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真昼の月のように

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「月彦、体調はどうかな?」
 ノックにつづいて開かれたドアから、寮監が顔を出した。ゆっくりと起き上がろうとした月彦をそのままでととめた教師は、人の好さげな笑みを崩さない。
「昨日逢えなかった候補者さんたちが、お見舞いに来てくださったよ。具合が悪いようなら贈り物だけでもと言ってね。あぁ、もちろん会うのなら、私たちも立ち会うよ」
 笑う教師の肌は浅黒い。アフガニスタンからの難民だったという彼は、フランス国籍を得て教職についている。日本人である月彦に対して、ほかの教師よりもフランクな気がするのは、気のせいばかりではないだろう。
 三代さかのぼれば、みな移民。国民がそう口にするほど、フランスは多種多様な人種を受け入れてきた国だ。パリ市内の児童養護施設では、未成年の難民も、フランス国民と同じように支援を受け生活している。
 困っている人がいるのなら手を差し伸べる。そういうお国柄なのだ。誇らしげにみなが言う。この教師もまた、それによって救われたと感謝しているようだ。

「大丈夫です。熱も下がりましたから」

 単細胞めとの内心の嘲りなど露と見せず、月彦はほのかに笑ってみせた。庇護欲を掻き立てられる笑みであるのは自覚している。コロリと騙される大人たちは、馬鹿ばかりだ。
「あまり無理させないよう言っておくよ」
 パチンとウィンクした教師が去ったとたんに、月彦の顔からスッと笑みが消える。
 お国柄。馬鹿馬鹿しい言葉だ。月彦はフンと鼻を鳴らした。
 国民誰もが共存共栄を旨として生きているわけがないではないか。差別意識を持った者はどこにだっているものだ。
 月彦はフランス以外の国に実際に行ったことなどない。生まれ落ちたときから物心つくまでのことなど、これっぽっちも覚えていないが、一度もフランスを出ていないのは確かだ。フランス以外の国を訪れることは、この先も一度だってないかもしれない。
 経済力うんぬん以前に、パリ市内を自由に歩きまわる日だって、月彦には訪れないかもしれないのだ。脆弱な月彦の体は、日の光を拒む。少しの散歩でも息が切れ、薄っぺらでか細い体はたやすく高熱を発し、月彦を苛んだ。
 窓の外から、キャアキャアと子どもがはしゃぐ声が聞えてきた。学校は終わったのか。みな寮に帰ってきたものと思われる。

 今日もまた、まったく授業に出られなかった。中学校の授業内容など幼稚すぎて退屈なばかりだが、誰もが与えられている権利を、自分ひとりが行使できぬ現状は腹立たしかった。

 パリの児童養護施設から学校の寮へと、起居する場所は変わっても、月彦の居場所は変わらない。いつまでたってもほとんどベッドの上だ。
 あまりに頻繁に熱を出したり咳をしたりするものだから、月彦と同室になることを誰もが嫌がる。看病の都合もあったのだろう。ひとり部屋をあてがわれたのは、入学してそれほど経たぬうちだった。
 あいつがうなされるから眠れないと、口をそろえて同室を嫌がったくせに、今度はひとり部屋なんてズルいと陰口をたたくのだから、心底くだらない。愚か者ばかりで嫌になる。ままならぬ環境すべてを月彦は憎む。
 そしてなによりも、この弱すぎる体が、憎くて憎くてたまらなかった。

 生まれ落ちたそのとき、月彦は息をしていなかった。そういう話だ。月彦が覚えているわけではない。
 医師は懸命な蘇生措置を施したが、赤ん坊は息をすることがなく、死亡告知をしようと医師が時刻を確認したまさにその瞬間に、ヒクリと指先が動き赤ん坊は泣いた。奇跡だ。誰もが思ったと言う。それらはすべて、赤の他人から月彦に告げられた。
 だから命を大切になさい。そんなお為ごなしの訓戒として。

 馬鹿馬鹿しい。月彦はまた鼻を鳴らし、花弁のような唇を嘲笑の形にゆがめた。
 月彦が無理にも動いて体調を崩せば、周囲の大人の責任となる。叱責を恐れるから、月彦にはせいぜい大人しくしておいてほしいのだ。ただそれだけの理由で、大人は月彦に、命を大切に体を労われと忠告するにすぎない。
 月彦は母の顔も、父の顔も、写真でしか知らない。物心ついたときには、ふたりはすでに神の国とやらへと旅立っていた。熱を出した月彦を病院に連れて行く最中のことだったらしい。
 トラックと激突した車体はグシャグシャにつぶれ、彼らもまた五体をとどめてはいなかった。月彦がかすり傷だけで済んだのは、母が月彦だけは守り通したからだと、神が両親の願いに応えた奇跡だと教えられて、月彦は育った。
 それもまた馬鹿馬鹿しいかぎりだと、月彦は吐き捨てるように思う。
 蘇生措置を諦めたあとに息を吹き返したのなら、それは、医師の努力ではなく己の生きるという意思によるものだろう。神がもたらしたもうた奇跡なら、なぜこの体をこれほどまでに脆弱に作ったというのか。事故の際に自分ひとりが生き残ったのが神の恩恵ならば、そもそもなぜ両親の命を奪う必要があったのか。神がいるとしたら、そいつこそが彼らの命を奪い、月彦から両親という存在を奪ったのだ。神など月彦や両親にとっては、敵以外のなにものでもない。彼らがそんな輩の住まう国にいるわけもなかろうに。
 耳障りのよい神だの奇跡だのという言葉は、月彦にとっては洗脳材料でしかない。大人に都合のいい子どもとして月彦の思考を染め上げるための、洗脳手段だとしか思えなかった。
 
 神などどこにいる。己の意志の弱さを、運命だの神の采配だのという言葉で誤魔化しているだけだ。

 月彦は神を信じない。だが神の存在は、月彦に常につきまとう。
 ギフテッド。そんな言葉で大人は月彦をもてはやすことがある。
 月彦は体こそ虚弱で、たびたび命の危険にも見舞われているが、知能の高さは目を見張るものだった。ゆるくウェーブした艶やかなブルネットと、新雪のごとき肌、燃えたつ夕焼けのような深紅の瞳を持って生まれた。美しく利発な孤児は、大人から見れば神からの贈り物のように見えるのだろう。もっと幼いころから、月彦を養子にという声は多かった。
 だがマッチングの段階で誰もが悟るのだ。この子は投資の対象としては不出来だと。月彦の年齢にそぐわぬ怜悧な脳は、大人たちの眼差しや表情のなかに、打算の思惑を見る。
 上手く育てば、月彦の輝くような容姿や明晰な頭脳が富を生むのは確実だ。月彦に将来があればの話だが。
 三日に一度は発熱する。二日に一度は食欲もなく倦怠感に見舞われる。日光にあたれば眩暈を起こし、家のなかを歩き回るだけでさえ疲弊し倒れかける。どこが悪いという話ではない。月彦はただただ虚弱だった。月彦の体は脆弱で、どこまでも未発達で、どこをどう治療すれば治るというものではなかったのだ。
 いくら金をかけて健康に育てようとしても、甲斐なく死なれるのなら無駄金だ。見返りはない。そんな子どもに博打を打てるものではないのだろう。月彦が将来生み出す金を夢見て名乗りを上げたカップルの多くは、月彦の世話は手に余ると断りを入れてきた。
作品名:真昼の月のように 作家名:オバ/OBA