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午後4時のパンオショコラ

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 帰り際見えたのは、炭治郎を見つめる少女の心配そうな顔だった。
 確認せずとも、あの美少女っぷりならしのぶの妹で確定だ。義勇は愛車に乗り込みながら、胸の奥で独り言ちる。
 儚げな風情の美しい子だった。案じる眼差しを一心に炭治郎に向けていた。

 これでいい。これでもう終わりにしてしまえばいい。もううんざりだ。醜い嫉妬など、抱え込むのはもうごめんだ。
 考えた刹那、義勇は自然に脳裏に浮かんだその言葉に、知らず目元を歪ませた。自嘲の笑みが震えながら口から零れ落ちる。
 嫉妬。そうだ、嫉妬した。もう気付かぬふりはできない。いまだかつてない狂おしい衝動に、もう名はついてしまった。

 憶測でしかない炭治郎の心変わりよりも、自分は今、あの少女にこそ嫉妬していたのだ。

 可愛らしい、炭治郎の同級生。誰に恥じることなく真っ直ぐに、きれいな恋心を炭治郎に捧げることを許された、あの美しい少女に。
 炭治郎と恋しても、祝福だけを得られる、あの少女に……みっともないほどに、嫉妬している。

 嫉妬なんて、もう二度とするはずがなかった。錆兎への想いが愛へと変わった以上、もう嫉妬なんて感情は、自分の胸に生まれるわけがないと思っていた。だから決して名付けてはいけなかったのに。気づくわけにはいかなかったのに。
 あの可憐な少女に見苦しく嫉妬するほどに、炭治郎へと向かう感情は恋に近づいていると、認めなくてはいけなくなるから……気づきたくなどなかったのに。

 でも、もういい。恋は始まる前に終わった。終わってくれて良かった。錆兎の代わりを炭治郎にさせなくて済む。あの清純で健康的な炭治郎には、自分の穢れは毒にしかならない。

 あぁ、もう行かないと。いつまでもここにいたら炭治郎に気づかれる。炭治郎のことだから、きっと義勇が車を出す前に、紙袋を持ち息せき切ってやってくるだろう。いや、それならもうとっくに出てきているか。
 自嘲の笑みは先ほどよりは幾分軽かった。
 もう炭治郎にとっても終わったことなのだろう。きっともう、炭治郎の心に義勇への恋の火は灯されてはいない。それはすでにあの少女を温めるためにあるのだ。だから炭治郎は今までのようには義勇を見つめたりしない。明るく朗らかに、嬉しいと、見つめられるだけで幸せだと、義勇に笑いかけたりなんてしない。
 その証拠に、もう何分も動けずにいる自分の元へ、炭治郎はやってこないじゃないか。

 義勇は歪んだ笑みを浮かべたまま、エンジンをかけた。家に帰る気にはなれなかった。溜まった澱みは心を埋め尽くさんばかりで、きれいな上澄みなど望めないほどにどろりと濁っている。

 溝浚いが必要だ。すべて捨て去り、忘れるためにも。

 アクセルを踏み車を発進させながら、義勇の目はそれでもバックミラー越しに店のドアを見つめていた。

 けれど、遠ざかる店が見えなくなるまで気にし続けても、ドアが開くことはなかった。