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恋を召しませ、召しませ愛を

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炭治郎が保育園に通っている内には必ず貰えていたバレンタインチョコは、炭治郎が小学生になった年に終わった。炭治郎には言わなかったが、大層ショックだったのだ。なにせ、自分の恋を認めて、炭治郎を必ず手に入れると心に誓ってから迎える初めてのバレンタインだったので。
炭治郎から最初に貰ったチョコは、お徳用大袋に入った小さなミルクチョコ一粒だった。
義勇の見た目に群がる女子から渡されたチョコの数々に毎度のことながら辟易しつつ──ちなみに錆兎も義勇と同じくらいチョコを渡されている──炭治郎なら喜ぶだろうかと紙袋に詰めたそれを竈門ベーカリーへと持っていった時だ。中1だったと覚えている。
店のドアを開けた義勇に気づいた瞬間に、パッと顔を輝かせてパタパタと走り寄ってきた炭治郎は、義勇が店内で走っちゃ駄目だと言うより早く、義勇の手を掴み「こっち、ぎゆしゃん、こっちきて!」と、必死な顔で言った。
何処へと思えば店の隅で、レジに立つ葵枝からは丸見えだ。それでも炭治郎はここなら大丈夫と思ったのだろう。しゃがみ込んだ義勇の耳に顔を寄せ、「ないしょらからね」と言うと、ポケットから取り出した小さなチョコを渡してくれた。
チョコは炭治郎の温い体温で少し溶けていた。保育園で貰ったのだと言う。今日はバレンタインで大好きな人にチョコをあげる日だから、大好きな義勇さんにあげると照れながら笑って。
チョコは二つあるけれど、一つは義勇さんにあげるから、もう一つは誰にあげればいいのか決められないと、しょんぼり俯く様がどうしようもなく可愛かった。
自分が貰ったたった二つしかないチョコを、迷いなく一つは義勇にと思う炭治郎に、自分でも信じられないほど歓喜して、炭治郎の小さくて柔らかい身体をぎゅっと抱き締めたくてたまらなくなった。
抱き締めるのは我慢して──あの時は気づかなかったけれど、きっと抱き締めてしまえばキスぐらいしてしまいそうな自分を無意識に留めたのだろう──ありがとうと笑った義勇は、それじゃあ丁度いいと炭治郎に紙袋を差し出した。
「炭治郎が貰ったチョコは炭治郎が食べて、代わりにこれを皆にあげればいい」
「ぎゆしゃんのチョコ? たんじろがもらっていいの?」
「うん。俺は食べきれないし、捨てるのは勿体ないだろ? 俺は炭治郎がくれたチョコだけでいいよ」
うーんと悩みだしてしまった炭治郎の生真面目さに、義勇は思わず苦笑した。
「お揃いのチョコ食べようか」
お揃いと言う言葉に再び顔を輝かせて、抗いがたい誘惑に炭治郎が元気に頷くのが可愛かった。
店の隅で揃って小さなチョコの包みを開けて
「はい、炭治郎。アーン」
自分のチョコを炭治郎の口元に寄せてやれば、炭治郎は大きな目をぱちくりさせた後、嬉しそうに口を開いた。口に入れてやった時に指先に触れた炭治郎の唇。ドキリと胸が大きな音を立てた理由は、まだその時は知らなかったけれど。
炭治郎のふくふくとした指が摘まんだチョコを、「ぎゆしゃんも、アーン」と差し出され、小さな指ごと口に招き入れた。
例えばそれが親友の錆兎だとしても、他人の指を口に入れても気にならないなんて、ましてや嬉しいなんて思うわけがない。炭治郎だから気にならないし、いっそそのまま甘く食んで、味わいつくしてしまいたいと思うのだ。

あれ以来、炭治郎は卒園するまでは毎年チョコをくれた。義勇が女子から貰ったチョコを横流しするのも変わらない。炭治郎には食べるのを手伝ってほしいと言ってはいるが、実のところ義勇がバレンタインに口にするチョコは炭治郎から貰ったものの他には、蔦子と真菰のものだけだ。流石にあの二人からのものまで、捨ててしまうわけにはいかないので。
だから義勇は、こっそりと交ぜた二人のチョコだけ紙袋から取り出して、残りは炭治郎たちで食べてと渡す。
貰った経緯はどうあれ、チョコに罪はない。一欠けらの関心すらない女子からの想いの籠ったチョコなど口にする気は義勇には一切なく、炭治郎と禰豆子たちを喜ばせる以外に役立つ用途などないのだから、美味しく食べてもらえるだけ喜んでほしいくらいだと思う。
炭治郎がもじもじと哀しげにしながらも、チョコはもうあげないと義勇に言ったその日まで繰り返されたそれは、今は形を変えて実は継続中である。
立っているのも難しいほどのショックを受けつつも、大きな瞳を涙で潤ませる炭治郎を問い詰めるなんてことは出来なくて、そうかと受け入れたふりをした。あの年に蔦子と真菰がくれたチョコを、義勇は知らない。いつものように取り出すことは叶わなかったから。
当時から、炭治郎が店にいる時に竈門ベーカリーを訪れた客は、買い上げた商品を炭治郎の小さな手で渡されるのを楽しみにしていた。当然だ。舌っ足らずな声で明るく元気に「おかいあげありあとごじゃいまちた!」なんて可愛い笑顔で言われてみろ。誰だってメロメロになる。自分ほどじゃないだろうが。
炭治郎の活舌はぐんぐん達者になったけれども、可愛い笑顔も明るく元気な声も健在なまま、迎えた小学1年生のバレンタインデー。チョコはないのとしょんぼりと肩を落として俯いた炭治郎は、それでも義勇が買ったチョコのパンを、いつもの笑顔で渡してくれた。
炭治郎から手渡されたチョコ。かなり自分を誤魔化してはいたが、その事実に変わりはない。だからそれだけで義勇は我慢してきたのだ。いつかまた炭治郎が頬を染め、大好きだから義勇さんにあげるとチョコを手渡してくれる日まで、我慢し続ける。
チョコだけでなく、炭治郎の諸々も。大好きだからあげると頬を染め言ってくれる日が楽しみだ。それを思えば我慢することなどなんでもない。理性を保つ? 当然だろう。衝動的な欲望に負けて、一生の宝物をみすみす逃すなど愚の骨頂以外の何物でもない。
義勇は炭治郎のすべてが欲しいのだ。それには炭治郎の将来も含まれている。歳を取って、いつか共に総白髪になるその時にも、隣で微笑み合うのは炭治郎しかいない。そう義勇は決めている。
その為の努力の一つが、ココアだった。

義勇が炭治郎へ向かう自分の想いが恋だと認めた日のことだ。
今はもう名前も碌に覚えちゃいない女子と、義勇が歩いているのを見た炭治郎が大泣きしたのがそのきっかけだった。抱き上げてやった義勇に泣きながらしがみつき、義勇への度し難いほどの独占欲と執着を瞳に浮かべた炭治郎に、義勇は歓喜し、自分の恋を認めたのだった。
炭治郎を泣き止ませたくて買ってやったココアに、炭治郎は安堵を露わに笑った。その時に、ふと頭を過った言葉がある。
プルースト効果というその言葉を、その時の義勇はさして気に留めてはいなかった。ココアの匂いを嗅いだら、今日のことを思い出すんだろうかと面映ゆく思っただけだった。
けれども、それ以来炭治郎は義勇への甘えを控えるようになったので、悩んだ末に導き出した賭けの中に、その言葉はまた立ち現れた。
義勇と逢えない時間が続いても、炭治郎が義勇への想いを抱き続けていたのなら、炭治郎が他の誰にも決して見せない我欲を義勇にだけは見せるなら、炭治郎の一生ごと全て手に入れてやろうと。愛して甘やかして義勇の一生を炭治郎の為に使おうと、心に誓った。