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包んで包まれて

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義勇さんと喧嘩した。なので、豚ひき肉を買いに行った。そりゃもうたっぷりと。
 豚バラのブロック肉もドンと奮発。それから、やっぱり大量すぎだろって自分でも思うぐらいの、シュウマイの皮も。一袋三十枚入りのを五袋。
 うん、いつもながら男ふたりの家の消費量じゃないな。
 
 勢いよく注文した俺に、肉屋のおじさんが苦笑いしながら「早く仲直りしなよ?」とおまけのコロッケをくれた。
 その足で次に向かったのは八百屋。玉ねぎに長ネギ、食感をよくするためにレンコンなんかも買ってみる。八百屋のおばさんにも「冨岡先生モテるもんねぇ」とのお言葉付きで、おまけのプチトマトを貰った。
 トッピングのグリーンピースも忘れちゃいけない。生を買うのは持てあますから、これは缶詰で十分。ちょっと足を運んで、商店街を抜けた先のドラッグストアへ向かう。
 全部グリーンピースってのも味気ないから、コーンの缶詰も買い込む。あとは家にまだある人参でいいや。
 たまには贅沢に、カニやエビなんか乗せてもいいよなぁと思わないでもないけど、家賃も食費も、今のところほとんど義勇さん任せだ。たとえむしゃくしゃしたって、そんな贅沢は俺の心臓にこそ悪いから却下。
 ついでに切れかけてたトイレットペーパーとシャンプー、洗剤と柔軟剤も買ったら、結構な大荷物になった。本当は、洗剤なんかは明日義勇さんと買いに来ようと思ってたんだけどな。流れ次第ではお買い物デートどころじゃなくなるだろうから、しかたない。なにしろ喧嘩のあとなので。
 
 
 喧嘩した翌日は、ほかのおかずは作らない。シュウマイ一択。なんならご飯すら炊かないこともある。だって食べても食べても減らないぐらい、大量に作ることもあるから。
 たぶん、今日もそのコースだ。だって結構派手に喧嘩したし。
 トイレットペーパーとエコバッグを持って歩く商店街で、俺に向けられる店の人たちの顔は、苦笑ばかりだ。
 シュウマイの材料を炭治郎ちゃんが大量に買い込む日は、冨岡先生と喧嘩した日。そんな共通認識が、商店街には浸透している。そんなにわかりやすいのかな、俺。
 喧嘩するほど仲がいい。夫婦喧嘩は犬も食わない。そんな言葉を笑ってよこしてくれる商店街の人たちは、俺と義勇さんの仲を嫌悪や奇異の目で見ないでくれる。俺は最高に恵まれているんだろう。
「夫婦喧嘩と障子はハメりゃあ元通りってなもんだ。冨岡先生に牡蠣食わせな、牡蠣。精がつくからさ!」
 と笑って声をかけてきた魚屋のおじさんを、おばさんが「炭治郎ちゃんに下品なこと言ってんじゃないよっ、この宿六が!」とひっぱたくのも、もうお馴染みの光景だ。
 最初はハメたら元通りの意味がわからなくてキョトンとしちゃったけど、次の日、大量に牡蠣を買ってきた義勇さんに教えてもらって以来――実践されたとも言う――おじさんの軽口に真っ赤になっちゃうのも、お約束だ。
 魚介をたくさん食べるカップルはセックス回数が多いなんていう、眉唾ものな豆知識まで披露してくれたおじさんが
「炭治郎ちゃん、お得意さんだからなぁ。冨岡先生、すました顔して強いのかい?」
 なんて余計なことまで言って「いい加減にしな、この唐変木!」とおばさんに思い切りお尻を蹴飛ばされてたのは、ちょっとだけお気の毒だと思ったけども。
 なにせ魚屋のおばさんは、商店街の女子サッカーチームのエースストライカーだ。おじさん、しばらく椅子に座れなかったんじゃないかなぁ。
 ……まぁ、その豆知識については、ノーコメントってことにしておこう。あぁ、義勇さん、鮭大根好きだもんなぁと、納得しちゃったけども、うん、まぁ、いいや。
 
 喧嘩、してるのである。だから今夜はシュウマイ。大量な。
 商店街を歩いていると、なんだか喧嘩してるのが馬鹿らしくなっちゃうぐらいに、胸がほんわか温かくなって、夫婦扱いされる幸せにいまだひたってしまう。でも、喧嘩は喧嘩だ。
 理由は、くだらないものもあれば、ちょっと深刻なものまで、いろいろ。四年近くも一緒に暮らせばそれなりに、すれ違いやらなんやらだって生まれるものだ。
 だから、シュウマイなんである。
 


 そろそろ赤さびが浮きだした階段を、カンカンと足音を立ててのぼる。二階の角部屋が俺らの家。
 2DKのアパートは、俺が増えた以外には、義勇さんが越してきた当初から顔ぶれがまったく変わっていないらしい。義勇さんは朝早くて夜遅いブラック企業顔負けの教師なもんで、あまりアパートの住人と顔をあわせることはないけれど、俺は気楽な大学生だから、それなりにご近所づきあいもしている。
 お隣は年金暮らしのお爺ちゃんで、ちょっと耳が遠い。でも耳以外はまだまだお達者で、毎朝いそいそとゲートボールに出かけている。入れ歯じゃなく自前の歯がそろってるのが自慢だ。あやかりたいものである。
 下の部屋は母子家庭の親子で、小学生のお兄ちゃんと妹の兄妹喧嘩の声が、ときどき聞こえてくることがある。でも、普段はとっても仲良しな兄妹だ。お母さんは看護師さんだそうで、義勇さんと負けず劣らず仕事が忙しいらしい。だからたまに俺も、妹ちゃんの保育園へのお迎えを買って出る。ふたりとも俺にすごくなついてくれてて、六太たちを思い出させるから、俺もふたりと遊ぶのが大好きだ。
 商店街の人たち同様、アパートの住人にも俺らを変な目で見たりしないし、差別的なことを言ってくる人はいない。
 やさしい人たちに囲まれて、義勇さんに愛されて、ほんのときたまだけれども、これは都合のいい夢を見てるだけなんじゃないのかと、不安になったりもする。馬鹿な話だ。同棲してから去年ぐらいまでは、結構頻繁にそんなことをこっそりと思っていた。
 今は、そんな不安に駆られることはほとんどない。義勇さんと喧嘩だってするのに。
 
 喧嘩するから、かな。
 
 買ってきた荷物をしまい込みながら、少しだけ笑いたくなった。
 土曜の午後、アパートは静かだ。お爺ちゃんは多分、テレビを見ながら居眠り中。下の階の兄妹は、お母さんが遊園地に連れてってくれるんだと昨日大はしゃぎしてた。今ごろは、メリーゴーランドとか乗ってるのかも。
 小腹ふさぎに肉屋で貰ったコロッケにかじりつく。夕飯の支度はまだしなくていい。だって喧嘩中だから。
 今日、義勇さんは部活の指導で出勤だ。夕方には帰ってくる。
 昨日の喧嘩の理由は、他愛なかった。八百屋のおばさんは、今回は外れ。っていうか、そういうい理由で俺が落ち込むのは、めっきり減った。
 義勇さんはきれいで、格好良くて、ときどきメチャクチャかわいくて。俺になんてもったいないぐらいの人だけど、そんな義勇さんが心から愛してくれているのは俺ひとり。義勇さんは、俺が作ったものしかもう食べない。いつも非常階段で食べてたぶどうパンも、ずいぶんとご無沙汰だ。今は俺の手作り弁当持参――義勇さんは愛妻弁当なんて言うけど、恥ずかしすぎるからちょっと勘弁してほしい。

 うん、アレ。さすがにハートマークはないと思うよな。そりゃ、義勇さんを作る細胞の全部、俺が作った料理で作りたいなんていう、だいそれたことは思ってますよ? 実践もしてるけどね?
作品名:包んで包まれて 作家名:オバ/OBA