ポケットに咲く花。
ポケットに咲く花。
作 タンポポ
1
「あ……。乃木坂46の高山一実です。えー緊張してるので、美味くしゃべれるかわかりませんが、すいません。えー、次のシングル。二十八枚目シングルをもちまして、えー私は、乃木坂46を、卒業します」
「嫌だよぉーーーーーー!」磯野波平は顔を歪(ゆが)ませてスクリーンに叫んだ。
「嘘だろ……」風秋夕(ふあきゆう)は驚愕(きょうがく)する。
「そんな決断を、一体いつから……」稲見瓶(いなみびん)は言葉を失う。
「嫌でござるよぉ、かずみぃん!」姫野あたるは、顔面をしかめて泣き叫んだ。
「かずみんさん……」駅前木葉(えきまえこのは)は動揺(どうよう)を隠せない様子であった。
「えー十年間、支えて下さった皆様、本当にありがとうございました。えーこの場をお借りして言えること凄く嬉しいです。えー、二十八枚目の、制作とか、まこれからどう進めていこうかとか、卒業に向けてとか、色々、打ち合わせとかしてるぅのが、凄く今楽しくて、でこの場もこの場での発表っていうのも、私の要望を叶えて頂いた形です」
「かずみん……」夕はスクリーンを見つめたままで、小さく呟(つぶや)いた。
「そんな、だってよぉ、唐突(とうとつ)によぉ……」磯野は弱々しく、顔をしかめる。
「嘘だと言ってくれ、かずみん……」稲見は真剣な面持(おもも)ちでスクリーンを見つめる。
「かずみん!」駅前は思わず叫んだ。
「嫌でござるーっ!」あたるは泣きながら叫び声を上げる。
二千二十一年七月二十二日、ユーチューブ・チャンネル「乃木坂配信中」の生配信内で、高山一実が九月二十二日に発売となる二十八枚目のシングルをもって、乃木坂46を卒業する事を衝撃発表したのであった。九月八日、九月九日の東京ドームライブが最後のステージになるという事であった。
「新メンバーオーディションも、始まります。私はこの十年間でぇ、ほんっとうに沢山の、幸せを頂いてぇ、十年前の夏休みですね、ちょうど。えと、応募して、人生が変わって、ほんとに、えーと、ほんとに、うん生まれ変わってもこの人生、でいたいなー、てぐらい、幸せ、でした」
「小生もかずみんと出逢えて幸せでござったー!」あたるは思いきる様にスクリーンの高山一実に向かって叫んだ。
溜息(ためいき)を呑(の)み込んで、風秋夕は黙って、スクリーンの高山一実を見つめ続ける。乃木坂46のメンバー達はそのほとんどが泣いていた。
稲見瓶もまた、黙ったままでスクリーンを見つめている。
「かずみんマジか、マジなのか……」磯野は耐え切れずに、といったふうに、呟いた。
駅前木葉もスクリーンを見つめたままで、言葉を失っている。
「まだ見ぬ、新メンバーの皆が、そういう気持ちを、手にしてくれるんだろうなって思うと私も凄く、嬉しいです。えー、最後まで、まだ二ヶ月ぐらいあります。えー皆さんと一緒に、過ごせる時間を大切にしたいというふうに、えー思います。えー今まで本当にありがとうございました」
ユーチューブ・チャンネルの「乃木坂配信中」が終了すると、地下六階〈映写室〉の劇場に照明が灯った。スクリーンはもう、何も映していない。
「かずみんが、乃木坂からいなくなる?」夕は確かめるように、噛みしめるようにして言葉を発した。
「嫌だぜかずみんよぉ、早ぇよまだよぉ……」磯野は俯(うつむ)いて、顔をしかめた。
「来る時がきたね」稲見は短く息を吸い込んで、溜息を吐いた。
「かずみん、いっつもあんなに笑ってたでござるのに……」あたるは眼を瞑(つぶ)って囁(ささや)いた。
「そんな時間なのですね、きっと。乃木坂にとっても。かずみんさんにとっても……」駅前はそう呟(つぶや)いてから、しばし黙り込んだ。
風秋夕は、リクライニング・シートから立ち上がった。稲見瓶も、磯野波平も、リクライニング・シートから立ち上がる。
「小生(しょうせい)は、どうすればいいか、わからないでござる……」あたるは泣き顔を歪ませて、夕の方を見上げた。「夕殿(どの)、どうしよう……」
「当のかずみんが普段笑ってんだ……。俺らも、そういうムード吹っ飛ばして笑ってりゃいい」夕は優しく、あたるに言った。「それでいい」
「了解したで、ござる」あたるは頷(うなず)く。
「おら、行くぞ。ダーリン」磯野はあたるを一瞥して言った。
「了解」あたるもリクライニング。シートを立ち上がった。
「駅前さん、今日は前祝で、乾杯しよう」夕は優しく、座り尽くす駅前に言った。
駅前木葉は、情的に頷いて、リクライニング・シートを立ち上がった。
「深酒は禁止だぜ、みんな」夕はそう言って、歩き出した。
「しかし呑まんと眠れんぞこりゃあ」磯野は呟いた。
「こんな時だから、かずみんの思い出話に、花を咲かせようか」稲見は提案した。
「山のようにあるでござる」あたるは、また、腕で顔を隠して涙する。
「このまま地下八階まで行こう」稲見が言った。
風秋夕は〈映写室〉の巨大な出入り口で後ろを振り返った。
「〈BRAノギー〉か。いいな。かずみんと呑んだもんな……」
そう言って、風秋夕達五人は、〈映写室〉を後にして、地下八階の〈BRAノギー〉へと向かった。
巨大地下建造物〈リリィ・アース〉の地下八階にある〈BARノギー〉に到着すると、五人は自然とカウンター席に腰を下ろした。左から、風秋夕、稲見瓶、磯野波平、姫野あたる、駅前木葉と並んで座った。
店内はオレンジがかった照明と、ブラックライトの蛍光色に満ちている。雰囲気は九十年代風の洋風居酒屋で、現在流れている音楽は乃木坂46の『三角の空き地』であった。
五人がともに程よく酔い始めてきた頃になって、地下八階の〈BARノギー〉に高山一実が顔を出した。高山一実の格好は普段通りで、大きなTシャツに、デニムジーンズ、それとスニーカーサンダルだった。風秋夕達乃木坂46ファン同盟の五人は、無論、はるやまのスーツ姿である。
「かずみん!」夕は驚いて眼を白黒させて言った。「来てくれたの?」
「かずみんじゃねえか!」磯野は席を立ち上がる。「本物か?」
「いやいやいや、本物本物」一実はにこやかに笑った。
高山一実は、風秋夕の左隣(ひだりどなり)に腰を落ち着けた。つまり、並びの一番左の席に座っている。
現在、店内に響き渡っている楽曲は、乃木坂46の『強がる蕾』であった。
「いるんじゃないかなーって思って。集まってるんじゃないかなーって」一実は普段通りの様ににこにこしていた。
「当たり」磯野は言った。
「もちろん、いるとも」夕は笑顔で一実に言った。「こんな時にってわけじゃなくて、何か発表がある時って大概(たいがい)俺らは固まってるからさ」
「しかし、まさかこんな日になるなんてね」稲見は一実を一瞥(いちべつ)して言った。「十年か……。十年だもんね。こんなに納得がいく卒業も、納得がいかない卒業も、初めてだね」
「かずみぃん、大好きでござるよぉ~……」あたるは泣いている。
「お前泣くのはええだろぉ」磯野は呆れてあたるの頭を叩いた。
高山一実は笑っていた。
作 タンポポ
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「あ……。乃木坂46の高山一実です。えー緊張してるので、美味くしゃべれるかわかりませんが、すいません。えー、次のシングル。二十八枚目シングルをもちまして、えー私は、乃木坂46を、卒業します」
「嫌だよぉーーーーーー!」磯野波平は顔を歪(ゆが)ませてスクリーンに叫んだ。
「嘘だろ……」風秋夕(ふあきゆう)は驚愕(きょうがく)する。
「そんな決断を、一体いつから……」稲見瓶(いなみびん)は言葉を失う。
「嫌でござるよぉ、かずみぃん!」姫野あたるは、顔面をしかめて泣き叫んだ。
「かずみんさん……」駅前木葉(えきまえこのは)は動揺(どうよう)を隠せない様子であった。
「えー十年間、支えて下さった皆様、本当にありがとうございました。えーこの場をお借りして言えること凄く嬉しいです。えー、二十八枚目の、制作とか、まこれからどう進めていこうかとか、卒業に向けてとか、色々、打ち合わせとかしてるぅのが、凄く今楽しくて、でこの場もこの場での発表っていうのも、私の要望を叶えて頂いた形です」
「かずみん……」夕はスクリーンを見つめたままで、小さく呟(つぶや)いた。
「そんな、だってよぉ、唐突(とうとつ)によぉ……」磯野は弱々しく、顔をしかめる。
「嘘だと言ってくれ、かずみん……」稲見は真剣な面持(おもも)ちでスクリーンを見つめる。
「かずみん!」駅前は思わず叫んだ。
「嫌でござるーっ!」あたるは泣きながら叫び声を上げる。
二千二十一年七月二十二日、ユーチューブ・チャンネル「乃木坂配信中」の生配信内で、高山一実が九月二十二日に発売となる二十八枚目のシングルをもって、乃木坂46を卒業する事を衝撃発表したのであった。九月八日、九月九日の東京ドームライブが最後のステージになるという事であった。
「新メンバーオーディションも、始まります。私はこの十年間でぇ、ほんっとうに沢山の、幸せを頂いてぇ、十年前の夏休みですね、ちょうど。えと、応募して、人生が変わって、ほんとに、えーと、ほんとに、うん生まれ変わってもこの人生、でいたいなー、てぐらい、幸せ、でした」
「小生もかずみんと出逢えて幸せでござったー!」あたるは思いきる様にスクリーンの高山一実に向かって叫んだ。
溜息(ためいき)を呑(の)み込んで、風秋夕は黙って、スクリーンの高山一実を見つめ続ける。乃木坂46のメンバー達はそのほとんどが泣いていた。
稲見瓶もまた、黙ったままでスクリーンを見つめている。
「かずみんマジか、マジなのか……」磯野は耐え切れずに、といったふうに、呟いた。
駅前木葉もスクリーンを見つめたままで、言葉を失っている。
「まだ見ぬ、新メンバーの皆が、そういう気持ちを、手にしてくれるんだろうなって思うと私も凄く、嬉しいです。えー、最後まで、まだ二ヶ月ぐらいあります。えー皆さんと一緒に、過ごせる時間を大切にしたいというふうに、えー思います。えー今まで本当にありがとうございました」
ユーチューブ・チャンネルの「乃木坂配信中」が終了すると、地下六階〈映写室〉の劇場に照明が灯った。スクリーンはもう、何も映していない。
「かずみんが、乃木坂からいなくなる?」夕は確かめるように、噛みしめるようにして言葉を発した。
「嫌だぜかずみんよぉ、早ぇよまだよぉ……」磯野は俯(うつむ)いて、顔をしかめた。
「来る時がきたね」稲見は短く息を吸い込んで、溜息を吐いた。
「かずみん、いっつもあんなに笑ってたでござるのに……」あたるは眼を瞑(つぶ)って囁(ささや)いた。
「そんな時間なのですね、きっと。乃木坂にとっても。かずみんさんにとっても……」駅前はそう呟(つぶや)いてから、しばし黙り込んだ。
風秋夕は、リクライニング・シートから立ち上がった。稲見瓶も、磯野波平も、リクライニング・シートから立ち上がる。
「小生(しょうせい)は、どうすればいいか、わからないでござる……」あたるは泣き顔を歪ませて、夕の方を見上げた。「夕殿(どの)、どうしよう……」
「当のかずみんが普段笑ってんだ……。俺らも、そういうムード吹っ飛ばして笑ってりゃいい」夕は優しく、あたるに言った。「それでいい」
「了解したで、ござる」あたるは頷(うなず)く。
「おら、行くぞ。ダーリン」磯野はあたるを一瞥して言った。
「了解」あたるもリクライニング。シートを立ち上がった。
「駅前さん、今日は前祝で、乾杯しよう」夕は優しく、座り尽くす駅前に言った。
駅前木葉は、情的に頷いて、リクライニング・シートを立ち上がった。
「深酒は禁止だぜ、みんな」夕はそう言って、歩き出した。
「しかし呑まんと眠れんぞこりゃあ」磯野は呟いた。
「こんな時だから、かずみんの思い出話に、花を咲かせようか」稲見は提案した。
「山のようにあるでござる」あたるは、また、腕で顔を隠して涙する。
「このまま地下八階まで行こう」稲見が言った。
風秋夕は〈映写室〉の巨大な出入り口で後ろを振り返った。
「〈BRAノギー〉か。いいな。かずみんと呑んだもんな……」
そう言って、風秋夕達五人は、〈映写室〉を後にして、地下八階の〈BRAノギー〉へと向かった。
巨大地下建造物〈リリィ・アース〉の地下八階にある〈BARノギー〉に到着すると、五人は自然とカウンター席に腰を下ろした。左から、風秋夕、稲見瓶、磯野波平、姫野あたる、駅前木葉と並んで座った。
店内はオレンジがかった照明と、ブラックライトの蛍光色に満ちている。雰囲気は九十年代風の洋風居酒屋で、現在流れている音楽は乃木坂46の『三角の空き地』であった。
五人がともに程よく酔い始めてきた頃になって、地下八階の〈BARノギー〉に高山一実が顔を出した。高山一実の格好は普段通りで、大きなTシャツに、デニムジーンズ、それとスニーカーサンダルだった。風秋夕達乃木坂46ファン同盟の五人は、無論、はるやまのスーツ姿である。
「かずみん!」夕は驚いて眼を白黒させて言った。「来てくれたの?」
「かずみんじゃねえか!」磯野は席を立ち上がる。「本物か?」
「いやいやいや、本物本物」一実はにこやかに笑った。
高山一実は、風秋夕の左隣(ひだりどなり)に腰を落ち着けた。つまり、並びの一番左の席に座っている。
現在、店内に響き渡っている楽曲は、乃木坂46の『強がる蕾』であった。
「いるんじゃないかなーって思って。集まってるんじゃないかなーって」一実は普段通りの様ににこにこしていた。
「当たり」磯野は言った。
「もちろん、いるとも」夕は笑顔で一実に言った。「こんな時にってわけじゃなくて、何か発表がある時って大概(たいがい)俺らは固まってるからさ」
「しかし、まさかこんな日になるなんてね」稲見は一実を一瞥(いちべつ)して言った。「十年か……。十年だもんね。こんなに納得がいく卒業も、納得がいかない卒業も、初めてだね」
「かずみぃん、大好きでござるよぉ~……」あたるは泣いている。
「お前泣くのはええだろぉ」磯野は呆れてあたるの頭を叩いた。
高山一実は笑っていた。