ファイト
ん? と微笑みかけられて――その微笑みは反則です、義勇さん。悶絶するわっ――月彦くんがちらりと炭治郎さんを見た。
「……キライ、違う。でもパパ、うるさい」
おっとぉ。手厳しいな、月彦くん。ひどいって言いながらも炭治郎さんは笑顔だ。ていうか、片言だけど、月彦くんって日本語はあまりうまくないのかな。何歳なんだろ。ふたりには似てないけど、美形遺伝子すごいな。美しすぎでしょ、このご家族。くそぅ、その遺伝子よこせ。嘘。このなかに混ざる勇気ない。
「でも俺は月彦が大好きだぞぉ」
無理やりほっぺにチュッなんてして、嫌々ってされてるのは、なんか微笑ましい。義勇さんは苦笑してる。
『月彦くんはおふたりのことをどう呼んでいるんですか?』
「俺のことはパパですね」
「私は」
「オトサン」
義勇さんの言葉をさえぎって月彦くんが言う。なんとなく誇らしげな声で。
『義勇さんだけ日本語?』
「パパとオトサンの国だから」
『月彦くんはふたりの養子だ。フランスでは同性カップルの子どもも身近になりつつある。月彦くんの実の両親はフランスに移住してきた日本人だそうだ。生まれつき虚弱体質な月彦くんが身寄りを亡くしたのは、彼が乳幼児のころだったという』
あ、そっか。ナチュラルに炭治郎さんたちの子どもだと思い込んでたけど、炭治郎さんが生めるわけなかった。男の人だもんね。養子か。遺伝子関係なかった。
『法的に同性同士の結婚が認められたフランスでも、宗教的、倫理的な観点から同性婚への反感がないわけではないことは、先ほども聞いた。同性カップルが子どもを持つことへの嫌悪も当然ある。ふたりが養子を迎える決意をしたのはなぜなのだろう』
あぁ、それ気になるな。夫婦になったら子供がいるのが当たり前。女は子供を産んで当然。そんな前時代的な認識を押しつけてくる人は多いけど、ふたりは男同士だ。子供がいないのが当然だろう。男女でだって子育てなんて大変そうなのに、よく決心できたなぁ。
「うーん、特に子供が欲しいと思ったことはなかったんですけどね。縁としか言いようがないかな。養子を迎えてみないかって言われたときには、そこまで乗り気じゃなかったんですよ。でも、養護施設にいる子供たちが通う学校で月彦に逢ったときに、この子と暮らしたいなって思ったんです。ご縁があったってことじゃないかな」
「炭治郎の言うとおりです。夫婦には子供がいて当たり前という価値観に従ったわけじゃないので、これはもう、縁としか言えません。この子のことが私たちは好きになったし、この子も私たちを選んでくれた。ただそれだけです」
『虚弱体質な月彦くんだが、スキップして現在は中学校に通っている。だが、そんな高い知能を持ちながらも、毎日学校に通うことすらが難しいそうだ。たびたび寝込み、入院することもあるという。そんな彼を育てるのは、並々ならぬ苦労があるのではないだろうか。後悔したことはないのか』
「苦労は当然じゃないですか? 男同士だろうと、健康な子だろうと、なにも変わらないですよ。後悔はないですね。幸せですから」
笑って炭治郎さんは、また月彦くんのほっぺにキスした。すぐに押しやられてたけど。
「苦労は月彦を迎える前にもいろいろありました。それは日本にいるころと大差はありません。人種的な差別意識を持つ人もいますし、同性愛を嫌悪する人だっている。月彦を迎えたあとも、それなりに苦労はありますが、それ以上に喜びがあるので後悔はありません」
だよね! 無神経なナレーションにちょっとイラッとしたけど、ふたりの笑顔で吹っ飛んだわ。
でもってちょっぴり反省。男同士なら子供がいなくて当然っていうのも、価値観の押し付けだもんね。無意識に自分の価値観で物事を考えちゃうのはしかたないかもしれないけど、他人のそれに傷つけられてもきたのに、ダブスタもいいとこだ。
誰が見ているわけでもないけど、なんとなく恥ずかしくなって、誤魔化すようにコーヒーに口をつける。甘い。少しホッとする。
『月彦くんは、どうしてパパとお父さんと暮らそうと思ったの?』
「……オトサンの目が、空みたいだった」
『病室にいることが多かった月彦くんにとって、青空は憧れだったのだろう。義勇さんの瞳の色に憧れの空を見たのかもしれない』
……おい、ナレーション、泣かせんな。なんか一気に切なくなっちゃったじゃない。
「俺は俺は?」
「……パパ、うるさい」
ツンとそっぽを向く月彦くんに、炭治郎さんがまたひどいと叫んで、泣きまねしだした。この子本当にお父さんっ子だな。炭治郎さん、かわいそ。
「お日様ないと、空、青くない。あったかくならない。だから、キライ、ない。パパのご飯、おいしいから、パパいてもいい」
フランス生まれフランス育ちの月彦くんの、片言の日本語は、どこかぶっきらぼうだ。白いほっぺたがちょっぴり赤い。素直じゃないな、この子。
「炭治郎はお日様だもんな」
義勇さんの言葉にこくりと小さくうなずく月彦くんは、素直じゃないけど、炭治郎さんのことも大好きなんだろう。だって炭治郎さんのキスを本気で嫌がってるようには見えない。
『最後にふたりに聞いてみた』
えっ!? もう終り!? やだ、もっとこの家族を見てたいよぅっ。
『今おふたりはなにと戦っているんですか?』
ふたりは顔を見あわせて、そろって晴れやかに笑った。
「人生と!」
「幸せでいることが、私たちの戦いです」
アレ……? なんでだろう。画面がぼやける。
ポタンと、小さな雫がテーブルに落ちた。泣いてるのか、私。
おかしいな。ふたりの笑顔は幸せそのもので、悲しいことなんてなんにもないのに、涙が出る。
食卓を囲む三人のショットで番組が終わる。月彦くんも笑ってた。炭治郎さんも、義勇さんも、幸せそうだった。温かい家族の肖像。愛しかない姿だった。
なんだろう。胸が苦しい。でもあったかい。ほんの三十分前まで、世界で一番つらいのは私だってぐらいに落ち込んでたのにな。
着替えて化粧を落とそう。ご飯をちゃんと食べて、生活しなきゃ。思いながら、空になったマグカップを手に立ちあがった。もう少しぼんやりと余韻に浸っていたい気もするけれど。
戦わなきゃ。理不尽な男社会とじゃなくて、無責任な期待とでもなくて、私の人生と戦うんだ。幸せであるように。苦しいばかりなら逃げたっていい。それも戦略だ。不幸になるために生きたい人なんていない。私の人生を幸せにできるのは、私しかいないんだから。
だからちゃんとしよう。ちゃんと生きよう。
色々済ませてから、SNSアプリを開いてみた。案の定、トレンドに彼らが上がってる。求めてたタグを開いてみる。呟きに書かれたURLを迷わずタップした。
ウェブで署名を集められるサイトだ。日本でも同性婚を認めることに同意する署名を募っているそこに、自分の名前を打ち込んだ。
私ごときモブの名前が手助けになるかなんてわかんない。でも、なにかせずにはいられなかった。
もし法改正されても、あの家族が日本に帰ってくるかなんて知らない。それを知る術もないだろう。