真昼の月のように
「なら今度一緒に見よう! もっと元気になって、もっと健康になって、みんなで昼間の月を見上げような!」
ギュッと月彦の手を握って炭治郎は笑う。義勇の手も重なった。
「明日は、もっと元気になれる。明後日は、もっと健康になれる。いつかちゃんと、青空も、青い海も、みんなで見られる日がくる」
神なんて月彦は信じない。言霊なんて子どもだましの夜迷いごとだと、嘲笑ったってよかった。
でも。
こくりとうなずいた月彦を、ふたりのやさしい腕が抱きしめる。
日本語を覚えようと思った。ふたりと同じ言葉で話したいから。いつか、日本にも行ってみたい。三人で。その前に、行くのなら海だろうか。義勇が泳ぐ姿に、きっと炭治郎は大興奮で月彦に胸を張るのだ。な、義勇さん格好いいだろ、と。
ピクニックにも、きっとまた行くに違いない。墓地へ行きたいと言ったら、ふたりはどんな顔をするだろうか。両親の墓参りを月彦はしたことがない。顔すら写真でしか知らぬ記憶にない人たちを悼む心は、今まではどこにもなかった。けれど、彼らがいなければ、炭治郎と義勇に逢うこともなかったのだ。感謝と言うには、まだ淡すぎる。それでも月彦の胸には、温かなものが少しずつ溜まって、闇のような心の奥にほのかな明かりが灯りだしていた。
したいことは、いくらでもある。将来など夢見ることさえ虚しかった月彦の、ほとんどベッドで過ごしたこれまでの人生では、望みもしなかったことばかりが、頭に浮かぶ。
けれどそれも、いつかの話。まずは明日を乗り切らねばならない。脆弱なこの肉体のなかで、強い意志が叫ぶ。
生きよう。生きよう。生きたい。――義勇と、炭治郎と、自分の、家族三人で。
縁組が正式に済んだら、最初の挨拶はどうすべきだろう。どちらも父になるのだ。ふたりともパパでは混乱するに違いない。パパとペール? それとも、日本語で呼びかけてみようか。
あぁ、だけどその前に。あの日、捨ててしまったたまご蒸しパンを、明日の昼ご飯にねだってみよう。義勇には足りないだろうから、炭治郎はちょっぴり困り顔をするかもしれない。そうしたら、なんと言って作らせよう。
それは、月彦の長くもない人生で初めての、幸せな悩みだった。