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恋を召しませ、召しませ愛を

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炭治郎が初めてバレンタインデーという日を知ったのは、保育園に通っている頃だった。
その日のおやつは、お徳用大袋に入っていたチョコレートが二つ。先生たちが今日はバレンタインデーだから、大好きな皆にチョコを上げますと笑いながらくれたのが、初めてのバレンタインチョコだ。そうして炭治郎はとっても凄いことを知ったわけである。

バレンタインは、大好きな人にチョコをあげる日。

それはまだ3歳の炭治郎にとって、大いに衝撃的だったし、大層悩ましい難問となった。
炭治郎にはとびきり大好きな人がいる。大好きな人にチョコをあげる日ならば、是非とも自分だってあの人にチョコをあげたい。いや、あげねばならない。だって大好きなんだもの。
目の前にはちっちゃなチョコが二つ。炭治郎はまだお小遣いを貰っていないので、炭治郎が用意できるチョコレートは目の前にあるこのおやつしかない。
けれども、真っ先に頭に浮かんだとびきり大好きな近所の中学生である義勇さんの他にも、大好きな人はいっぱいいるのだ。お父さんにお母さん、お婆ちゃんのことも大好きだ。妹の禰豆子や弟の竹雄だって、義勇の姉で炭治郎にも優しい蔦子お姉ちゃんだって、炭治郎は大好きだった。
だけれども、チョコレートは二つしかない。一つは真っ先に思い浮かんだ義勇さんにあげたいけれど、もう一つは誰にあげたらいいんだろう。禰豆子や竹雄はまだチョコは食べられないけれど、他の皆はちゃんとチョコレートだって食べられる筈。でも自分があげられるチョコは、何度見ても二つだけ。
炭治郎は自分のおやつだというのに自分が食べるという選択肢なんて浮かばないまま、暫くおやつのチョコを見つめたまま、うんうんと悩んでしまったものだ。


それから実に15年の月日が経った今日も、炭治郎は朝からうんうんと悩んでいた。
あの頃から大好きだった近所のお兄ちゃんである義勇は、いつの間にか初恋の人になり、今では炭治郎の同棲中の恋人だ。そして今日は、同棲してから初めてのバレンタインデーである。しかも金曜日。さぁ盛り上がれと言わんばかりのお膳立てである。
とはいえ、10歳年上の義勇の職業は高校教師で、しかも三年生の担当だから、金曜だからといっても夜更かしなんて出来るわけもない。翌土曜日も、なんなら日曜日も、実は休日出勤だったりもする。
それでも張り切らざるを得ないのは、なんとなれば義勇の誕生日はバレンタインに先立つ2月8日で、盛大にお祝いする予定だった炭治郎は準備中に風邪を引き、炭治郎の考えたお祝いフルコースはなに一つ成功しなかったからである。

そう、なに一つだ。

義勇の好きな物ばかりを並べる筈の夕飯は、一切作れなかったばかりか、義勇に粥を作らせる始末。プレゼントはあげられたけれども、箱を踏みつぶしてしまった。挙句の果てには本日の主役と上げ膳据え膳される筈の義勇に看病までさせて、時節柄風邪を引くなど以ての外だというのに、いつも通りに腕枕で添い寝までしてもらってしまった。
そして、初めてチャレンジしたケーキはといえば……特訓の甲斐なく失敗していた。
確かに、熱で朦朧としていたのは事実だ。でも毎日実家に寄って特訓したっていうのに、あそこまで失敗することないじゃないかと、思い返すと未だに炭治郎は落ち込む。
あの日義勇の為に作ったスフレチーズケーキは、まったく膨らんでいなかったうえにひび割れていた。しかも生地の裏ごしを忘れた所為か小麦粉がダマになって残っていたし、ラムレーズンは熱湯につけるのもラムを振りかけた後でレンジにかけるのも忘れていて、まったくラム酒の風味なんてありゃしなかった。
一晩眠って少し良くなったからと、義勇が渋るのを説き伏せて起き上がり、せめてケーキだけでも食べてもらおうとオーブンレンジを開いた時のあのショックは、未だに立ち直りきれずにいるほど大きかった。
大失敗のケーキを炭治郎が止めるのも聞かずに平然と食べた義勇は、美味いぞと言ってくれたけれど。炭治郎が作ったものならなんだって美味いと、本心から言ってくれたのだって嬉しかったけれども。炭治郎としては、最高の状態のケーキを食べてほしかったのだ。その為に猛特訓だってしたんだから。
しかし、時を巻いて戻す術はない。ならば、せめてバレンタインに賭けよう。残念ながら誕生日と違って翌日に義勇が休めるわけではないから、一晩中甘い恋人同士の時間を堪能することは無理そうだが、誕生日に出来なかった分もお祝いするのだ。
前向きに努力する方が、落ち込み続けているより精神衛生にも大変よろしい。それでなくてもこの時期は、毎年炭治郎の精神状態は浮き沈みが激しくて、どうにも落ち込みがちなのだ。失敗を引きずっていては、落ち込みに拍車がかかりそうだ。
この時期。2月の中旬と言えばお分かりだろう。バレンタインデー時期である。義勇の誕生日はバレンタインの少し前なので、それまでは誕生日のことばかり気にかかっているのだが、過ぎてしまえば頭をもたげるのはバレンタインに義勇が貰うチョコ事情だ。

なにしろ、義勇はモテる。これでもかっていうほどに、モテる。
校内バレンタインチョコ獲得数に至っては、毎年トップ3入りだ。

さてここで思い出すのは、近年──正しくは義勇の着任以来──キメツ学園に在学する女子生徒の間で、まことしやかに伝えられる噂話だ。
曰く、冨岡先生にチョコを渡す方法、である。
キメツ学園の校則では、基本的に菓子の持ち込みは禁止だ。大変校則に厳しい生徒指導の冨岡先生は、まともにチョコを渡したところで「没収」といって取り上げるだけで、放課後にはきっちりと返してくる。冨岡先生にと言ったところで、受け取ってはくれない。
だから冨岡先生宛のチョコは、先生に見つからないように職員室の先生の机の上に置くことが望ましい。生徒指導室を兼ねる体育準備室の机は却下。そもそも基本的に鍵がかかっていて入れない。以前、一度だけ侵入に成功しチョコを置いてきた猛者がいたのだが、体育準備室への不法侵入者がいたと全校朝礼でお叱りを受けるという、なんとも哀しい結末となった。当時中等部だった炭治郎も、複雑な思いでそれを聞いたものだ。
そんなわけで職員室一択ではあるのだが、首尾よく机に置いてこれたとしても、それでもその後3日間は落とし物として職員室の入り口にある落とし物入れに放置される覚悟は必要だ。ラッピングに凝って中身がチョコだと分からない場合は、他の落とし物同様に一ヶ月は放置である。惨い話だ。
チョコだと分かる状態なら、衛生上の問題もあるので3日で冨岡先生へと書かれたチョコレートは、眉間の皺と溜息吐きではあるが持ち帰ってもらえる。だから冨岡先生に渡すチョコはバレンタインの3日前に先生の目を逃れて机に忍び寄り、中身はチョコだとはっきり分かる状態で、且つこれは冨岡先生宛てですと分かるように大きく宛名書きしなければならないのだ。
激しく面倒くさい上、乙女心を粉砕すること請け合いの厄介さである。ついでに自分の名前を書いてしまうと開封後だろうと持ち主扱いで返却されるから、匿名でしか渡せないというおまけ付き。手作り? 3日放置されることを思えば諦めるより他ない。