きっと隣で君は、花のように笑うだろう
真菰の誕生日が近い。となれば、プレゼント探しに頭を悩ませるのは、錆兎の毎年変わらぬ恒例行事だ。一緒に買い物に来ている相棒はといえば、頼りになるようでちっとも役に立ちやしないのも、毎年のことである。
「おい、義勇……今日買うのは真菰にやるバースデーカードだってわかってるか?」
「もちろん」
視線をこちらに向けるでもなく、真剣な顔で絵葉書コーナーの年賀状を検分している親友に、錆兎は思わず頬をひくつかせた。
「真菰はさすがに、お子様アニメのキャラクターは喜ばないと思うんだが?」
しかもそれ、年賀状だし。プレゼントにつけるカードをえらんでいるのであって、年賀状は気が早すぎだろう。いや、渡す相手なんて聞かなくてもわかるけれど。真菰へじゃないのは、あからさまにわかりすぎるけれども。
「錆兎からなら真菰はなんでも喜ぶだろう?」
しれっと宣った義勇は、珍しくなおも言葉を重ねた。
「俺がえらぶよりも、錆兎がえらんだほうが、真菰への祝いになると思う」
目は年賀状を凝視したままで、である。
その場しのぎの誤魔化しならば、錆兎もさすがにムッとするところだ。けれど、義勇はいたって本気で言っているのである。わかってしまうだけに始末が悪い。
真菰の誕生日を祝う気は、義勇にもしっかりとあるのだ。それは錆兎にもわかっている。ただ、真剣みの比重が、別方向へ向かうほうがはるかに大きいだけで。
「……炭治郎は、アニメをそんなに見てないだろ」
「これは竹雄と花子のぶんだ」
あ、そう。家族全員それぞれに出すんだ。ふぅん。まぁ、いいけれども。
がっつりとよそのご一家に食い込んでいる、親友の思惑が、なんだかこう、透けて見えるような気がするけれども、まぁ、うん。
「はぁ、さいですか……」
「サイよりカバのほうが炭治郎は好きだ」
「今日の目的になんの役にも立たない情報をどうも。カバでもワニでもいいけどなっ、今日は真菰へのプレゼントだから! アドバイスぐらいくれ!」
受験勉強真っ只中の貴重な時間を使って、買い物しにきたというのに、まだカードで迷っているのだ。プレゼントを探すのにだって、カード以上に時間を食うに違いない。
少しはおまえも協力しろよと、軽く小突けば、ようやく義勇の顔がこちらを向いた。
「カードよりも手紙がいいと思う」
「は?」
ぽかんとした錆兎に、義勇はえらんだ幼児向けの絵葉書を手にうなずくと、ほのかに口角を上げた。
「カードはどうせ俺と連名で、ふたりでメッセージを書くつもりだろう?」
「そりゃまぁ……」
毎年そうしてきたのだ、今年だってそれでいいだろう。錆兎の誕生日だって義勇と真菰の連名だし、義勇の誕生日には錆兎と真菰と、組み合わせが変わるだけのことだ。誰かのお祝いごとは、残るふたりで祝うというのは、まったく変わらずつづいている三人の習慣だった。
「春には三人とも違う学校だ」
義勇の声音はなにげない。けれどもその言葉に、思わず錆兎は息を飲み黙り込んだ。
錆兎は地元の公立大学への受験を、義勇は地方の私立の推薦を控えている。そして、真菰は。
「都会に出たら、きっと真菰は今よりもモテるぞ」
明るくて性格もいいし、なによりかわいい。
都心にある短大に進む予定の真菰は、合格すれば義勇と同じく地元を出る。義勇ほど遠くへ行くわけじゃない。電車で一本乗り換えなしで辿り着く場所だ。とはいえ、今までのように気軽に逢うのはきっと難しくなるだろう。
伝えるなら今のうちだと、義勇の目が言っている。けれどもやっぱり、錆兎は口を開くことができなかった。
わかっているのだ。錆兎だって。きっと自分の胸にある言葉を伝えれば、真菰は、少しからかうように笑いながら、それでもうれしそうに受け取ってくれると、信じてもいる。
けれど、どうにもきっかけがつかめない。
だってずっと一緒だったのだ。並んでお遊戯した幼稚園のころから、ずっと三人一緒にいた。今さら関係を変えるには、なにか大きなきっかけがいる。
たしかに進学先が分かれというのは、絶好の機会なのかもしれない。だが、勝手のわからない新生活と同時に、新しい関係に踏み出すというのは、勇気が必要だった。
今までのようにそばにいられるわけじゃない。なのに今までと同じように、いや、今まで以上に仲睦まじくいられるのか。錆兎にはわからない。
「……おまえは不安じゃないのか?」
義勇の想い人は、なんとまだ小学ニ年生だ。わずか八歳である。ランドセルを背負った明るくやさしい、男子小学生。
まぁ、年齢や性別を今さらうんぬん言う気はないが、錆兎よりもよっぽど恋愛のハードルは高い。
「不安だから、今は離れることにした。一生放す気はないんだ。長期的に見ればそのほうがいい」
持てる能力のすべてを使って、義勇は想い人を囲い込む。そのための努力も労力も惜しまない。
はぁ、とため息をついて、錆兎は小さく苦笑した。
「隠す気ゼロか」
「錆兎と真菰に隠せるなんて思ってない」
そりゃまぁそうだと、錆兎は肩をすくめる。
感情が表情に出ないだけで、義勇はけっこうわかりやすい。わかるのは、錆兎たちのように身近な者にだけかもしれないが。実のところ、想い人を幸せにすることに全力をかたむけすぎて、それ以外はけっこうなポンコツだったりもする。
誰の目にも前途多難な恋をしている親友は、それでも、恋しい人を得るために邁進することを、いっさいためらわない。
「どうせ迷うなら、手紙の文面に悩んだらどうだ?」
ホラ、と押しつけられた便せんは、桃色の花柄だ。真菰の好きな柄である。付き合いが長いだけあって、義勇も真菰の好みをよく知っている。
「……おまえは? 炭治郎へのは選んだのか?」
「炭治郎が好きな絵本のイラストレーターが描いたやつを、ギャラリー展で購入済みだ」
「おい、受験生、なにやってんだ……?」
シャカリキに勉強しなくても楽勝ラインなのは知っているけれども、こちとらこれから地獄の受験シーズン突入である。少しは気を遣えと言いたい。
が、まぁいいかと、錆兎は便せんを受けとった。
「プレゼント、どうする?」
「……そこはまぁ、連名で。指輪は自分で買えよ」
「気が早いっ!」
自分の恋は親友にくらべれば段違いにハードルは低いだろう。だというのに躊躇して及び腰でいる様なんて、全身全霊かけてたった一人を想うこいつには、見せてたまるかという気にもなる。
親友で相棒、けれどもライバル。なににおいても、張り合って競争して大きくなった。これから先も、義勇とはそうありたい。
フッとやわらいだ義勇の顔に、労わるような笑みが浮かんだ。ライバルからエールを送られたのなら、張りきらないわけにはいかないだろうがと、錆兎もせいぜい不敵に笑ってみせる。
今夜自分は、受験勉強よりもよっぽど頭を悩ませて、桃色の便せんに言葉を綴るのだろう。一所懸命、一文字一文字、想いを乗せて。
「おい、義勇……今日買うのは真菰にやるバースデーカードだってわかってるか?」
「もちろん」
視線をこちらに向けるでもなく、真剣な顔で絵葉書コーナーの年賀状を検分している親友に、錆兎は思わず頬をひくつかせた。
「真菰はさすがに、お子様アニメのキャラクターは喜ばないと思うんだが?」
しかもそれ、年賀状だし。プレゼントにつけるカードをえらんでいるのであって、年賀状は気が早すぎだろう。いや、渡す相手なんて聞かなくてもわかるけれど。真菰へじゃないのは、あからさまにわかりすぎるけれども。
「錆兎からなら真菰はなんでも喜ぶだろう?」
しれっと宣った義勇は、珍しくなおも言葉を重ねた。
「俺がえらぶよりも、錆兎がえらんだほうが、真菰への祝いになると思う」
目は年賀状を凝視したままで、である。
その場しのぎの誤魔化しならば、錆兎もさすがにムッとするところだ。けれど、義勇はいたって本気で言っているのである。わかってしまうだけに始末が悪い。
真菰の誕生日を祝う気は、義勇にもしっかりとあるのだ。それは錆兎にもわかっている。ただ、真剣みの比重が、別方向へ向かうほうがはるかに大きいだけで。
「……炭治郎は、アニメをそんなに見てないだろ」
「これは竹雄と花子のぶんだ」
あ、そう。家族全員それぞれに出すんだ。ふぅん。まぁ、いいけれども。
がっつりとよそのご一家に食い込んでいる、親友の思惑が、なんだかこう、透けて見えるような気がするけれども、まぁ、うん。
「はぁ、さいですか……」
「サイよりカバのほうが炭治郎は好きだ」
「今日の目的になんの役にも立たない情報をどうも。カバでもワニでもいいけどなっ、今日は真菰へのプレゼントだから! アドバイスぐらいくれ!」
受験勉強真っ只中の貴重な時間を使って、買い物しにきたというのに、まだカードで迷っているのだ。プレゼントを探すのにだって、カード以上に時間を食うに違いない。
少しはおまえも協力しろよと、軽く小突けば、ようやく義勇の顔がこちらを向いた。
「カードよりも手紙がいいと思う」
「は?」
ぽかんとした錆兎に、義勇はえらんだ幼児向けの絵葉書を手にうなずくと、ほのかに口角を上げた。
「カードはどうせ俺と連名で、ふたりでメッセージを書くつもりだろう?」
「そりゃまぁ……」
毎年そうしてきたのだ、今年だってそれでいいだろう。錆兎の誕生日だって義勇と真菰の連名だし、義勇の誕生日には錆兎と真菰と、組み合わせが変わるだけのことだ。誰かのお祝いごとは、残るふたりで祝うというのは、まったく変わらずつづいている三人の習慣だった。
「春には三人とも違う学校だ」
義勇の声音はなにげない。けれどもその言葉に、思わず錆兎は息を飲み黙り込んだ。
錆兎は地元の公立大学への受験を、義勇は地方の私立の推薦を控えている。そして、真菰は。
「都会に出たら、きっと真菰は今よりもモテるぞ」
明るくて性格もいいし、なによりかわいい。
都心にある短大に進む予定の真菰は、合格すれば義勇と同じく地元を出る。義勇ほど遠くへ行くわけじゃない。電車で一本乗り換えなしで辿り着く場所だ。とはいえ、今までのように気軽に逢うのはきっと難しくなるだろう。
伝えるなら今のうちだと、義勇の目が言っている。けれどもやっぱり、錆兎は口を開くことができなかった。
わかっているのだ。錆兎だって。きっと自分の胸にある言葉を伝えれば、真菰は、少しからかうように笑いながら、それでもうれしそうに受け取ってくれると、信じてもいる。
けれど、どうにもきっかけがつかめない。
だってずっと一緒だったのだ。並んでお遊戯した幼稚園のころから、ずっと三人一緒にいた。今さら関係を変えるには、なにか大きなきっかけがいる。
たしかに進学先が分かれというのは、絶好の機会なのかもしれない。だが、勝手のわからない新生活と同時に、新しい関係に踏み出すというのは、勇気が必要だった。
今までのようにそばにいられるわけじゃない。なのに今までと同じように、いや、今まで以上に仲睦まじくいられるのか。錆兎にはわからない。
「……おまえは不安じゃないのか?」
義勇の想い人は、なんとまだ小学ニ年生だ。わずか八歳である。ランドセルを背負った明るくやさしい、男子小学生。
まぁ、年齢や性別を今さらうんぬん言う気はないが、錆兎よりもよっぽど恋愛のハードルは高い。
「不安だから、今は離れることにした。一生放す気はないんだ。長期的に見ればそのほうがいい」
持てる能力のすべてを使って、義勇は想い人を囲い込む。そのための努力も労力も惜しまない。
はぁ、とため息をついて、錆兎は小さく苦笑した。
「隠す気ゼロか」
「錆兎と真菰に隠せるなんて思ってない」
そりゃまぁそうだと、錆兎は肩をすくめる。
感情が表情に出ないだけで、義勇はけっこうわかりやすい。わかるのは、錆兎たちのように身近な者にだけかもしれないが。実のところ、想い人を幸せにすることに全力をかたむけすぎて、それ以外はけっこうなポンコツだったりもする。
誰の目にも前途多難な恋をしている親友は、それでも、恋しい人を得るために邁進することを、いっさいためらわない。
「どうせ迷うなら、手紙の文面に悩んだらどうだ?」
ホラ、と押しつけられた便せんは、桃色の花柄だ。真菰の好きな柄である。付き合いが長いだけあって、義勇も真菰の好みをよく知っている。
「……おまえは? 炭治郎へのは選んだのか?」
「炭治郎が好きな絵本のイラストレーターが描いたやつを、ギャラリー展で購入済みだ」
「おい、受験生、なにやってんだ……?」
シャカリキに勉強しなくても楽勝ラインなのは知っているけれども、こちとらこれから地獄の受験シーズン突入である。少しは気を遣えと言いたい。
が、まぁいいかと、錆兎は便せんを受けとった。
「プレゼント、どうする?」
「……そこはまぁ、連名で。指輪は自分で買えよ」
「気が早いっ!」
自分の恋は親友にくらべれば段違いにハードルは低いだろう。だというのに躊躇して及び腰でいる様なんて、全身全霊かけてたった一人を想うこいつには、見せてたまるかという気にもなる。
親友で相棒、けれどもライバル。なににおいても、張り合って競争して大きくなった。これから先も、義勇とはそうありたい。
フッとやわらいだ義勇の顔に、労わるような笑みが浮かんだ。ライバルからエールを送られたのなら、張りきらないわけにはいかないだろうがと、錆兎もせいぜい不敵に笑ってみせる。
今夜自分は、受験勉強よりもよっぽど頭を悩ませて、桃色の便せんに言葉を綴るのだろう。一所懸命、一文字一文字、想いを乗せて。
作品名:きっと隣で君は、花のように笑うだろう 作家名:オバ/OBA