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ポケットに咲く花。

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 ライブが終わり、地下六階の〈映写室〉から熱気が去った頃、外には本格的な冬が到来し始めている事だろう。
 風秋夕は電脳執事のイーサンの報告を耳にして、口元を引き上げて笑みを浮かべると、次の瞬間、地下八階の〈BARノギー〉を飛び出した。
 息を切らせたままで、エレベーターに乗り込むと、到着した地下二階のエントランス、メインフロアの東側のラウンジ。通称〈いつもの場所〉まで走った。
「かずみん」夕は息を整えながら、彼女に微笑んだ。「いいライブだったね」
「ありがとう、ほんとよかった。終わってほっとしてる」一実は微笑んで、温かなドリンクを一口飲んだ。「座りなよ、夕君」
 風秋夕は、ソファ・スペースへと移動し、高山一実と向かいの正面にあたるソファに腰を下ろした。
 南側のソファには高山一実が座り、東側のソファには稲見瓶と駅前木葉が座っている。西側のソファに磯野波平と姫野あたるが座り、北側のソファに風秋夕が座っていた。
「お前もイーサンに頼んでおいたのか、かずみんが来たら知らせろってよ」磯野は夕を見ながら素っ気なく言った。
「当然だろ。スペシャルゲストだぜ」夕は一実にウィンクする。
「何で来るってわかったあ?」一実は不思議そうに夕を見て、皆を見た。
「卒業したら、ファン同盟のおきてが消えるからね。駅前さんがかずみんに連絡しないわけがない」稲見は淡々とした口調で言った。
「すみません、呼び出してしまって……」駅前は申し訳なさそうに顔をしかめて、一実におじぎした。
「いやいや、いいのよう、木葉ちゃん」一実は苦笑する。
「初めて言うかもだけどさ」夕は改めて、一実に話しかけた。「それの主人公……」
 それ、とされたテーブルの上に置かれた一冊の本は、『トラぺジウム』という高山一実著作の小説であった。
「主人公、うん。なになに?」一実は眼を見開いて夕を見つめる。
 風秋夕は微笑んで言う。「主人公、俺とおんなじ名前だよね」
「トラぺジウムの主人公は、確かあずまちゃん、だったね」稲見は呟いた。
「ああ~、本当だ~」一実は顔を驚かせて言った。「ゆうだ、ゆう!」
「あずまちゃん、ゆうだったっけか、名前」磯野は斜め上を見上げながら言った。
「ほんとだね」一実は可愛らしく微笑んだ。「夕君と会う前から設定決めてたから、偶然だよ~、すごーい」
「トラぺジウム、今また読んでいる途中でござるよ」あたるは眼を細めて皆に言う。「ネタバレは勘弁してほしいでござるからな!」
「何回読むんだよお前は」磯野は呆(あき)れて言った。
「小生は、あずまちゃんはかずみんだと思って読んでるでござる」あたるはにこやかに言った。「読んでいると、ところどころそっくりでござる」
「そりゃあなあ、アイドルの話だし、作者もアイドルだしなあ?」磯野は夕を見る。「で、お前は何してんだよ?」
「いや、写真を……」夕は、携帯電話で一実を撮影した。
「違反だろ!」磯野は叫んだ。
「愚か者め。かずみんは今日なにライブをしたあ?」夕は片目を瞑って磯野に問う。
「そりゃ卒業、ライブ、だろうが……。あ」
「確かにね」稲見は微笑んだ。「卒業したメンバーには、ファン同盟のおきては通用しなくなる。じゃあ、かずみん、俺とも一緒に撮ろう。もちろん、秘密は変わらないけどね」
「あ、私も撮りたいです!」駅前は慌てて携帯電話を取り出す。
「小生は二人っきりでかずみんと映りたいでござ、あ痛ぁ~」あたるは磯野にげんこつをもらった。
「あはは。みんな元気だねえ」一実は優しい微笑みを浮かべた。「じゃあ、みんなで撮ろっか」
 それぞれがスペースを高山一実の元へと移動して、風秋夕が高らかに携帯電話をかざした。
「はいみんな笑え~、とくに駅前さんな~、笑わないと怖いからな~」夕は携帯電話の画面を微調整しながら言った。
「があ~っはっは!」磯野は大笑いする。
「ちょ、ちょっと波平殿、押さないでくれでござる!」あたるは、顔をしかめて波平を押し返す。
「にい……」駅前は、不気味な笑みを浮かべた。
 高山一実は、小さくピースサインを作る。「いぇい」
「はい行くぞ~! はい、俺達、かずみんだ~い好き!」
 パシャ――。笑顔で切り取られたそんな時間は、この先も続くだろう。志(こころざ)し半(なか)ばで足を止めようとも、共に時を歩んできた仲間達が存在する。かけがえのない存在。
 案外それこそが、生きるという事の過程で得る事のできる、最も尊い時間なのかもしれない。
笑う事……。
 それを知ってか、知らずにしてか、高山一実は心から微笑んでいた。乃木坂46を愛してきた十年間を振り返るように。愛とは、笑う事をいうのかもしれない――。ふと、そんなフレーズが高山一実の頭をよぎったが、彼女は何も言わずに、笑う事を選択した……。


        二千二十一年十一月二十一日 完
作品名:ポケットに咲く花。 作家名:タンポポ