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午後3時のフレンチトースト

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「ありがとうございます! 来月もよろしくお願いします!」
 お代の入った封筒とビニール袋を受けとり、炭治郎が頭を下げると、いかつい顔の店主はどこかが痛むような顔をした。
「大変だろうが頑張れよ」
 胸がギュッと痛くなる。やさしい労りの言葉なのに、苦しいのはなぜだろう。
「はい」
 笑ってみせた炭治郎に、店主は少しだけ満足そうにうなずき、厨房へと戻っていく。炭治郎も、もう一度ありがとうございましたと告げて、店を出た。
 落とさないようにポケットにしっかりと封筒をしまい、歩き出した炭治郎の足取りは重い。
 手にしたビニール袋がカサリと音を立てた。お裾分けに貰ったフレンチトーストの甘い匂いがする。いつもなら心弾ませる匂いだけれど、今日はあまりうれしくない。
 商店街に昔からある洋食屋は、バタールやロールパンなどを買ってくれるお得意さんだ。集金は月に一度。振り込みではなく現金で。
 今までは、ひとりで集金なんてしたことがなかった。それなりにまとまった額だから、大概は父が、父が病床に就いてからは母の仕事だ。けれど、炭治郎だって先週小学校を卒業したのだし、父はもういない。
 俺が行くよと胸をたたいた炭治郎に、母は少し心配そうな顔をした。だが、パンの焼成も今や母ひとりの仕事だ。幸い店は繁盛している。商品の数を減らすわけにはいかない。店番だけなら炭治郎でもできるけれど、パンを焼くのは無理だ。父が入院し、母がたびたび店を空けざるを得なかったあいだ、お客さんにも迷惑をかけた。
 だから、これからは自分が行くと炭治郎が宣言しても、まとまった額を子どもに持たせる不安を、母が抱くのは当然である。けれど、母は炭治郎を信頼してくれたようだ。午後の早い時間だし、洋食屋のある商店街までは人通りだって多い。問題はないはずとの判断もあったのだろう。
「炭治郎が行ってくれたら助かるわ」
 そう微笑み送りだしてくれた。
 遅くなれば信じてくれた母を心配させる。急がなくちゃと思うのに、炭治郎の足は重かった。
 商店街には顔見知りがたくさんいる。炭治郎の顔を見つけ、声をかけてくれる人は多いのだ。
 今までは、声をかけてもらうのはうれしかった。お遣いや集金のお供で来るたび、えらいなとか、いい子だなと、褒めてくれるやさしい人たち。誇らしくて幸せで、炭治郎はいつだって笑っていられた。
 手にしたフレンチトーストが、なんだか重くなった気がする。振りまわせるほどちっぽけな重みしかないはずなのに、米袋よりもなぜだか重い気がして、炭治郎はビニール袋を持つ手にギュッと力を込めた。
 お得意さんの洋食屋に集金に行くと、バタールが残ったときに作る賄いのフレンチトーストを、店主はお裾分けにくれる。炭治郎も大好きな甘いフレンチトーストは、竈門家の子どもたちの好物のひとつだ。父や母も、子どもたちが喜ぶさまを幸せそうに見守ってくれていた。
 だけどもう、口の周りをはちみつでベタベタにしながら笑ってフレンチトーストを頬張る炭治郎たちを、やさしい目で見る父はいないのだ。病床に伏した父は、先月とうとう亡くなった。炭治郎の卒業式を見ることなく。
 涙がわき上がりそうになって、炭治郎はあわてて首を振った。
「俺は長男なんだから、泣いちゃ駄目だ!」
 自分に言い聞かせ、炭治郎は商店街のわき道を入っていった。商店街の知り合いに声をかけられれば、このところの決まり文句を聞くことになる。足取りを重くさせる原因から遠ざかりたい一心で、炭治郎は人通りのないほうへと足を進めた。
 
『大変だね。かわいそうに』
 
 やさしい言葉は、ありがたいのに胸が苦しい。笑い返すのがつらくて、人のいない道を炭治郎は進む。
 誰も悪くない。やさしさだと理解もしている。だけど、それらの言葉は炭治郎の胸を痛くさせた。無理にも笑って、大丈夫ですと答えるたびに、心のどこかが削られていく気がするのだ。
 昼下がりの人けのない道を、炭治郎は歩く。少し遠回りになるしと、気が急いた。少しずつ歩みが速まる。
 しっかりしなきゃと思いながらも、気がつくと店主の言葉が耳にこだまする。知り合いはみな、幸せな子どもから憐れな子どもへと、やさしい言葉で炭治郎を突き落とす。善意だと理解しているのにやりきれないから、炭治郎は、知り合いと顔をあわせるのが気ぶっせいになった。
 人の思い遣りを素直に受け止められない自分にも、嫌気がさすし、反省もする。けれどもどうしてもつらいのだ。

 早く帰ろう。誰にも逢いたくない。かわいそうって言葉を聞きたくない。

 知らず気もそぞろになり、勢い炭治郎は、急ぎ足になった。
 うつむき気味にして足早に歩く炭治郎の前で、騒々しい声がした。道幅いっぱいに広がって歩いてくるのは、高校生のグループだ。着崩しただらしのない制服や、ガラの悪い言葉遣いは、不良めいている。大通りに出る手前の、一方通行の道だった。人通りはない。
 高校生たちは品のない大きな笑い声を立てながら、ろくに前も見ずに歩いてくる。避けなきゃと端に寄った炭治郎に、大げさに身振りした一人の腕がぶつかった。
「痛ぇなぁ! 気をつけろ!」
「ごめんなさい」
 ちゃんと避けたけれど、ぼんやりしていたのもぶつかったのも事実だから、素直に謝った。なのに、高校生たちは怖い顔をして取り囲んでくる。
「ガキがピアスなんてしちゃってよぉ。生意気」
 父の形見のピアスは、炭治郎の決意の表れだ。これからは自分が家族を守るのだとの覚悟の証に、母に頼み込んでつけた。からかわれ、思わずムッと睨めば、また生意気なガキだなと言われ小突かれた。
 それほど痛いものではなかったけれど、押された拍子にポケットから封筒が落ちてしまったのはいただけなかった。大切なお金なのに、落としたらえらいことになる。
 あわてて拾おうとした炭治郎の手より早く、封筒を拾いあげたのは高校生だ。
「おいっ、六万も入ってんぞ!」
「スゲェ、ラッキーじゃん!」
「ゲーセン行こうぜ、ゲーセン!」
 人のものを勝手に開けて盛り上がるのが信じられず、炭治郎は、一瞬呆気にとられた。

 俺のだってわかってるのに、この人たちはなにを言ってるんだろう。それは店の大事なお金なのに。

「軍資金ゲットー!」
「俺、新しい靴欲しかったんだよなぁ。なぁ、それ全員で分けようぜ」
「あ、賛成。俺も欲しい写真集あんだよ」
 封筒をひらひらとさせながら立ち去ろうとする高校生たちに、ハッと我に返り、炭治郎は急いで高校生たちの前に回り込んだ。
「返してください!」
 大きな声で言いながら手を伸ばした炭治郎に、高校生たちは、馬鹿にしきった顔をした。
「慰謝料だろぉ。これで許してやるって言ってんの」
「ぶつかったのはテメェなんだからな、当然だろ、ガキ」
「そんな、手を振りまわしてたのも悪いんじゃないか! 道いっぱいに広がって歩くのだって、迷惑だろ!」
 必死に言いつのり、封筒を取り返そうとした炭治郎の頭が、バシリとはたかれた。
「うるっせぇなぁ! 俺らがどうしようと勝手だろうが!」
「こんな金持ち歩いてんのが悪いんだよ。ガキのくせにピアスなんかしてるぐらいだもんな、親のしつけがなってねぇんじゃねぇの?」