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包んで包まれて

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 でも、義勇さんももう三十路だし、先生だし、しかも学校じゃ鬼のスパルタ教師で通ってるんだし? ハートマークはない。うん、ない。
 なにしろ、義勇さんの恋人が俺だってことを、先生たちはみんな知っているのだ。義勇さんが同棲してすぐに、バラしたらしいから。なんなら生徒たちにも周知されてるとかなんとか。中高一貫だけに、俺を知ってる後輩だってまだ在籍しているのにだ。
 ハートマーク付きの弁当を作ってる俺の姿なんて、想像されたら恥ずかしすぎて軽く死ねる。宇髄先生たちに次に逢うとき、どんな顔すりゃいいってんだか。
 
 あぁ、本当にくだらないことで喧嘩してるなぁ。
 
 思った瞬間、口がムズムズとして笑いがこみ上げてくる。
 だって、喧嘩したことは悲しいけれど、やっぱりうれしいんだ。喧嘩にすらならなかった以前と比べたら、くだらないことで言いあって、ふてくされた顔を素直に見せるなんて、幸せ以外のなんだって言うんだろう。
 我儘なんて言っちゃ駄目だと思ってた。迷惑をかけたら嫌われるんだって怯えてた。好きだと言われて抱きしめられて、体中、義勇さんに触れられていないところなんてないぐらいに愛されても、いつかは終わる日が来るんだと思い込んでいたあのころ。
 義勇さんは俺にとっては完璧すぎるほどの人で、愛される理由がわからなくて不安だった。引け目を感じて、苦しくて、不釣り合いだと身を引く覚悟がいつでもあった。
 ずっと、ずっと前から、大好きだった。きれいで格好良くてかわいくて、賢くて強くて完璧な義勇さんが。でも、今義勇さんは、愛妻弁当にハートマークを書いてほしいなんてくだらないわがままを言って、恥ずかしすぎでしょと文句を言った俺にふてくされてみせる。三十も超えたっていうのにだ。
 ソファに寝そべって新聞を読みながら、だらしなくお腹を掻いたり、休みの日には無精ひげを生やしてたりもする。
 それがうれしいなんて、おかしいかな。幸せでたまらないなんて、誰に言ってもあきれられるかも。
 だけど、ふてくされられるのが本当にうれしいんだ。だらしない格好でくつろいでる義勇さんを見ると、幸せでどうしようもなくなる。
 隙のない完璧な義勇さんの、俺にだけ見せてくれるだらしない格好。完璧だと思っていた義勇さんのそんな姿に、安心する。隙がなくて俺なんか不釣り合いだと、落ち込む必要なんてないと思わせてくれる、隙だらけのだらしなくてわがままな義勇さん。
 俺がいなくちゃ駄目ですね、なんて。偉そうに言えば「当たり前だろう、おまえがいなくなったら泣くぞ」と答えて、抱きしめてくれる。無精ひげの生えた頬を俺の顔にすり寄せて、痛いってばと押しのけようとしても笑ってわざとこすりつけてきたりもする。まったくもって大人げない。
 そんなところも、大好きで。やっぱり義勇さんは完璧だと惚れ直すとか、我ながらたいへん幸せなことに重症だ。


 
 さて。夕方までにとりあえず掃除しちゃおう。喧嘩したときのルーティンだ。
 台所の流しを磨きあげたら、リビング代わりの六畳に掃除機をかけて、ローテーブルを拭きあげる。今日はローテーブルで夕飯の支度するから、埃は厳禁なのだ。
 喧嘩した日は、義勇さんの帰りは早い。シュウマイだってわかってるから。
 ボウルやまな板を用意して、シンク下にしまい込んでる重い鍋を引っ張り出す。これを貰ったころに始まったんだよな、この仲直りの儀式。
 結婚式の引き出物に貰ったはいいけど、重すぎて持て余すと母さんから渡された、ブランド物の鍋だ。一時期、禰豆子が茶わん蒸し作りにはまって、これにセットして使えるスチーマーも買っちゃったのはいいけど、鍋の重さに早々に音を上げたらしい。結構高いものらしいから、大事に使っているけれども、正直、男ふたり暮らしの我が家でも持て余す代物だ。

 だけど、喧嘩したときにはこの大きさがありがたい。

 ガチャリと玄関の鍵が開く音がした。
「ただいま」
「おかえりなさい」
 喧嘩してたって挨拶はちゃんとする。同棲したころに決めた我が家のルールだ。でも、喧嘩してるからキスはお預け。もうお互い喧嘩のフリみたいなものだけど。
 無言で洗面所に向かった義勇さんが戻ってきたら、仲直りの儀式スタートだ。
 まずはブロック肉から脂身をそぎ取る。ジューシーな肉汁たっぷりのシュウマイを作るには、大事な工程だ。使うのは脂身部分だけだから、赤身部分はチャーシューでも作ろう。
 でもそれはまた今度。明日は作れるかわからないから、冷凍するのがいつもの流れ。
 削いだ脂身を荒く叩くのは義勇さんの仕事。俺は野菜のみじん切り。ひたすら包丁を動かすのって、ストレス解消になる。
 喧嘩のフリでしかない今日は、包丁の音もリズミカルだ。ちょっと深刻な内容で喧嘩したときなんかは、お互い包丁の音も荒かったり、ザクリ、ザクリと、落ち込みを露わにゆっくりだったりもする。
 大量のひき肉は大きいボウル二つにわけて、お互いに半分ずつ練り上げる。ギュッギュッと力いっぱい練って、練って、ひき肉と脂身がよく馴染んで混ざるまで。
 下味は砂糖に塩、コショウと醤油。うちのは玉ねぎと砂糖でちょっと甘めの味付け。子どもが多い家ならそんなもんじゃないかな。義勇さんも、甘いものは得意じゃないのに、甘めの味付けなおかずはわりと好きで、大好物の鮭大根も甘めの味噌味が一番好き。味の好みが合ってよかった。
 あらかじめ混ぜておいた調味料の半分を、無言で義勇さんに渡したら、肉に加えてお互いさらに練る。これもまた、ストレス発散のひとつ。無心で切って練ってするうちに、心がだんだん落ち着いてくから、料理ってお得だと思う。ストレス発散できて、おまけに作ったあとはおいしい。
 水っぽくならないように野菜に片栗粉をまぶしてから、これもボウルに入れて今度はやさしく混ぜあわせる。これで下ごしらえは終了。ここまできたら、お互いだいぶ落ち着いて、さてどうやって謝ろうかなんて考え始めるのだ。
 場所をローテーブルに移して、せっせとシュウマイの皮で肉だねを包む。シュウマイの皮を一袋消費するころには、どちらともなく口を開く。いつも台詞は決まってる。
 
 ごめん。
 
 同時のときは、顔を見あわせて思わず笑ってしまう。
 向かい合って大量のシュウマイを包みながら、ぽつりぽつりと話をする。感情的にならないように本音を明かす。怒って力が入るとシュウマイが潰れちゃうからさ。落ち着いて話すにも、この儀式は丁度いい。
 最初のころは不格好だった義勇さんの作るシュウマイも、今ではだいぶきれいに出来上がるようになった。歪な形のシュウマイも愛おしかったけど、お店で食べるみたいにきれいに形作られたシュウマイも、喧嘩を乗り越えてきた時間の長さを思わせて、胸が詰まるぐらいに愛おしい。
 グリーンピースの緑に、コーンの黄色。小さく角切りにした人参のオレンジがかった赤。カラフルなシュウマイがお皿に所狭しと並ぶ。
 
「そろそろ第一弾蒸しましょうか」
「そうだな」
 なにせ大量だから、包んだそばから蒸していかないと、追いつかないのだ。
作品名:包んで包まれて 作家名:オバ/OBA