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ポケットに咲く花。

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「かずみんさん、その笑顔に悔いは、見当たらないですね」駅前は一実に言った。
「んー、悔いとか、考えるとぉ、んー、色々あるんだけどぉ……」一実は微笑む。「ここがタイミングかな、て。思った」
「かずみん何飲む?」夕はメニュー表を一実の前に開いて言った。「何でもあるよ」
「んー……。アサヒのビール、グラスで貰おうかな」一実はメニュー表から顔を上げて、夕に微笑んだ。
「イーサン、アサヒ・ビールを、グラスで」
 電脳執事のイーサンのしゃがれた老人の声が応答した。
 店内に乃木坂46の『隙間』が流れ始めると、高山一実の注文したグラスのアサヒ・ビールが到着した。
「かずみん、相応(ふさわ)しい乾杯(かんぱい)をしようか」夕はにこやかに自分のグラスを手に取った。
「え何なに」一実はとりあえずグラスを手に取る。
「乾杯ならこの人にしかねえだろうよ」磯野はけらっと笑ってグラスを持った。
「いいね。乾杯しよう」稲見もグラスを手に持つ。
「うう……」あたるは泣きながら、グラスを手に持って、一実の方に身体を向けた。
「私も次、アサヒのビールにします」駅前はそう言いながらグラスを持つ。
「それじゃあ」
 風秋夕は「かずみんに乾杯!」と」唱(とな)えた。
 高山一実は、思わず笑みをこぼした。その場に乾杯の声が飛び交うと、談笑と涙の夜会は夜更けまで大いに盛り上がったのだった。

       2

 二千二十一年の七月も終わりに近づいてきた頃、巨大地下建造物の〈リリィ・アース〉地下二階エントランス・メインフロアでは、風秋夕と磯野波平が鬼滅の刃DX日輪刀で遊んでいた。稲見瓶は東側のラウンジで乃木坂46一期生の齋藤飛鳥と、四期生の賀喜遥香と、遠藤さくらと、ティータイムをしている。
 現在、この広大なフロアにかかっている音楽は、乃木坂46の『他の星から』である。
「いくぞ原始人!」夕は張(は)り切って構(かま)える。
「誰が原始人だアホか!」磯野は構えて吠(ほ)えた。
風秋夕はDX日輪刀のボタンを一回だけ押した。「『全集中、水の呼吸、壱ノ型、水面斬(みなもぎ)り!』おらあ! 食らったろ今!」
「アホか避けたわ!」磯野は避け続けに、DX日輪刀のボタンを一回だけ押した。「『全集中、雷の呼吸、壱ノ型、霹靂一閃(へきれきいっせん)!』おら倒れろよ首飛んだんだからっ」
「馬鹿者っ!ちゃんと避けたろ!」
「ザコ鬼のくせに霹靂一閃避けられるわけねえだろっ!」
「ぬわんで俺がザコ鬼なんだよ!」夕は憤怒してDX日輪刀を見せつける。「炭治郎だろ!」
「お前雷に斬られたんだぜ? 知んないの、雷の速さ」磯野は両手を天秤(てんびん)の様に上げて溜息をついた。
「その前に水面斬りで斬ってんだよ俺がっ!」夕は興奮して言う。「はい~二十勝十敗~、俺の方が勝ってる~」
「あきったねえてめえ! 詐欺師(さぎし)かてめえ! 二十勝してんのは俺だろがっ!」磯野はDX日輪刀を振り回して怒鳴った。
 一方、通称〈いつもの場所〉のソファ・スペースにいる四人は……。
「あれってさあ、子供のおもちゃだよねえ?」飛鳥は苦笑しながら言った。
「本気で遊んでる」遥香はそちらを見つめながら短く笑った。
「あの二人はよくわからない」稲見は首を傾げた。「どこまで本気なんだろう……」
「これえ、イナッチの?」さくらはテーブルの上を見て言った。
 テーブルの上には、稲見瓶用と思える鬼滅の刃DX日輪刀が置かれていた。
「そうらしい、けどね。まあ、さすがに参加はしないよね……」
「やってきなよぉ、イナッチも」飛鳥は一瞬だけ、後ろ側で遊ぶ二人を一瞥して言った。
「飛鳥ちゃん、本気で言ってる?」
「ふん」飛鳥はにやけていた。
「でも波平君は伊之助だと思う……」遥香が言った。
「禰豆子(ねずこ)だれ? 禰豆子」飛鳥は面白がって言った。
「ふんふん、ふんふん」遥香はふんふんする。
「あじゃあ禰豆子かっきーね」飛鳥は尚(なお)、面白がって言った。
 エントランス・メイン・フロアの方で、「禰豆子ー!」という風秋夕の叫び声と、「禰豆子ちゃんは俺と結婚すんだぞ! わかってんのか?」という、磯野波平の声が響いた。
「だってさ」飛鳥は遥香を見る。
「えー」遥香は苦笑する。
「へんてこな炭治郎と横暴な善逸だね」稲見は無表情で抑揚(よくよう)のない声で言った。表情もなく、声にめりはりもないが、これが稲見瓶の通常であり、エッセンスである。「そもそも、善逸なら、ダーリンの方だと思うけどね」
「えー」飛鳥はそれから言う。「でも私、鬼滅よくわかってないからなぁ……」
「ダーリンが善逸ぅ?」遥香は考える。「ダーリンって、泣きます?」
「よく泣いてるけど。ああ、知らないんだね。確かに皆の前では泣いてないね。ファン同盟の中では、卒業の時期によく泣いてるんだよ。善逸みたいな時がある」
「へー」さくらは感心した。
 風秋夕はDX日輪刀のボタンを十回押した。「『全集中!水の呼吸、拾(じゅう)ノ型、生生流転(せいせいるてん)!』ほら吹っ飛べよちゃんとー! 拾ノ型だぞっ!」
「かすり傷だな、今のは」磯野はDX日輪刀のボタンを押していく。
風秋夕は驚く。「ずーりーぞてめえ!」
「行くぞおらっ『ね~ず子ちゃ~ん』何だこりゃあ!」磯野はDX日輪刀に驚愕(きょうがく)した。
「善逸を選んだお前と、説明書を読まないお前が悪い」夕は高らかに笑い声を上げる。「はっはっは、お前らしいじゃねえか、はっはっはっはっは!」
「あんな笑い方する炭治郎もいないね」稲見が言った。
「鬼の笑い方だよね、どっちかというと」飛鳥は口元を笑わせて言った。
「そうですね」遥香は笑った。
「イナッチは誰が好きなんですか?」さくらは稲見に言った。「鬼滅で……」
「うん。実はまだ無限列車編までしか観てないんだ。本もそこまでしか読んでない」稲見は考える。「だから、そこまでだと、鱗滝(うろこだき)さんかな。理想の上司」
「あー明日お祭りじゃん、ここ」飛鳥は思い出したかのように眼と口をぱっと開いて言った。「何日間かやるんだよねえ?」
「うん。四日間、やるつもりでいる」稲見は答えた。
「また浴衣着なくちゃダメなの?」飛鳥は笑った。
「ダメという事はないよ。けど、どうせなら、着てくれると、用意したこっちも嬉しいってだけ」稲見はにこやかにそう言って、頷いた。
「また全部無料なんですか?」さくらは不思議そうに稲見を見つめる。
「もちろんだね」稲見はにこやかに頷いた。「何を食べても、何を買っても、お金は発生しない。財布を出す手間がない分、楽しんでほしい」
「夕君が出してるの?」遥香は稲見を見つめる。「その、こ、お祭りとか、ここの食事代とかって……」
「夕が一部負担、夕のお父さんが一部負担、俺と波平が一部負担させてもらう事もあるかな」稲見は、眼鏡の位置を直しながら説明した。
 風秋夕と磯野波平が、東側のラウンジへとやってきた。彼らは稲見瓶の座る南側のソファに腰を落ち着けた。尚、齋藤飛鳥は西側のソファ、賀喜遥香は東側のソファ、遠藤さくらは北側のソファに座っている。
作品名:ポケットに咲く花。 作家名:タンポポ