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BUDDY 9

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 士郎を縛っているつもりなどなかったのだが、士郎はアーチャーの経験を夢で見て、知らぬうちにこうしなければ、と思っていたのかも知れない。
(だとすれば……、士郎を輪廻の輪から外したのは、私ではないか……)
 暮れゆく川面が赤く染まり、いつかの大火災の光景に見える。
 エミヤシロウにとって、あの大火災は運命を決めつけたターニングポイントだった。その次にくるターニングポイントは、遠坂凛に命を救われたこと。これがエミヤシロウをアーチャーとして第五次聖杯戦争に喚ぶきっかけとなる。
(そして士郎は私と出会ったことで、何かしらのターニングポイントを迎えてしまったのだ……)
 謎が解けたわけではない。ただ、絡まった糸が僅かに緩んだ程度のことだ。
 けれども、今までなんの理由も原因すらも定かではなかった事柄が、少しではあるが明らかになっている。
(士郎の運命は、いったい何を契機に……?)
 しかし、結局、そこで手詰まりとなる。
 そこからの思考は、まったく進めなくなる。
『はあ……』
 思わずため息をこぼしてしまった。すでに陽は落ち、あたりを宵闇が覆い尽くしていた。
 立ち上がり、とん、と鉄のアーチを蹴って、新都の方へとアーチャーは駆ける。
 やがて、高層ビルの屋上に至り、夜の街の明かりを見下ろし、天と地の星の合間にアーチャーは腰を落ち着けた。
 しばらく考えるつもりでいる。
 今までの士郎とのことを、そして、これからのことも……。
(士郎が、許してくれるのならば、だが……)
 別段、士郎は怒っていたわけではない。ただ、声を荒げただけで、許しを請うような話には発展しなかった。
 思えば、士郎はアーチャーに感情をぶつけてきたことなどほとんどない。
(士郎は、いつも、私に本音を言っていない、のか……?)
 今さらそんなことに気づいた。
(これでは、相棒《バディ》どころの話ではないな……)
 今まで、自分がどれほど士郎に無頓着だったかを、今になってアーチャーは思い知らされていた。



***

「アーチャーがね、旅に出たいって」
「ふーん。旅に出…………はあ? アーチャーが、旅ッ? え、と、遠坂、ちょ、ごめん、よく、聞こえなかった、もう一回、言ってくれないか?」
「だからね、アーチャーが旅に出たいって」
「…………、うん、俺の耳は、正常だな。……って、ダメだろ? 今、サーヴァントは待機なんじゃ、」
「遠くには行かないから、って。だから、オッケーしたの」
「オッケー、出したのか…………。えー……っと、……うーん……。遠坂、なんか、俺、頭痛くなってきた……」
 こめかみを押さえながら士郎が唸れば、凛は士郎の淹れた食後の紅茶を一口啜り、
「いいじゃない。アーチャーだって頑張ってきたんだから、少しくらい休暇をあげても」
「そ、そりゃ、アーチャーが頑張ってるのは、知ってるけどさ……」
「だから、お休みをあげたの」
 にっこりと笑う凛に、士郎はもう何も言えない。
「はぁ……。じゃあ、家のことは俺がやればいいんだな?」
「そんなに張り切らなくっていいわよ。私はしばらく衛宮くん家に厄介になるから」
「え? 遠坂も?」
「士郎にもお休みをあげるわ。アーチャーだけじゃ、不公平だもの」
「いや、不公平っていうか……」
「家事をするのも大変でしょ?」
「あ……」
 凛に気を遣わせていることにやっと気づいた士郎は、少し眉を下げ、視線を落とす。
「そんな顔しないで。魔力がほとんど送れないのは私が未熟なせいよ。士郎の落ち度じゃないわ。だけど、ハウスキーパーとしては失格じゃない。だから、私は一時待避ってことで、衛宮くんの家に行くことにしたの」
「ハウスキーパー……って……」
 使い魔を家事手伝い呼ばわりする凛に目を据わらせると、事実でしょ、と凛は青い瞳で見返してくる。
「そう……だけどさ……」
「だから、羽を伸ばしていればいいわよ。私の部屋以外ならどの部屋を使ってもいいし、あ、でも蔵書には手を出さないでね。魔術書もあるし、何が起こるかわからない物なんかもあるから」
「わかってる。アーチャーに厳しく言われたから」
「そうだったの? さすがアーチャーね。抜かりがないわ……」
 その割には、旅に出ることを士郎は一切聞かされていなかったと、不満に思う。
「遠坂、アーチャーはどこに行ったんだ?」
「知らなーい。遠くには行かないって言ってただけで、具体的な場所は聞いていないの。飲食も睡眠も要らないから手ぶらだったし……」
「まあ、霊体なら野宿も苦じゃないんだろうけどさ……」
「そういうわけで、明日の午後にランサーが来るから、荷物を渡しておいてくれるかしら?」
「え? ランサー?」
 途端に士郎の顔は強張る。どうしてもランサーには警戒感が先に立ってしまうのだ。生前の経験と、先日のことが相乗効果となっているのはわかっているが、本能的な怯えは、どうしようとも拭えない。
「顔を合わせづらいかもしれないけど、配達しておいてやるって言うから、頼んじゃった。仕事中なら士郎に手を出すこともないでしょ?」
「仕事……、配達? ランサーって、働いてでもいるのか? サーヴァントなのに?」
「みたいね。教会の再建費用らしいわよ」
「で、でも、壊したのはランサーじゃないじゃないか」
 教会が半壊したのは士郎たちがあそこで一悶着したのが原因だ。なんなら、自分たちが犯人じゃないか、と士郎は言いたくなる。が、
「言峰綺礼がコキ使ってるのよ、ランサーを」
「え? 言峰……き、れ?」
 士郎は自身の記憶にないその人物を、アーチャーの経験から引っ張り出した。
(ああ、あの、なんだか、怪しい神父のことか……)
 夢の中でのアーチャーも警戒しているふうだった。その神父にコキ使われるランサーが少しだけ気の毒に思ったが、先日のことを思い出し、士郎は、自業自得だ、と思い直す。
「荷物はまとめて玄関に置いておくわね。全部で三つよ」
「了解。手伝うこと、あるか?」
「いいえ、もうほとんど荷造りは終わっているの」
「そっか」
「ええ。じゃあ、お風呂に入って、私は休むわね」
「うん。おやすみ」
 リビングを出ていく凛を見送り、ローテーブルに残った食器を片づける。
「旅、か……」
 アーチャーに休暇をあげたと凛は言っていた。
「まあ、確かに、アーチャーは働きすぎだもんな……」
 洗い物を終えてリビングに戻ると、しん、と静まりかえった室内は、何やら物寂しい気がする。
「べつに、アーチャーはずっとリビングにいるわけじゃなかったし……、見張りをするって、屋根とかで過ごしていたし……」
 言い訳がましく口にしている自分に、ため息をこぼしてしまった。



 翌日の昼を過ぎたころ、約束通りランサーが遠坂邸を訪れた。
 呼び鈴に答え、玄関を開けると、門の外側にランサーが立っている。それ以上、入ってこないということは、遠坂邸の結界に阻まれているのかもしれない。
「よっ! 坊主」
 屈託のない明るい笑顔で片手を上げたランサーは、ただの気の良い青年のようだ。少々体格が良すぎ、その容姿も目立ちすぎてはいるが。
「ほんとに、来たんだ」
 やや警戒をしながら、士郎は凛のボストンバッグを片手に門へと近づく。
作品名:BUDDY 9 作家名:さやけ