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真昼の月のように

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 誰かが通報したのだろう。警官が駆け寄ってくるのが見えた。安堵より先に月彦の胸を占めたのは、こんな場であっても胸にわき上がる、理由の知れない嫉妬だった。
 炭治郎を案じる義勇を見て、炭治郎に嫉妬しているのか。義勇の名を呼んだ炭治郎の声の甘さに、義勇に嫉妬しているのか。わからない。嫌だと思うのは確かなのに、どちらに向けての嫉妬なのかは、月彦にもわからなかった。

 事情聴取を終え警官に男が連行されていく間も、月彦は炭治郎に抱かれていた。いつものように、赤ん坊じゃないと胸を押しやることもなく、黙り込んだまま大人しく抱きあげられたままでいる。
 口を開けばわめきだしそうで、文句を言うこともできない。礼や詫びなどなおさらだ。
「助けに入るのが遅くなってすまなかった」
「そんな、俺が探してくるから待っててって言ったんじゃないですか」

 なぜ、苛立つのだろう。なぜ……悲しいなど、自分は思っているのだろう。

 客観的に見て、悪かったのはふたりではなく自分だ。そもそも、ひとり歩きなどろくにできない自分が、ふたりから離れたことが元凶であるのは間違いない。けれども、謝るほど素直にはなれなかった。
 炭治郎の顔は、月彦を抱きとめたときの擦り傷で、血が滲み汚れている。炭治郎を溺愛している義勇は、きっと月彦を許さないだろう。炭治郎もまた、勝手なことをして危険な目に遭う羽目にさせた月彦を、見限ったに違いない。そう思った。
 この腕が、自分をおろしたら終わりだ。家族ごっこは終了。明日、迎えがきたら、もう二度と逢うことはない。

「……よくやった、炭治郎。よく、月彦を守り抜いた」

 義勇の声がした。声は少し震えて、先ほどの冷ややかさなどどこにもない。ひたすらに温かい声だった。抱え込まれた月彦ごと炭治郎を抱きしめる腕も、やさしく温かく、やっぱりちょっと震えていた。
「俺たちの大切な息子ですから」
 笑う炭治郎の声もまた、怒りなどかけらも見当たらず、いかにも誇らしげだ。
 抱きあう自分たちの姿は、どう見えるのだろう。ぼんやりと考えた月彦への答えは、すぐに周囲から返ってきた。仲良しねだの、今度は気をつけなよだのと、次々にかけられる声は微笑ましさを隠さない。

「いいお父さんたちね、坊や」

 笑って手を振り去って行く女の目には、自分たちは家族に見えているのか。男同士のカップルと、ふたりにまったく似ていない子供でも。誰ひとり血など繋がらない、他人同士でも。

 恐る恐る上げた月彦の顔を、ふたりが微笑みながらのぞき込んでくる。青い瞳と赤い瞳に映る自分の顔に、ようやく月彦は知った。とうとう理解してしまった。
 夫婦であるふたりにとっての大切な存在は、お互いだ。月彦は、添え物にすぎない。ほかの夫婦のように虚栄心や優越感を満たすためでなくとも、月彦はふたりの一番にはなれないのだ。

 なんてことだ。これではまるで、父や母の関心が自分にだけそそがれていなければ気の済まない、駄々をこねる幼児ではないか。

 熱く身を焼いたのは羞恥だ。怒りは自分の幼稚さにこそ向けられる。ふるふると震える月彦に、どうした? どこか痛いのか? とあわてるふたりは今、月彦のことしか考えていないだろう。それがうれしいなんて、どうかしている。
 なんでもないと言うように小さく首を振る月彦を抱きかかえたまま、おろおろと、月彦? 大丈夫か月彦? と案じるふたりの声が、静かに月彦の胸に沁み込んでいった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「明日の昼前にはお試しも終了かぁ。十日間なんてあっという間だ」
 夕食を終えて、リビングでの団らん。いつもなら、早々に部屋に戻ってしまうところだけど、離れがたい気がして、月彦は誘われるままにリビングに残っていた。
 最後だからといってご馳走が並ぶこともなかった夕食の理由は、問わなくてもなんとなくわかる。炭治郎も義勇も、最後だなんて思っていないのだ。ふたりから断ることはきっとない。だからいつもどおりなのだ。今日も明日も変わらずに、三人で過ごす毎日が待っていると、疑っていないから。

「……なんで、僕を選んだんですか?」

 そんなこと、今までの夫婦には一度だって聞いたことがなかった。けれど、聞いてみたいと思った。炭治郎と義勇にだけは。
 静かにたずねた月彦に、義勇と炭治郎が顔を見あわせる。
「うーん……最初はさ、俺らは男同士だし、子供なんていないのが当然と思ってたんだよ。だから、たまに手伝いに行く難民支援の協会で、養子を迎えてみないかって言われたときも断ったんだけどね」
「児童養護施設の子が通っている学校に、候補にあがっていた子供たちを見に行ったのも、半分はつきあいだ。男同士の俺たちじゃ、子供のほうから拒まれる確率も高いだろうと思ったしな」
「でも、月彦がいた」
 笑ったふたりの笑顔は、温かい。どこまでも澄んだやさしい青と赤の瞳が、月彦を映している。
「炭治郎が、おまえを指差してあの子がいいって言ったんだ」
「なんかさ、いっぱいいた子供たちのなかで月彦だけが、泣いてる赤ちゃんみたいに見えたんだ」
「は? 赤ん坊?」
 イラッと眉根を寄せた月彦に、炭治郎がごめんごめんと頭をかいて笑う。炭治郎の手はすぐに伸ばされて、やさしく月彦の手を取り撫でた。
「赤ん坊ってさ、無垢なんだよ。善悪も知らなくて、ただ必死に生きようとする生存欲の塊みたいなもんでさ。月彦は、ほかの子と違って、ただ生きよう、生きよう、生きたいって叫んでる、赤ちゃんみたいに見えた」

 生きよう。生きよう。生きたい――!

 それは……それこそが、月彦を蘇生させた意思だろう。生まれ落ちたそのときも、両親とともに事故に遭ったときも、自我などない赤ん坊のころでさえ、いや、だからこそ、月彦はきっとそれだけを願っていたに違いなかった。
 そして、それは今もつづいている。いつ壊れるかわからないか弱すぎる肉体のなかで、強い意志で願う純粋な叫びは、きっとそればかりだ。

「守ってやりたいと思ったんだよ。必死に生きてる月彦が好きだと思った! それだけ!」
「……炭治郎の瞳と、月彦の瞳は同じ赤だ。好きだと思う理由なんて、それだけでじゅうぶんだ」

「タンジロの目は、僕とは違う。タンジロは朝焼けみたいだけど、僕のはきっと夕焼けだ。似てない」
 希望の朝を迎える朝日と、闇の訪れを告げる夕日。同じ赤でも真逆の色だろうに。
「タンジロは太陽でも、僕は月だ。青空みたいな目のギユウと一緒にいられるのは、太陽みたいなタンジロ。月の僕じゃない。太陽と月じゃ、一緒にいるなんて不可能だ」
 並び立てないのなら、義勇が選ぶのは炭治郎だし、炭治郎が選ぶのは義勇だ。義勇の青空みたいな瞳だって、炭治郎がいるから、太陽があるから、澄んで青くきらめくのだ。炭治郎の太陽のような笑顔も、夜の闇のなかでは輝くことなどない。

「そんなことはない」

 そっと頬に触れてきた義勇の手は、炭治郎の手より少し冷たい。でも、同じぐらいやさしい。
「昼間の月を見たことはないか? 青空に浮かぶ、白い月だ。太陽と、青空と、月。ちゃんと一緒にいるだろう?」

「……青い空なんて、ほとんど、見たことない」

 だって太陽が身を焼くから。月彦を拒むから。
作品名:真昼の月のように 作家名:オバ/OBA