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ファイト

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「最初は一緒に戦おうって、頑張ったんですよ。きちんと話せばわかってくれる。そう思ってたんですけど……」

『世間の目は、そう簡単には覆らなかった。同性婚への理解は日本でも進んでいるが、あくまでもテレビやネットのなかでの出来事としてとらえている人は多い。自分の身近な存在、ましてや我が子を預ける教師が同性愛者であるという事実を認められない保護者は、ふたりや関係者が思う以上に多かったという』

 ナレーションの言葉が、ツキンと胸を刺した。
 ……そう、だよね。私だってたぶん、他人事だからこんなふうに怒れるんだろう。テレビの向こうの出来事だから、無責任に言えるんだ。
 だって、もしもお父さんが実は男の人のほうが好きなんだと言ってきたら……うわぁ、無理無理! やめてよ、信じらんないって怒鳴っちゃいそうだ。弟の担任がゲイって聞いても、きっと怒る。そんな人に先生なんてやらせんなって、言っちゃうかもしれない。
 差別なんてしない、偏見なんてないって思ってても、実際にその場面になったら、そんな言葉は頭から吹っ飛びそうな気がする。

「炭治郎のほうも、大学で色々あったんです。高校までと違って閉鎖されたクラス内の交流ではないぶん、問題視されるようないじめまでは発展しませんでしたが」
「んー、すれ違いざまにホモとかオカマとか言われるのは、そこまでつらくはなかったんです。悲しいのは確かなんだけど、やり過ごせるものでもあったんで。正直なところ、一緒に戦おうとか当然の権利を勝ち取るために活動しようって言ってくる人のほうが、だんだんつらくなってきてました」
「世間の人すべてに理解してくれと思ってるわけじゃなかったんです。認めてほしいと戦うのは大事なことでしょうが、私たちにとっては疲弊するばかりでした」
「なんか、お互いギスギスしてきてましたよね。あ、そのころはもう同棲してたんですけど、教師と学生じゃ時間もあわなくって、すれ違いも多くなったし喧嘩ばかりになっちゃって……あのころが一番つらかったなぁ」

 好きの反対は無関心だとよく聞く。そのとおりだと思うことも多いけど、無関心でいてくれるほうが救われることもあるんだな。
 すれ違いざまの罵倒なら、こんなこと言われたムカつくって、ひとしきり愚痴ってわめいて、そういう人もいるよねってやり過ごせもしたんだろう。時間が解決することだってある。だけど、あなたたちのためだって、戦うことを当然みたいに要求してくる人たちには、どう答えていいのかわからない。

 気がつけば、夢中でテレビ画面に見入ってた。画面の向こうの炭治郎さんと義勇さんはキラキラしてる。主役な人たちだ。私みたいな所詮はモブの人生とは違う。
 でも、同じなんだ。女だからって男なんかに負けちゃ駄目よって、発破をかけてくれた先輩や同僚の顔が浮かぶ。社内コンペや男女同権なんか我関せずで、言いつけられた仕事をこなすだけの人たちよりも、よっぽど私のことを買ってくれてる人ばかりだ。
 だけど、本当はすごくプレッシャーだった。期待に応えられない自分が、どうしようもない存在に思えて、つらかった。
 同じだ。炭治郎さんたちもきっと、私と同じだったんだ。

「理解されたいんじゃなくて、俺たちは幸せになりたいだけだったんです」
「社会に認められるよりも、私たちにとってはお互いが幸せに過ごせることのほうが、優先順位は高かった。それがもっとも大事なことでした」
『パリに来たのは、同性結婚が認められているからですか?』
「はい。疲れきってた俺たちに、家族や友人が逃げろって言ってくれて」
「おまえらが表立って戦う必要はない。戦いたい奴が戦えばいい。自分が不幸せになるための戦いなんて意味がないだろう、と。無責任に思われるでしょうが、後続の人たちの権利のために世論と戦って、自分たちが傷つく別れを迎えるのは違うだろうと言われました」
「幸せになってほしいんだよって、妹たちに泣かれちゃいました。日本にいた最後のほうは、俺、よっぽど悲愴な顔してたみたいで。お兄ちゃんの笑顔、ずっと見てないよって泣くんですよ。あれは効きましたね」
『それで日本から逃げたんですね』

 はいと笑うふたりは幸せそうだ。なんどもお互いの顔を見て話す。笑いあう。男同士なんて関係なく、誰が見ても幸せなカップルだ。
 だけど、日本じゃ……この国じゃ、笑えなくなってたんだな。

「こっちに来たからって、誰も彼もが認めてくれるわけじゃないですけどね」
「保守的な人はどこにでもいますから。自分と違う価値観を認められないのは、どこに行ったって同じことです」

 湧き上がって吹き出しそうだった、だから日本は駄目なんだよって言葉が、炭治郎さんたちの言葉で、シュルンと引っこんだ。
 そりゃそうか。外国人だって人間だもんね。日本人だけが駄目なわけじゃないか。
 だから戦う人がいるんだ。そんな人たちが戦って勝ち取った権利を、はなから持ってるものと勘違いしちゃいがちだけど。昔戦ってくれた人がいるから、男の人の上に立つ女の人だっている。
 私がそれになれるかは別にして。

『もう戦わなくてもよくなりましたか』
「世論とって意味なら、はい。でも今も戦ってますよ。戦い方は違うけど」
『違う戦い方とはなんだろう。異国で法律的にも認められるパートナーとなったふたりは、なにと戦っているのだろうか』

 ちょっぴりいたずらっぽく笑いあったふたりと、そんなナレーションで、画面がCMに切り替わった。
「なんか……すごい世界だ」
 はぁっとため息がこぼれた。なんかもう、脱力。つらくって、苦しくって、ガッチガチに縮こまってた体から、一気に余計な力みが消えた感じ。
「喉、乾いたな」
 今のうちにコーヒー淹れよう。あー、録画しとけばよかったな。見逃し配信やるかなぁ。
 思いながらあわただしくコーヒーを淹れて、トイレにも行っておく。着替えは……後でいいや。クレンジングも。顔洗ってる間にCM終わっちゃったら嫌だし。
 体が自然に動きだす。なんかフワフワしてるけど。
 
 コーヒーに砂糖とクリームを入れる。ちょっと多めに。普段は太るからって我慢してるけど、今日はいいや。甘さが欲しい。
 CMが終わった。食い入るように見つめた画面に、また炭治郎さんと義勇さんが映し出される。

「月彦、おいで」
 背後を向いた炭治郎さんが明るく呼びかけると、ひょこりとドアから子どもが顔を出した。

 なにあの子! めっちゃくちゃかわいい!!

 小学生くらいかな。なんか不機嫌そうな顔してるけど、あんなきれいな子見たことないよっ。男の子……だよね? 月彦って呼んでたし。日本人なのかな。何者?

「息子の月彦です」

 は? え? 息子?

「えぇーっ!?」
 おっと、また叫んじゃったぜ。チャイム連打に邪魔されちゃたまらん。
 渋々そうに近づいてきた月彦くんが、義勇さんにギュッと抱きつく。膝に乗せてやる義勇さんの顔がとろけちゃってるよ。親馬鹿さんなのかな。気持ちはわかる。うん。あんなかわいい子に懐かれたら、そりゃとろけるわ。
「お父さんっ子なんですよねぇ」
「炭治郎のことだってちゃんと好きだろう?」
作品名:ファイト 作家名:オバ/OBA