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 じたばたともがいて降りようとしたけれど、義勇さんは許してくれなかった。より強く抱えられて思わずにらみつけたら、義勇さんは「ちょっと黙ってろ」とせわしなく言って、俺を生徒指導室に運んだ。
 保健室じゃないのかと文句をつける前に、ソファに降ろされる。涙はまだ止まらない。伸びてきた手が、目元に触れた。まさしく泣く子をあやすように、義勇さんは指先で涙をぬぐってくる。その指も優しいんだから嫌になる。
「俺の、せいか」
「決まってるじゃないですかっ」
 そうかと呟いた義勇さんは、少し俯いて、やがて顔を上げると俺をじっと見つめた。
「わかった……もう、終わりにしよう」

 なにが? なにがわかったって言うんだ。なんにもわかってないじゃないか。

「馬鹿っ! そんなこと言ってない! お、終わりなんて、絶対、やだ……っ!」
 怒鳴って、抱き着いて、わぁわぁ泣いて。
 終わりにしたくないくせに、終わらずをえない言葉を、自分で口にしてる。馬鹿だな、俺。
 自分でも呆れるぐらい馬鹿だけど、どうせ終わるなら、これで最後になるのなら。

「好きなんです……終わるの、やだっ!」

 義勇さんの目が見開かれて、瑠璃色の瞳いっぱいに俺が映ってる。グシャグシャの泣き顔、みっともないな、俺。
 呆然とした義勇さんの口が、少し震えながら開くのを、泣きながら見つめた。嫌だってどんなに俺が言ったって、もうどうしようもない。これでおしまい。拒絶の言葉が義勇さんの小さめな口から紡がれて、悲しくって馬鹿馬鹿しい恋に幕が引かれるんだ。悲劇と言うには俗すぎて、笑い話にしては惨めすぎる、馬鹿馬鹿しいことこの上なかった、俺の恋。関係は終わるのに、想いの終りはまったく見えやしないのが、なによりも馬鹿だ。 
 なのに、耳に届いた義勇さんの声は、想像したどんな言葉とも違っていた。

「お前……好きな人がいるって……」
「あなたですよ、悪いですかっ! ずっと好きだったんですからねっ、知らなかっただろ馬鹿野郎っ!!」
 どうせフラレるのがわかってるんだ。話を引っ張らないでほしい。ひと思いにとどめを刺してくれよと、激高して言えば、なぜだか義勇さんまで声を荒げた。
「知るわけあるかっ! そんなこと知ってたら」
 知ってたら、抱いてもくれなかったんでしょ? 知ってる。だから言えなかったんじゃないか。

「もっと、優しくしてやったのに……」

 抱き締めてそんなこと言うなんて酷い。酷すぎる。とんでもない義勇さんだ。これ以上優しくなんてされたら、一生忘れられなくなるじゃないか。
「す、好きじゃない、のに……優しく、しないでっ」
 一瞬の怒りはスゥッと冷めて、しゃくり上げながら言えば、落ちてきたのは深い溜息。コツリと額を合わされて、甘い吐息が唇をくすぐる。

「好きだ。炭治郎」

 ふっ、と、かすかに吐息で笑って、義勇さんはもう一度好きだと囁いた。
「まさか、体だけじゃなく心まで手に入るなんて、思わなかった……」
「う、嘘だ。好きな人、いるって……」
「だから、お前のことだ。お前だって俺に好きな人を忘れさせてくれなんて言っただろうが」
 ムッとして言う声はちょっと子供っぽい。そんなときどき見せる子供じみたところも、ずっと好きだった。今も胸が状況を忘れてキュンと甘く鳴る。
「だって、義勇さんが、好きな人いるって、書いてたから。俺じゃ、駄目なんだと思って」
「……お互い様か」
 はぁと溜息をつく義勇さんは、それでもなんだか上機嫌な匂いがする。普段は匂いが淡すぎて感情を読むのが難しいくらいの義勇さんから香る、隠しようのない嬉しげな匂いに、頬が勝手に熱くなった。
 チュッと可愛らしい音を立てて唇をついばまれたりしたら、もうどうしたらいいのか……。
「ぎ……先生、ここ、生徒指導室……」
「今更だろ。それに、義勇さん、だろう?」
 繰り返されるバードキスの合間にようよう言えば、そんな言葉が返ってきて、義勇さんと答えたら、よくできましたとでも言うように、口づけが深くなった。

 次に待ち合わせするときは、手を繋いでもらおう。帰りには、おやすみなさいのキスもしてほしい。車が見えなくなるまで手だって振りたい。恋人みたいに。
 あぁ、そうじゃない。

 恋人だから、だ。