BUDDY 9
BUDDY 9
望んではいなかった。
士郎は、私との繋がりも、相棒《バディ》という関係も、望んでなどいなかったのだ。
ああ、なぜ、今になってそんなことを言われるのだ。
もっと早く言ってくれれば……。
いや、言えなくしたのは、私か。
事あるごとに士郎を相棒《バディ》だと言った。
それを聞かされていた士郎は、何度訂正したかったことだろう。
はぁ……、私はなんと鈍感なのか。
士郎の気持ちに気づけなかった己が情けない。
これでは相棒《バディ》失格だ。
いや、もう、相棒《バディ》などではない。
では、我々はいったい、どういう関わり合いをしていけばいいのか?
それよりも、士郎が魔力不足に陥っていた場合、どうやって回復させてやればいいのか?
意識のないときならばいい。
士郎にはわからないのだから、経口摂取をさせれば済む話だ。
だが、今日のように意識がある、あるいは意識が戻ってきた場合……。
「っ…………」
硬直した舌の感触がいまだに残っている。
半覚醒の士郎は、いつだって魔力を求めて、私を求めてきた。
だというのに、今日は覚醒に近い状態だったのだろう。途中で目覚め、私を拒んだ。
士郎に拒まれたことから目を背けたくて、魔力を補給させてやれなかったと悔やみ、魔力不足でロクに動くこともできないのにと心配している。
本当に、情けない。
こんなことでは、凛の願いも叶えられない。
どうすればいいのか……?
士郎の意識があるから問題があるのであって、ならば、意図的に意識を失わせれば、それで……、 いや、何を犯罪者のような思考に陥っているのか、私は。
元を辿れば同じ存在に行き着く存在《もの》だとしても、そんな無体を働くわけにはいかない。
「士郎……」
未練がましく呼んでしまい、思わず片手で口元を覆う。
これではまるで……。
ん? まるで、なんだ?
今、何か思いついたような気がした。
未練がましく士郎を呼んで、それが、いったい?
首を捻る。
そもそも未練がましいとは、どういうことだ?
未練がある、未練たらたら、そういうふうに使う言葉だが……?
ということは、士郎に未練があるのか、私は。
未練……。
未練?
何に対してだ?
士郎の何に、私は未練を感じているのか……。
士郎にか。
それから、もういいと言われた魔力供給にも未練が……。
私は、したかったのか?
あんな、濃厚な口づけを?
士郎と?
「っ……」
どくり、と鼓動が蠢いた。
いやいやいや、どうなっているのだ、私の身体は!
違う違う。
そうじゃない。
それは、間違いだ。
間違いであって、決して…………。
地下石室の士郎を思い出す。
艶かしく腰を揺らす姿が忘れられない。
身の毛もよだつような異形とあんなことをしておいて私を拒むのかと、手前勝手な苛立ちが募る。
私なら、もっと啼かせてやる。
甘い声で、蕩けるまで昂らせて、もっと……。
「はっ!」
いかん。
我に返って瞬く。
シンクに置いた洗い桶から水が溢れ出ている。
慌てて水を止めた。
夕飯の支度の前に洗い物をしていて、流す段に至り、物思いに耽ってしまっていた。
「はぁ……」
何度となくついたため息をこぼし、どうしたものかと思案する。
妙案など一切浮かばず、士郎と話し合うことも、もう、これからは難しいだろう。
私は、士郎とどうなりたいのだろう?
そんな疑問が頭の中にびっしりとひしめいていた。
***
「凛」
「なに? 忘れ物はないわよ……って、どうしたの?」
登校しようと門を出た凛は、振り返って怪訝そうに首を傾げた。
「少し、暇をもらいたい」
「いとま?」
「ああ。少しの間出てくる。戻らなくても探さなくていい」
「え? はい? え、えっと……」
困惑を顕にする凛に、アーチャーは心配しなくていい、と付け加える。
「心配するなって言っても……、その間に聖杯がどうこうなったらどうするのよ?」
「他のサーヴァントがいるだろう。私がいなくても、どうとでもなる」
やけに投げやりな言い様に、凛は眉間にシワを刻んだ。
「何か、企んでるの?」
「いや」
「じゃあ、理由は?」
「…………訊かないでほしい」
大きなため息をついて、凛は考え込んだ。
「遠くに行くわけではない。何かあったら駆けつける。なんなら令呪を使ってくれて構わない。まだ一画も消費していないだろう?」
「令呪を使うかどうかは私が決めるわ。貴方にどうこう言われることじゃないもの」
「もっともだ。では、思念でも飛ばしてくれ」
「…………はぁ。しょうがないわね。わかった。いいわよ」
「感謝する」
礼を言ったアーチャーは、凛とともに玄関を出る。
「え? 今からなの?」
「ああ」
「荷物とかは?」
「特に必要ないだろう? 着替えなど、どうとでもなる。君から流れてくる魔力さえあれば、飲食も睡眠もとらなくていい」
「ま、まあ、そうでしょうけど」
凛は不可解そうな顔をしてアーチャーと並び、交差点までやってきた。
「ここで衛宮くんたちと合流なの。アーチャーはどっちに行くの?」
「決めてはいないが……、まあ、あちらだな」
凛たちが向かう方角とは反対の方を指さし、行ってくる、と背を向けたアーチャーは、いつまでも凛の疑問だらけの視線を背中に感じていた。
霊体となり、赤い橋脚のアーチの上で片膝を引き寄せたまま、何時間もこうしている。
考える時間が欲しかった。
士郎の言葉を反芻し、あるいは思い出し、そのときの表情、口調、声音、視線、すべてを詳らかにして何をどう己が間違ったのかを明らかにしなければならないと思う。
アーチャーは、士郎を相棒《バディ》だと思っていたが、士郎はそう思っていなかった。
(どんな思いでいたかも知らないクセに、と士郎は言った……)
士郎はどんな思いで己に相棒《バディ》と呼ばれることを享受していたのだろうか。考えてみても、アーチャーには見当もつかない。
士郎は何を望んでいたのだろうか、とも考えてみたが、士郎の望みなど訊いた試しがない。
魔術協会に所属して魔術師として働くよりも、紛争地に行きたいと言った。だが、それは、士郎自身が真に望んでいることではなかったのかもしれない。
士郎が望むこと、もしくは選ぶことは、いつだってアーチャーを導くための布石だった。
アーチャーとは違う結末を見せるために、守護者になるようなエミヤシロウにならないために、アーチャーが望む、終の住処で笑っていられるような、そんな先行きを実現するためだった。
(士郎は、何を望んだのか……)
何かを欲したのだろうか、それとも、何かになりたかったのだろうか。
アーチャーを導くと約束してしまったがために、ごく普通の人としての生活をフイにしたのかもしれない。
(なんでも良かったというのに……)
アーチャーは紛争地になど拘ってはいない。士郎がそれなりに幸福だと言える生を送るのならば、どこかの料理屋で働いていてもいい、郊外のホームセンターの販売員でもよかった。ごくありふれた幸福な生き方をしてくれるのであれば……。
望んではいなかった。
士郎は、私との繋がりも、相棒《バディ》という関係も、望んでなどいなかったのだ。
ああ、なぜ、今になってそんなことを言われるのだ。
もっと早く言ってくれれば……。
いや、言えなくしたのは、私か。
事あるごとに士郎を相棒《バディ》だと言った。
それを聞かされていた士郎は、何度訂正したかったことだろう。
はぁ……、私はなんと鈍感なのか。
士郎の気持ちに気づけなかった己が情けない。
これでは相棒《バディ》失格だ。
いや、もう、相棒《バディ》などではない。
では、我々はいったい、どういう関わり合いをしていけばいいのか?
それよりも、士郎が魔力不足に陥っていた場合、どうやって回復させてやればいいのか?
意識のないときならばいい。
士郎にはわからないのだから、経口摂取をさせれば済む話だ。
だが、今日のように意識がある、あるいは意識が戻ってきた場合……。
「っ…………」
硬直した舌の感触がいまだに残っている。
半覚醒の士郎は、いつだって魔力を求めて、私を求めてきた。
だというのに、今日は覚醒に近い状態だったのだろう。途中で目覚め、私を拒んだ。
士郎に拒まれたことから目を背けたくて、魔力を補給させてやれなかったと悔やみ、魔力不足でロクに動くこともできないのにと心配している。
本当に、情けない。
こんなことでは、凛の願いも叶えられない。
どうすればいいのか……?
士郎の意識があるから問題があるのであって、ならば、意図的に意識を失わせれば、それで……、 いや、何を犯罪者のような思考に陥っているのか、私は。
元を辿れば同じ存在に行き着く存在《もの》だとしても、そんな無体を働くわけにはいかない。
「士郎……」
未練がましく呼んでしまい、思わず片手で口元を覆う。
これではまるで……。
ん? まるで、なんだ?
今、何か思いついたような気がした。
未練がましく士郎を呼んで、それが、いったい?
首を捻る。
そもそも未練がましいとは、どういうことだ?
未練がある、未練たらたら、そういうふうに使う言葉だが……?
ということは、士郎に未練があるのか、私は。
未練……。
未練?
何に対してだ?
士郎の何に、私は未練を感じているのか……。
士郎にか。
それから、もういいと言われた魔力供給にも未練が……。
私は、したかったのか?
あんな、濃厚な口づけを?
士郎と?
「っ……」
どくり、と鼓動が蠢いた。
いやいやいや、どうなっているのだ、私の身体は!
違う違う。
そうじゃない。
それは、間違いだ。
間違いであって、決して…………。
地下石室の士郎を思い出す。
艶かしく腰を揺らす姿が忘れられない。
身の毛もよだつような異形とあんなことをしておいて私を拒むのかと、手前勝手な苛立ちが募る。
私なら、もっと啼かせてやる。
甘い声で、蕩けるまで昂らせて、もっと……。
「はっ!」
いかん。
我に返って瞬く。
シンクに置いた洗い桶から水が溢れ出ている。
慌てて水を止めた。
夕飯の支度の前に洗い物をしていて、流す段に至り、物思いに耽ってしまっていた。
「はぁ……」
何度となくついたため息をこぼし、どうしたものかと思案する。
妙案など一切浮かばず、士郎と話し合うことも、もう、これからは難しいだろう。
私は、士郎とどうなりたいのだろう?
そんな疑問が頭の中にびっしりとひしめいていた。
***
「凛」
「なに? 忘れ物はないわよ……って、どうしたの?」
登校しようと門を出た凛は、振り返って怪訝そうに首を傾げた。
「少し、暇をもらいたい」
「いとま?」
「ああ。少しの間出てくる。戻らなくても探さなくていい」
「え? はい? え、えっと……」
困惑を顕にする凛に、アーチャーは心配しなくていい、と付け加える。
「心配するなって言っても……、その間に聖杯がどうこうなったらどうするのよ?」
「他のサーヴァントがいるだろう。私がいなくても、どうとでもなる」
やけに投げやりな言い様に、凛は眉間にシワを刻んだ。
「何か、企んでるの?」
「いや」
「じゃあ、理由は?」
「…………訊かないでほしい」
大きなため息をついて、凛は考え込んだ。
「遠くに行くわけではない。何かあったら駆けつける。なんなら令呪を使ってくれて構わない。まだ一画も消費していないだろう?」
「令呪を使うかどうかは私が決めるわ。貴方にどうこう言われることじゃないもの」
「もっともだ。では、思念でも飛ばしてくれ」
「…………はぁ。しょうがないわね。わかった。いいわよ」
「感謝する」
礼を言ったアーチャーは、凛とともに玄関を出る。
「え? 今からなの?」
「ああ」
「荷物とかは?」
「特に必要ないだろう? 着替えなど、どうとでもなる。君から流れてくる魔力さえあれば、飲食も睡眠もとらなくていい」
「ま、まあ、そうでしょうけど」
凛は不可解そうな顔をしてアーチャーと並び、交差点までやってきた。
「ここで衛宮くんたちと合流なの。アーチャーはどっちに行くの?」
「決めてはいないが……、まあ、あちらだな」
凛たちが向かう方角とは反対の方を指さし、行ってくる、と背を向けたアーチャーは、いつまでも凛の疑問だらけの視線を背中に感じていた。
霊体となり、赤い橋脚のアーチの上で片膝を引き寄せたまま、何時間もこうしている。
考える時間が欲しかった。
士郎の言葉を反芻し、あるいは思い出し、そのときの表情、口調、声音、視線、すべてを詳らかにして何をどう己が間違ったのかを明らかにしなければならないと思う。
アーチャーは、士郎を相棒《バディ》だと思っていたが、士郎はそう思っていなかった。
(どんな思いでいたかも知らないクセに、と士郎は言った……)
士郎はどんな思いで己に相棒《バディ》と呼ばれることを享受していたのだろうか。考えてみても、アーチャーには見当もつかない。
士郎は何を望んでいたのだろうか、とも考えてみたが、士郎の望みなど訊いた試しがない。
魔術協会に所属して魔術師として働くよりも、紛争地に行きたいと言った。だが、それは、士郎自身が真に望んでいることではなかったのかもしれない。
士郎が望むこと、もしくは選ぶことは、いつだってアーチャーを導くための布石だった。
アーチャーとは違う結末を見せるために、守護者になるようなエミヤシロウにならないために、アーチャーが望む、終の住処で笑っていられるような、そんな先行きを実現するためだった。
(士郎は、何を望んだのか……)
何かを欲したのだろうか、それとも、何かになりたかったのだろうか。
アーチャーを導くと約束してしまったがために、ごく普通の人としての生活をフイにしたのかもしれない。
(なんでも良かったというのに……)
アーチャーは紛争地になど拘ってはいない。士郎がそれなりに幸福だと言える生を送るのならば、どこかの料理屋で働いていてもいい、郊外のホームセンターの販売員でもよかった。ごくありふれた幸福な生き方をしてくれるのであれば……。