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真昼の月のように

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 まれに虚弱さを厭わない者たちもいたが、憐みは月彦が最も嫌うものである。年齢的にも体質的にも、己を擁護するための存在は必要だが、親でなければならない理由はない。誰かの優越心を満たし、虚栄心を飾るためのアクセサリーになるつもりはなく、説教も押しつけがましい愛情も不要だ。生さぬ仲でも家族の絆を持つなどという、くだらない幻想につきあわされるのも我慢がならない。
 ましてや、不埒な視線などもってのほかだ。肉体の脆弱さを、そのまま意志薄弱さと勘違いされるのには、反吐が出る。
 誰もが誉めそやすから、月彦は自分の美貌を理解している。そしてまた、ある種の性癖の人間にとっては格好の獲物となり得ることも。実際、書類や面談の審査をかいくぐって、月彦とのマッチングまで辿り着いたカップルのなかには、そういった性癖の者もいた。
 もう一年近く前、月彦との縁組を望んだ最後の夫婦がまさに、そういう輩だった。

 両親の故郷、日本では、窮鼠猫を噛むという言葉があるそうだが、鼠扱いは腹立たしい。だがまぁ、不埒で不遜な輩には、そういうこともあるのだという教訓にはなっただろう。
 夫が少年を犯す様を見て興奮する妻とは、幾重にも倒錯しきった夫婦だったなと、月彦は冷めた心で考える。見抜けぬ施設職員や役所の人間も、たかが知れているというものだ。
 身を守る術はポケットに忍ばせた安全ピンひとつきりだったが、じゅうぶん役に立った。授業の途中で気分が悪くなったときのためにと、殊勝な顔でねだって与えられていたICレコーダーも、いい仕事をしてくれた。たとえ学校にはなかなか通えずとも、エコールプリメール(小学校)に入学した早々に、スキップでコレージュ(中学校)に上がった学力の――本当ならユニヴェルシテ大学相当ではあるが、教師の目の届かぬ大学は身体的に不可能だった――賜物であるのは言うまでもない。誰しも美貌の天才児、ましてや薄幸であれば、甘くもなろう。
 児童には不似合いな嘲笑が、月彦の白皙に浮かぶ。
 勃起した性器に針を突き立てられた男の絶叫は、いっそ心地よかった。搾取され利用される弱者になどなってやるものか。自分は利用し搾取する側に立ってやる。決意は仄暗く、月彦の深紅の瞳に宿っていた。

 さて、あのとき以来養子縁組の話は途絶えていたが、今回の夫婦はどんな奴らだろう。天井を見るともなしに眺めながら月彦は考える。
 どうせ縁組に至らないのはわかりきっている。襲われかけ必死に抵抗したという演技を疑われた様子はないし、今回の面会は、月彦のカウンセリング結果が良好であることを示すための、形ばかりのものだろうということぐらい、察しはついていた。
 面会することで精神状態が安定していると判断されるのであれば、くだらない時間を多少我慢するのもやぶさかではない。
 胸に秘めた薄暗い鬱屈や苛立ちを、人目に晒すのは得策ではないと、月彦の聡明な脳は理解している。月彦の意思とは裏腹に、この体はまだ幼く人並を望めぬほどに弱いのだ。守護する者は必要である。選ぶのはあくまでも月彦の側でなければならないが。

 再びノックの音がした。開いたドアの向こうに立つ者たちを映した月彦の目が、思いがけぬ姿にパチリとまばたいた。
「初めまして、月彦くん!」
「突然すまない。楽にしていてくれ。今日はあくまでも見舞いだ」
 現れたふたりはどこをどう見ても男性だ。フランスでは同性カップルもめずらしくはないが、月彦の養父母として審査を通るとは思えない。なにせ、月彦が父親候補に襲われたのは、つい一年ほど前でしかないのだ。誰の記憶にも生々しかろう。
 しかも、ひとりはずいぶんと若い。リセ(高校)の学生と言われても信じられるほどだ。
 赤みがかった髪と大振りなピアスが印象的なその少年は、ニコニコと人当たりのいい笑みを浮かべている。
 だが、より人目を引くのはその傍らに立つ青年のほうだ。漆黒の髪と白い肌。整った顔立ちは精悍さと優美さを兼ね備えている。
 近づいてくるふたりにキョトンとしてしまう。月彦にしてはめずらしく、完全に素のままの反応だった。
 笑みをたたえた少年の瞳は、少し月彦の瞳の色に似ている。赤く燃えるような瞳だ。けれども月彦にはない温かみがあった。月彦の瞳が寂寥や不安をかきたてる夕焼けだとしたら、少年の瞳は希望に輝く朝焼けのようだ。
 対して青年の瞳はといえば、海の青、空の青だ。澄み渡った晴れやかな五月の空を思わせる、青く透明な瞳だった。
「食事制限されてるわけじゃないって聞いたから、作ってみたんだけど……よかったら貰ってくれるかい?」
 少年のフランス語は発音がぎこちなく、母国語でないことを如実に知らしめている。差し出してきたのは、洒落っ気などかけらもない紙袋だ。
「炭治郎の料理の腕は保証する」
 青年の言葉は、少年よりいくぶん聞き取りやすい。タンジローというのは少年の名前なのだろう。耳馴染みのない発音の名前は、どうやら中国系や韓国系ではないように思える。月彦と同じ日本人だろうか。とはいえ、月彦は生まれも育ちもフランスで、血筋はともかく生粋のパリっ子だし、国籍もフランスではあるのだが。
「メルシー」
 どうにか微笑みを取り繕い、紙袋を受けとる。かすかに甘い匂いがした。
 うれしげに笑う少年の顔には、翳りなどまるでない。薄く微笑みながら少年と月彦を見守る青年も、実にやさしげな眼差しをしている。青年の美貌を別にすれば、いかにも善良で凡庸な者たちだ。
「竈門炭治郎です。逢えてうれしいよ、月彦くん」
「冨岡義勇だ。君のご両親と同じ日本人だ」
 なぜ同性カップルが選ばれたのか。理由のひとつは、彼らが日本人だからかもしれない。
 日本人というのは、多くの国から「誠実」「生真面目」という評価を得ている。反日意識の強い国もあるが、おおむね日本に対しての感情は好意的なものと言っていいい。
 フランスは特に日本への憧れが強い者が多いように思う。おかげで得をすることもままあるが、ジャパニメーションだマンガだと話しかけられても、そんな幼稚なものにかけらも興味を持てない月彦からすれば、いい迷惑だ。ゼンにも関心はないし、フーリューなんて言われても、日本の地を踏んだこともない月彦には、さっぱり理解できない。
「熱は下がったって聞いたけど、気持ちは悪くない? それね、たまご蒸しパンなんだ。食欲がなくても食べやすいかと思って。アレルギーはないんだよね?」
「はい。なんでも食べられます」
「えらいな」
 手料理で家庭的なアピールか。ご苦労なことだ。内心では小馬鹿にしても、月彦の笑みは崩れない。
 正直なところ、手料理なんてものに、月彦は愛情を感じない。今までも、月彦を望む夫婦たちの家に行くたびに「あなたが来るから張り切って作ったのよ」と並べたてられた料理を食してきたが、どれも善意の押し付けにしか感じられなかった。こいつも同じことだ。月彦の体を思い遣っていますと言わんばかりの見舞い品だが、同性カップルであるという不利をカバーするためのアピールでしかないに決まっている。
作品名:真昼の月のように 作家名:オバ/OBA