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恋を召しませ、召しませ愛を

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勿論、ただ流されるままに炭治郎を見ているなんてこと、しやしない。炭治郎を手に入れる為の努力を怠る気など、義勇にはないのだ。
炭治郎を手に入れた先の先まで周到に準備して、義勇と共にいることで炭治郎を不安にさせたり苦しめたりする事柄は、全力で回避する所存だ。
炭治郎が義勇と一緒の学校に通ってみたかったとぽつりと零したから、進路は教育学部に決めた。受験で炭治郎と関わる時間を削られぬよう、今の学力でも十分合格可能のレベルの地方の大学を進路希望の紙には書いて提出した。教師はもっと上を狙えるだろうと渋面を作ったが、姉の蔦子は何も言わないので変更するつもりはない。
炭治郎はどうやら義勇が通うキメツ学園に自分も通いたいと願っているようだ。だから義勇が希望する就職先はキメツ学園一択だ。それなら教師と生徒という立場の違いはあれど、少なくとも6年間は炭治郎の願いを叶えてやれる。
炭治郎の気持ちがちゃんと義勇に向かっているのだと確信したから、彼女とはさっさと別れた。別れを口にした途端に泣き縋られたのは面倒だったが、親しくない者たちからは無表情で冷たいと評判の義勇の目から発する拒絶に気圧されたのか、諦めてくれたのは有り難い。裏で好き放題悪口ぐらいは言われてそうだが、別段義勇は気にしないのだから、なにも問題はなかった。
むしろ噂が広まって、義勇に告白なんてしてくる女子がいなくなるのなら、義勇にしてみれば一石二鳥である。
当然のことながら、今後も彼女など作る気はない。一晩限りの遊び相手だっていらない。炭治郎と想い合っていることが分かっている以上、浮気などするものか。炭治郎しかいらないのに、関心もない者の相手などしてどうする。そんな無駄な時間は義勇にはない。時間は有限であり、炭治郎を愛し甘やかすのに必要な時間は、いくらあったって足りないのだ。

そして、ココアだ。

思い出したのはあの時過ったプルースト効果。
フランス人作家であるマルセル・プルーストの「失われた時を求めて」という作品の中で、主人公が紅茶にマドレーヌを浸したときの香りで幼少時代の記憶を思い出すことから名付けられたというそれを、何故覚えていたのかは定かではない。いずれどこかで耳に入れたか目にしたかして、なんとなく意識に残っていただけだろう。
大事なのはその効果の内容だ。脳科学的にも匂いと記憶の関係は立証されているらしく、思い立って調べた結果に義勇は満足した。
嗅覚というのは他の五感と違って記憶に直結しているという。特に幼少期に顕著だ。しかも匂いから思い出される記憶は、概念的というより知覚的なものだという。特定の感覚を思い出す為に有効なのが匂いなのだと知った時の義勇の高揚は、今も密やかに静かに続いている。
泣いている炭治郎を宥める為に、渡したココア。安堵に笑った炭治郎。使わない手はないじゃないか。
ココアなら健康にも良いようだし、なによりも特徴的な匂いであるのが好都合だ。
ココアの香りと共に炭治郎は思い出すのだ、無意識に。
自分の辛さや哀しさが拭われる瞬間は、いつでもココアの香りと義勇の温もりと共にある。そう炭治郎は記憶する。炭治郎の安堵も安らぎも幸せも、義勇が与えるココアと共にあるのだと。
だから義勇はいつでも炭治郎が哀しげに泣くと、ココアを渡す。抱き締め、涙を拭ってやり、優しく微笑みかけて。

覚えておいで。お前の安心は、幸せは、この匂いと共にあるのだと。俺の温もりは、掌は、笑顔は、お前にとって幸せに直結したものなのだと。

そんな願いを込めて、義勇はココアの香りに包まれて笑う炭治郎を撫でる。
今までは缶入りの市販のココアばかりだったけれど、それでは香りが薄い気がするし、義勇が手ずから淹れた物の方が、炭治郎の喜びも増すのではないかと思ったので、義勇はココアの淹れ方も勉強中だ。
選びに選んだ結果、義勇が決めたココアはバンホーテンのピュアココア。蔦子に習って初めて淹れてみたココアは、練り方が足りなかったのかダマが残っていて、思わず顔を顰めた。
練習が必要だと思った。炭治郎の好みに完璧に合うココアでなければ、自分が納得できない。
常に台所に置かれるようになったココアと、冷蔵庫に完備されるようになった牛乳に、蔦子が時折虚無としか言いようのない顔になるのは少し気にならないではないが、なにも言ってこないのだからまぁいいだろう。いずれは蔦子にも許しを得るつもりなのだし、察してくれるのなら説明は省ける。
竈門家にもその時にはきちんと挨拶に行かなければ。品行方正ないいお兄ちゃんとしてずっと竈門家と接してきた義勇だ。信頼は既にガッチリと得ている。同性という一番の問題はあるにせよ、頭ごなしに反対されることはないだろうと義勇は踏んでいた。
偏見や差別と言った言葉とは、無縁の家族だ。炭治郎の幸せを第一に考えるだろうことは分かっている。
ならば、義勇こそが炭治郎を幸せに出来る唯一の者だと、認めさせればいいだけのこと。
安定した生活の保障、家族全員が慣れ親しみ信用する人柄、そしてなにより炭治郎への最大級の好意。それらを与え満たせるのは自分だけだと、義勇は確信している。
そしてその為の努力を今日も怠らない。いや。炭治郎と暮らす未来の日々を想像すれば、それだけで努力は努力ではなくなり、義勇にとっては息をするのと変わらぬほどに当たり前の行為である。

いつかきっと、ココアの香りと共に義勇が炭治郎に与えるものは、抱き締める腕や微笑みだけでなく、優しいキスが加えられる日が来るだろう。
ココアを飲んで嬉しそうな笑みを取り戻した炭治郎の唇は、舌は、きっと甘くて少しほろ苦い。
それは義勇の唇に、舌に、容易く馴染んで溶け合って、ココアの味の残る津液は、義勇の愛と共に炭治郎に飲み込まれる。

あぁ、その日が来るのが楽しみだ。

クスリと小さく笑ってコーヒーを飲み干した義勇は、きっと明日もまた台所に立ってココアを淹れる。炭治郎への愛を籠めてココアを練る。
義勇の愛を炭治郎が余さず飲み込むその日の為に、明日も、明後日も、その次の日も、義勇は準備を怠らないのだ。