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BUDDY 8

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「相棒《バディ》? ああ、そうだよな。アンタにとって俺は相棒《バディ》だ。アンタが認めた、俺の称号」
「称号?」
「知らないだろ……?」
「な、何をだ?」
「知らないよな、アンタ。その言葉がどれほど俺を苦しめるのか、なんて」
「な……、苦しめ、る?」
「アンタが俺を認めて、称えてくれたその言葉が、どれほど俺を、俺の想いを踏み躙るのかなんて……! 喜ぶと思ってたか? アンタにそう呼ばれるたび、俺がどんなに苦しかったか、知りもしないクセに!」
「な…………に?」
 呆然とするアーチャーを、ほらみたことか、と嘲笑する自分がいる。
(ダメだ……。こんなこと、アーチャーに、言ったら…………)
 言ってはいけないことだとわかっていた。なのに、口をついて出てしまった。一度口から出た言葉は取り消すことができない。
「アンタに認められて、相棒《バディ》だって言われるたびに、俺は…………、俺は……っ…………」
 あとは、言葉にならなかった。嗚咽にまみれて、声すら出ない。アーチャーに申し訳ないことを言った。アーチャーが認めてくれて、それはうれしいことだったのに、それすら否定して、嫌だったんだとアーチャーを責めてしまった。
 アーチャーには理解できないだろう。士郎の気持ちすら知らないというのに、いきなり最上級の称号を貶されたのだから。
「し、士郎、私は……」
 言葉を失うアーチャーに、はっとして顔を上げると、
「お前を、傷つけていたのか……?」
 見当違いに自責の念に捉われた様子のアーチャーが途方に暮れている。
(傷つけてはダメだ……、アーチャーは、なんにも悪くないんだから……)
 士郎は、ぐい、と袖で涙を拭い、震える呼吸を押さえつける。
「違うよ。悪いのは、俺。アーチャーじゃない」
「だが、」
「だから、もう、かまわないでくれよ。もう、いいんだ。もう、全部、終わったことだから」
 何も終わってなどいないが、そう言うしかない。アーチャーが気に病むことなど一つもないのだから。
「終わった……?」
「うん、終わったんだ。もう、手の打ちようは、ないからさ……」
 手の打ちようがないと言っても、何を努力したわけでもない。ただ想いを抑え込んで、ただ勘付かれないようにと、ひた隠しにしていただけ。望みなどない、なんの未来もない想いだったから、早々に諦めて蓋をした。
 どうして相手がアーチャーなんだと、頭を抱えたこともある。それでも好きになったことを後悔してはいない。こんなに胸が熱くなる気持ちに気づけたことを幸いだと思っている。
 胸苦しいことが多く、そうだな、仕方がないな、と自身の気持ちを認めて、自分を慰めていただけで少し楽になった。
 そういう日々があったのだと懐かしく思うことができる。その想いを胸に確かに生きていたと思い出すことができる。
 それだけでも僥倖だ。
(何も望めないんだから、とっくに終わっていたんだよな、俺の恋も愛も……)
 ロンドンにいた頃に、恋をしたことがあるか、と凛に訊かれたことがある。曖昧に濁したが、まさにその時、士郎はアーチャーに恋をしていた。苦しいだけの不毛な恋に身を焦がして、そのまま灰になるまで自身を燃やしてしまったのだ。
 今はもう、燻る熾火が消し炭になるのを待つばかり。だが、それはきっと、アーチャーを見送ってからのことになるのだろう。
 繋がりもなく、アーチャーの姿を見ることもなくなれば、きっとその想いも忘れてしまうのだと思う。いや、忘れる前に契約解除を願い出て、この想いとともに消えてしまうかもしれない。
「……だから、俺のことは、放っておいてくれ」
 真正面からアーチャーを見つめてなど言えず、士郎は顔を逸らしたまま、そう告げた。
「…………了解した」
 アーチャーがどんな顔をして答えたのかを士郎は知らない。
 その面に珍しく表情があったことなど、まして、打ちひしがれた顔をしていたことなど、知る由もなかった。


BUDDY 8  了(2021/10/17)
作品名:BUDDY 8 作家名:さやけ