BUDDY 5
どうしたって、その中に士郎が含まれることはない。何も望むわけにはいかないし、何かを望んでいるわけではない。それでも、それをまざまざと見せつけられると、胸苦しさに苛まれてしまうのだ。
なんの因果か、アーチャーの座に転がり込んで、その上、聖杯戦争に召喚されている。
アーチャーとともに現界した士郎は、日々、ちくり、ちくり、と胸を苛む痛みに襲われていた。
死んだからといってアーチャーへの想いが消えたわけではない。死の直前でも伝えるのを我慢した想いが、溢れてしまいそうだというのに、平然としていなければならない。
「辛いから、やめたかったのに……」
アーチャーと一緒にいれば、想いばかりが募ってしまって、ただただ苦しくて辛い。だから、あのとき、アーチャーとの契約を辞めようと思ったのだ。
だというのに、死んで、アーチャーの座に居候などしている。何をしたらこんな罰を受けるのか、と士郎はこの運命に嵌めたモノを責め立てたい。
「俺に、どうしろっていうんだ……」
誰か、もしくは、何か、の意図なのか。
だとしたら、いったいなんの思惑があるのか。
なぜ、アーチャーの座に転がり込むのが己でなければならないのか。
疑問が浮かぶばかりで、答えが一つも見つからない。
アーチャーが投影した服を胸に抱きしめ、どこにも進めない自分自身を嗤い、それでもアーチャーと同じ時と場所にいられることを喜んでいる。
「バカだなぁ、俺……」
虚しさが拭えず、深いため息をこぼしてしまった。
てくてくと距離を測りながらついていく。
あちらからは見えないように、気配を悟られないように、息を殺して人混みに紛れて……。
(何してるんだろうな、俺……)
天気が良く、今日は気温も高めだ。外であっても日なたにいれば、ポカポカとして暖かい。
青空に映える白い雲の行方を何とはなしに追いながら、渋っていたわりに、存外楽しそうなアーチャーの姿を思い出す。
(大好きなんじゃないか、遠坂のことも、セイバーのことも)
知っていたことだ。アーチャーが彼女たちを特別大切にしていることは。
いつもそうだった。日本にいたときもロンドンにいたときも、士郎はずっとアーチャーのことを傍で見てきたのだ。
時計塔を出てからはアーチャーと二人だったが、彼女たちと連絡を絶ったことはない。日本に帰るときは必ず連絡を入れたし、魔術協会の魔術師として働く凛に合わせて、ロンドンに行くこともあった。
だからといってアーチャーは、士郎のことをないがしろにしていたわけではないのだ。一人前になるまで導いてくれて、最期まで傍にいてくれた。
「相棒《バディ》として、だけど……」
それで十分だと思うことにしていた。
アーチャーが、未熟者の弟子だとか、守護者の卵だと士郎を評価していたことに比べれば、ずいぶん昇格したと言えるだろう。
「アーチャーにも認められた相棒《バディ》だ。それでいいじゃないか……」
親兄弟ではない、家族でもない、友達とも違う。だから、相棒《バディ》だ、とアーチャーはいつも言っていた。
それが、アーチャーにとって、士郎との最上の関係を表す言葉だったことは、士郎も理解している。
「一人前と認められて、信頼されて、何が不服だって言うんだよ……」
こんなのは、我が儘だとわかっている。
相棒《バディ》ではなく、もっと違う関係がいいのだ、と士郎は何度も心で叫んでいた。
だが、アーチャーに士郎の想いが届くはずもなく、また、士郎も想いを打ち明けることはなかった。
それでいいと思っていたのだ、あのまま生を終え、この身も想いも消えてなくなるのだから。
「なのに、なんでさ。アーチャーの座に転がり込んだって、どうしようもないじゃないか……」
今さらどうすることもできないが、この苦しさは終わらない、ということだけがはっきりとしている。
「はぁ……、ツいてないなぁ、俺……」
ついついぼやいてしまうのは、仕方のないことだった。
帰途についたらしい四人がバスに乗り込み、行ってしまった。
一定距離を離れるわけにいかない士郎は、タクシーを拾おうとしたが、何ぶん、金銭を持っていない。どうするかと悩んだものの、走って追いかけることにした。
さいわい、道が渋滞していて、歩道を少し駆けると追いく。並走するようにバスと同じ方へ向かって歩いていると、新都から深山町へと繋がる赤い橋脚の橋が見えてきた。
歩行者用の信号で足止めをくった士郎は、バスが過ぎていくのを目で追う。橋の半ばくらいで止まったため、また渋滞にハマっているようだ。
(これなら、信号が変わるまで待っていてもいいな)
置いていかれそうなら信号を無視しなければならないが、バスはいまだ進む様子がない。
ふと午後の日差しを受けて、キラキラと反射する眩しい川面に目を向ける。少しだけ懐かしさが胸を掠める。何年も帰らないまま紛争地で命を落としてしまった生を思い出し、苦笑いが浮かんだ。
青信号になり、橋の歩道を歩き、バスが少し離れてしまったので軽く走り出す。
「ぁ…………?」
思わず瞬く。
(なんだ?)
一瞬だったが空気がまとわりつくような感覚に陥った。すぐに気にならなくなったが、やけに強い違和感だった。
(なんだろう?)
首を傾げながら、深山町へ向かうバスを追う。が、がくん、と足が止まった。
「っ、……え?」
前方に四人の乗ったバスがある。橋を渡って行ってしまう。だというのに、前へ進もうとすれば身体が後ろに引っ張られた。
「な……!」
どういうことなのか、理解が追いつかない。
『アーチャー、アーチャー?』
念話を試みるも、返答はない。
「何が……、アーチャーは、どこに……?」
橋の中程の歩道で立ち止まり、あたりを見渡す。何も変わった様子はない。一つだけ気になるとすれば、先ほどの違和感だが、今は何も感じられない。
バスはもう見えない。だが、士郎はここから深山町の方へは進めない。
(ということは……)
ここよりも新都側にアーチャーがいる。
「何かの結界……なのか?」
聖杯戦争の表立った行動は夜に行われるものだと聞いていた。だが、今、四人の乗ったバスが結界のようなものに囚われて、おそらく、この橋の真ん中あたりで止まっている。
『アーチャー』
念じてみる。いつもなら、士郎の念話にはすぐに返答がある。
『アーチャー? おい?』
何度も呼んでみるが、返事はない。
結界が張られているのなら、それを外側からどうこうするのは難しい。そういう魔術の一般常識的な知識は、時計塔で学んだ。外側からは手の打ちようがないのは百も承知だ。それでも、士郎はアーチャーを呼び続ける。
『アーチャー、返事しろ! どこだ!』
繰り返し呼びかけたとき、一筋の光がすぐ側を走った。
「え?」
途端に、鏡が割れるように目の前の光景にヒビが入り、穴が開く。その穴の中では骸骨のようなものと戦うセイバーと凛、そして、腕に何者かを抱えたアーチャーが、紫のローブの女性から遠ざかろうとしている。
ほっとして士郎はその穴の中に踏み込んだ。今まで立っていた橋は、アスファルトにヒビが入り、あるいはめくれ上がって、下手をすれば崩落しそうに見える。