郎もほっとしたが、アーチャーに邪魔をされ、フードに隠れた顔が口惜しそうに歪んだのを見逃さなかった。
(何か、まずい……っ!)
直感だ。
予知などという高度なものではない。
ただ、直感的にアーチャーが危ないと思えた。ひび割れたアスファルトを蹴る。誰かを抱えたアーチャーは完全にローブの者に背を向けていた。
「アーチャーっ!」
「な、士――」
士郎を認めた鈍色の瞳が驚きに彩られている。その身体に体当たりを喰らわせるように飛び込めば、右肩が痛みに襲われた。
「あ、ぅ……っ」
「ルールブレイカー」
紫の唇がそう動いたと同時に、赤紫色の光がスパークする。
「うぐ、あああぁっ」
何がどうなっているのかは、士郎にはわからない。
だが、剥がされる。
無理やりに掴まれ、握りしめられ、引きちぎられる。
士郎の身に何かが起こったわけではない。ただ、それは、士郎の存在自体を揺るがしかねない解放《チカラ》だった。
***
「アーチャー!」
その声に振り返り、冷たい汗が噴き出た。
「士――」
声すら出ない。
士郎の右肩に、異様な形の短剣が突き刺さっている。
「ルールブレイカー」
宝具を発動したキャスターは、苦々しい表情を浮かべていた。セイバーを狙うはずがアーチャーに邪魔をされ、ならばアーチャーを、と標的を変えたというのに、第三者が現れ、失敗してしまったからだ。
「士……」
振り返って、士郎を連れて退こうとしたが、アーチャーは人質となっていた藤村大河を抱えている。このままでは、士郎を引っぱってくることもできず、キャスターを仕留めることもできない。セイバーのマスターである衛宮士郎に大河を託すにしても、ここからはいったん離れなければならない。
「っ、くそ!」
右肩を押さえて膝をつく士郎をそのままに、アーチャーは跳び退った。
「アーチャー、藤村先生は?」
「意識はないが、怪我を負っている様子はない」
凛の側まで退いて早口で言えば、彼女は撤退する旨を示唆する。
すぐに同意して、キャスターの結界を出なければ、とアーチャーは思う。だが、すぐには答えられない。アーチャーは、何も言葉にできなかった。
(どうなるのだ、これは……?)
今、最優先事項である、ここから逃れる算段よりも、アーチャーの頭の中はそのことばかりで埋め尽くされている。
アーチャーと士郎は一体のサーヴァントと同じような状態のはずだ。であれば、士郎が受けたあの宝具の影響で、アーチャーも凛の契約から外れるのかもしれない。が、凛の令呪には変化がない。
(私にも、なんら変わりがない……)
自身を改めて確認しても、凛との繋がりは確たるものだ。
「アーチャー、あの人はいったい?」
セイバーが竜牙兵を切り捨てて、自身のマスターである衛宮士郎を守りつつ訊いてきた。セイバーが視線で示すのは、キャスターの前で膝をついたままの士郎だ。
「アー……チャ…………」
微かな声で呼ばれていることがわかる。深く被ったキャスケットでよくは見えないが、こちらを見つめる琥珀色の瞳は不安げに揺れている。
その様子で、ようやくわかった。士郎だけが、キャスターの宝具の影響を受けたということが。
「士……」
「さっさと退くわよ!」
凛に促されるが、アーチャーはためらう。今が撤退のチャンスだと、頭ではわかっているが、このまま士郎を置いていっていいものかと迷う。
「アーチャー、早く!」
さらに呼ばれて、現状をもう一度確認し、今は仕方がないとアーチャーは士郎に背を向けた。
「っ……」
苦い思いを噛み締めて、キャスターの結界から抜け出す。
閉じていく結界の中に取り残された士郎の姿が小さくなっていく。
『アーチャー……』
士郎の声が聞こえた。
まだ、微かに念話ができる程度に繋がっている。だが、それもすぐに途絶えた。
(士郎……!)
憤りをどうすることもできず、アーチャーは眉根を寄せ、無事でいろ、と願うことしかできなかった。
BUDDY 5 了(2021/9/12)