二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

午後4時のパンオショコラ

INDEX|12ページ/34ページ|

次のページ前のページ
 

 もう少し穏やかな言葉を選べばよかった。炭治郎を遠ざけるための言葉に変わりはなくとも、もう少し、炭治郎に優しい言葉を探せばよかった。思っても、口にした言葉は、もう取り戻せない。

 けれど、傷ついてしまえと心のどこかで思ったのも、事実だ。

 きれいで純粋なだけの恋など、どこにもない。いや、炭治郎が今義勇に向けている想いは、きっと昔の義勇と同じように、キラキラ輝くきれいな想いだけなのだろう。だが、いつかは欲に汚れていく。
 それでも、炭治郎は自分とは違うのだ。炭治郎は義勇への恋を諦めたなら、きっとごく当たり前に女性に惹かれるようになるだろう。炭治郎に似合いの優しく愛らしい女の子と恋をして、誰の目も微笑ませる、可愛らしいカップルになるに違いない。
 ならば、今自分が目を逸らすわけにはいかない。傷ついて、義勇を軽蔑し嫌悪すれば、炭治郎は戻れる。自分のように男の欲望に塗れるなど、炭治郎には似合わない。この子には、明るく晴れた空の下で優しく微笑み合えるような、誰からも祝福される恋愛が待っているのだ。
 今、義勇が傷つけ、嫌われさえすれば。きっと。
 それなのに。

「俺、あなたが好きです」

 なぜ、そんなに真っ直ぐな瞳で、そんな言葉を言えるのか。記憶のなかの義勇はただの幻で、実際は貞操観念など持ち合わせていない誰とでも寝るような男だと、もうわかったんじゃないのか。
 見開かれた義勇の目を真っ直ぐに見つめたまま、炭治郎は静かに微笑んでいた。そんな笑みを浮かべると、存外大人びて見えるのだなと、場違いにも少し見惚れた。
「冨岡さん、自分を悪く言って俺に嫌われようとしても無駄ですよ? だって俺、冨岡さんがとても優しい人だって知ってますから」
 なにを根拠にと顔をしかめても、炭治郎は笑みを崩すことはなかった。その眼差しには、いっそ労りと呼んで差し支えない温かみがある。
「それに、ビックリはしたけど、嬉しいです。冨岡さんが男の人とそういうことできる人なら、俺にだってちょっとぐらいはチャンスありますよね? 俺だって男だし、その、冨岡さんとエッチなことしてみたいって思ったことぐらい、あります。よ、よくわかんないから、あの、キス……とか、さ、触ってもらうのとか、それぐらいしか、想像したことないですけど……。だから、もし冨岡さんが俺としたいって思ってくれるなら、俺も、その……冨岡さんと、したい、です」
 恥ずかしそうに頬を染め口ごもりながら、それでも炭治郎は視線を逸らさない。
「でもそれは、冨岡さんの恋人としてが大前提です。一度だけじゃ嫌です。二度と逢えないなんて絶対にごめんです。だから、冨岡さんにも好きになってもらえるよう、俺、がんばりますね!」

 なんでそうなる。

 今度は義勇が愕然とする番だった。まさか自分の淫らな性生活の片鱗を知ってなお、こんなにも実直に告白してくるなど、誰が思うものか。
「……俺は、恋人は作らないし、いらない」
「気が変わることだってあるかもしれないじゃないですか! そのときに俺を選んでもらえるようにがんばります!」
「俺が好きなのは、今までも、これからも、たった一人だ。おまえをそういう意味で好きになることはない」
 大きく目を見開いて動きを止めた炭治郎は、もしかしたら、先ほどの義勇の言葉以上にショックを受けているようだった。好きな人、と小さく呟く声にも力がない。
「……冨岡さんは……好きな人がいても、違う人とエッチなことができるんですね……」
「幻滅したか?」
 多分に自嘲を含んで言い捨てた声は、それでも常と変わらぬ響きをしていた。表情だってきっと傍目には変わっていないだろう。感情が表に出にくい義勇の心の内側を、過たず悟れる者など、数人しかいない。
 だから炭治郎も気づくはずがないと思ったのに。
「冨岡さん、今、悲しいって思いました?」
 小さく鼻をうごめかせて、炭治郎はことりと小首をかしげた。気遣わしげな視線を向ける瞳は、それを確信していることを義勇に伝える。
「……なぜ、そんなことを」
「俺、鼻が利くんです。冨岡さんの匂いは淡すぎて、よくわからないことも多いですけど、でも、嬉しそうとか悲しそうなのは、ちょっとはわかります。今、冨岡さんからはちょっぴりだけど悲しんでる匂いがしました」
 そんな馬鹿なことがあるものかと切り捨てられなかったのは、同じ特技の持ち主を知っているからだ。剣道の師範の鱗滝がそうだ。まだ錆兎や真菰が義勇の感情を悟り切れずにいたころ、鱗滝ばかりが義勇の言いたいことをちゃんとわかるのが悔しいと、二人が羨んでいたのを覚えている。
 だから、炭治郎の言葉は事実なのだろうと、義勇は小さく溜息をついた。
「あ! あの、だから俺、本当は初めて冨岡さんが店に来てくれたとき、冨岡さんが俺のこと嫌がってるの、わかってました。ごめんなさい……。でもっ、やっと逢えたから……あのまままた逢えなくなるのなんて、絶対に嫌で! けど、やっぱり迷惑だったですよね……ごめんなさい」
「……今さら」
「ですよね……。もっと前に、ちゃんと謝らなきゃいけなかったんですけど」
 どうしてそうなると、ちょっと眉を寄せるが、しょんぼりと俯いた炭治郎は気づかない。なるほど、言葉にしなければ伝わらないことも多々あるようだ。鱗滝との違いは人生経験の差だろうか。
 ともあれ、もう義勇は、炭治郎を傷つけ遠ざける気は失せている。少なくとも、今は。
 この子は無理に遠ざければますます追ってくるだろうし、義勇とは違い、性的な欲望にも自浄作用が効くようだ。それなら無下に傷つける必要もあるまい。
「今さらそんなことを謝る必要はない。べつに今はおまえを嫌ってなどいない」
「えっ!? じゃ、じゃあっ」
「だからといって好きだとは言ってない」
「……ですよねー……」
 くるくると変わる炭治郎の表情は、もしかしたら義勇の心の底に溜まっていく澱みさえ、浄化する効果があるのかもしれない。そんな馬鹿なことを考えて、義勇は吐息だけで笑った。
 途端に炭治郎が顔を真っ赤に染めた理由はわからないが、炭治郎のそんな表情の変化を自分が楽しんでいるのは確かだ。
 この子が自然に自分から離れていくまでは、このままでもいいかと、義勇は思う。
 無理に傷つけることはない。炭治郎はまだ恋を知ったばかりの子供なのだ。今はまだ、きれいな想いだけ心に抱えて、初恋を堪能すればいい。その相手が自分だというのは、少しばかり申し訳ないけれど。

「……人が来る」
「あ、あの……っ」
 階段を上りだした義勇の背にかけられた炭治郎の慌て声に、義勇は少しだけ振り向いて、視線でこないのかと問いかけた。ぱちりと一つまばたきして、パァッと顔を輝かせた炭治郎が駆けよってくる。
「買い物お付き合いしてもいいですか?」
「……好きにしろ」
 少しだけ優しい気持ちになって言えば、愛想の欠片もない声であっても、炭治郎は嬉しげに笑う。炭治郎が笑うたび、不思議なことに心の澱が消えていく。

 今夜は溝浚いは必要なさそうだ。

 身勝手さに浮かんだわずかな自嘲も、炭治郎の柔らかな話し声を聞いている内に、薄れて消えた。