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約束はいらない

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 義勇さんが、宇髄先生から海外旅行土産のチョコレートを貰ってきたのは、もう一週間ほども前のことだ。
 最初はめずらしい外国のチョコに喜んだけれども、いかんせん男のふたり暮らしには多すぎた。大きな箱に入ったアソート。個別にわたすお土産としては太っ腹と言えなくもないけど、とにかく甘ったるい。正直ちょっと持て余している。
 俺でも甘すぎと感じたぐらいだから、そんなに甘いものが得意じゃない義勇さんは、初日で早々にギブアップ。一日ひとつはノルマとして食べてくれるけど、外国製の甘ったるすぎるチョコはなかなか減らない。結果、ちまちまと俺が消費する羽目になっている。

 まったりと家で過ごす穏やかな午後。おやつはそろそろ三分の一にまで減ったチョコレート。義勇さんは今日のノルマと呟いて、ひとつ口に入れると、すぐに眉間にしわを寄せながらコーヒーで流し込んでた。
 窓から差し込む陽射しは暖かいけど、風は強いようだ。義勇さんが学生時代から住んでる築四十五年のアパートは、だいぶ建付けが悪くなってきていて、窓がガタガタと揺れている。
 一応風呂トイレ別だし、2DKはふたり暮らしには十分な広さだけれど、最近は気になる点も増えてきた。隙間風も吹きこむし、玄関ドアは閉めるのにコツがいる。冬場は水道管が凍るのが本当に困る。
 バス停まで徒歩十五分、そこから駅までバスで三十分。一番近いコンビニまでだって徒歩二十分という立地は、少々きつく感じなくもない。なにより壁が薄い。隣の部屋でくしゃみしたら聞こえるなんてほどじゃないけど、カップルで住むには少々難ありな物件だ。

 春になったら更新するか決めなきゃいけないんだよな。義勇さん、どうするんだろう。

 ぼんやりと思いながら、またひとつチョコを口に入れた。
 この時期にチョコレートなんて、下手すればうがった見方をしてもおかしくない。でもこれは、宇髄先生の海外土産だ。他意はないとわかっているから、安心して甘いチョコをもごもごとかみ砕く。
 一月の終わりあたりから、義勇さんが貰う土産と称した贈り物――特に女性からは、誕生日かバレンタインを意識したものと、相場が決まっているのだ。
 義勇さんの誕生日まで、あと三日。でも、お祝いなんてせいぜい夕食を義勇さんの好物だらけにするぐらいだ。
 当日が月曜だからというだけでもなく、義勇さんが多忙を極めるこの時期、のんびりデートなんてできるはずもない。頑張ってご馳走を作って待っていても、義勇さんが食べるときには冷めきっているのが常だ。
 午前様もザラな帰宅では、壁の薄さが気になって、レンジでチンするのも申しわけない。温め直しの簡単な鮭大根を中心に、冷めても大丈夫なお惣菜ばかりが並ぶ。
 毎年そうだから、もう気にしない。高校教師の、しかも三年生のクラス担任にとっての二月ときたら、忙しさとストレスを煮詰めて佃煮にしたような有り様だ。無理して焦げつかないよう、せいぜい注意して見張るぐらいしか、俺にできることはない。

「コーヒーお代わりいります?」
「ん……もらう」

 それぐらいなら台所に立つまでもない。義勇さんのカップを引き寄せて、インスタントの粉を入れてポットのお湯を注いだら、はいどうぞと義勇さんの前に置いた。下を向いてなにやら作業中の義勇さんが、どこか上の空でありがとうと呟くのに、小さく笑う。
 ふたりで暮らす上でのお家ルール。ありがとうとごめんはすぐに言うこと。律儀に守る義勇さんが、好きだなぁとしみじみと思う。

 コタツで差し向かい、のんびり過ごす午後。とくに興味もないテレビを流しっぱなしにして、甘すぎるチョコを食べながら、他愛ない会話をときどきかわして時間が過ぎていく。
 こんなふうにふたりでゆっくりできる日はめずらしい。教師なんてブラック企業と変わらないと知ったのは、義勇さんの恋人になってから。

 とにかく義勇さんは忙しい人なのだ。教師っていうのは、通常業務だけでも普通のサラリーマンとは比べものにならないぐらい忙しいらしいけど――そんななかで海外旅行なんてしちゃう宇髄先生の要領の良さは、感心するしかない――義勇さんは、剣道部の副顧問もしているからなおさらだった。
 強豪と呼ばれるキメツ学園じゃ、長期休みには必ず合宿がある。放課後の部活だって完全下校の八時までがほとんどだし、朝練だってほぼ毎日。土曜も日曜も祝日も、練習か大会でつぶれるのが当たり前。
 しかも今年度は三年生の担任だ。一日中休める日なんて、年に五日もあったら万々歳って、なにそれ。教職、怖い。
 今日だって、午前中は部活の指導に行っていた。道場の改修工事がなければ、夕方まで帰ってこられなかっただろう。
 私立だから休日出勤でも手当てが出るけど、公立だったらただ働きと聞いたときには、本気で血の気が引いた。ほかの学校より給料がいいと噂のキメ学でも、顧問手当てなんてせいぜい数百円。休日出勤しても雀の涙ほど増えるだけというのが泣ける。年収は同年代のサラリーマンの平均より多いらしいけど、自由な時間と引き換えだと思えば、割りに合わない職業だ。教師にうつ病が多くなるのもうなずける。
 そんなことを知ったのも、義勇さんとつきあい出してからの一年間で、恋人なら理解を深めなきゃと逢えない時間に調べた結果だ。おかげで、もっと逢いたいと文句を言うなんて非道なことをせずに済んだわけだけど、知れば知るほど疑問もわく。なんで義勇さんは教師になったのかな。
 お金があったって、使う暇もなければ趣味は詰め将棋って人だし、浪費には縁がない。まさか、年収や老後の安定を求めたわけでもないだろう。交流下手な人だから、そりゃ営業職や客商売は難しいだろうけれど、ひとりでコツコツと作業できる職業はそれなりにあるだろうに。
 店の常連さんでしかなかった大学生の義勇さんが、キメ学の教師になると教えてくれたときには、俺だってうれしかったけどね。だって俺も中学からキメ学に通うことになってたから。


 笑い声のひびくテレビから視線を外して、うつむいて黙々となにやらしている義勇さんを眺める。コタツの影になって、なにをしてるかは見えない。でもずいぶんと真剣だ。詰め将棋を考えてるときよりも熱中してるように見える。
 本当に、なんで教師になったのかな。聞いたことがないわけじゃないけど、はぐらかすように黙り込まれたから、重ねて聞くのはやめた。だけど、最近は理由が知りたくてたまらない。
 忙しくてデートの時間すらない。出勤は早く帰りは午前様がザラ。それでも教師をやめないのは、義勇さんにとって教師が生き甲斐だからなのかもしれない。天職とは、まぁ、言わないでおく。相変わらず保護者からのクレームはダントツに多いみたいだし。
 それでも義勇さんはとてもいい先生だ。俺が在学中も、トミセンは怖いと敬遠する生徒は多かったけど、どんな相談にも親身になってくれるし、本当はすごく頼りになると、慕っている生徒だって多かった。
 生徒のことをよく見てくれてるから、体調が悪かったりすれば、すぐに気づいてくれたりもする。スパルタなのは否定しない。でも、どんなんび厳しくとも、ちゃんと生徒への愛がある先生なのだ。
作品名:約束はいらない 作家名:オバ/OBA