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ラヴィアンローズ

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 毎日退屈だった僕の人生に、バラ色の輝きがもたらされたのは二年前、九月のとある日のことだった。
 だからといって、くだらないことばかりの僕の人生の、さえない日常は、ちっとも変わりゃしないけど。


「おい、スリミの在庫出てないぞ。サボってないでちゃんと働けよ」
 そりゃないだろ。僕が今なにしてるのか見えてないのか? 棚に並べてる最中だった瓶詰を片手に、思わず主任を睨みつけそうになった。気持ちだけは。
「ノロノロしやがって、おまえが遅いぶん、俺がカバーしなきゃいけなくなるんだぞ」
 今まさに僕は、アンタが補充し忘れていた瓶詰を品出ししてるんですけどねぇ? 言えないけどさ。
「これを並べたらやります」
「さっさとしろよ」
 フンと鼻を鳴らして去ってく主任にゴマペーストの瓶を投げつけて、嫌味ったらしいあの銀縁眼鏡をたたき割ってやりたい。しないけど。真面目に働きますよ、ええ、アンタと違ってね。

 あぁ、くだらない毎日だ。主任みたいなラシスト(人種差別主義者)には蔑まれ、ユニヴェルシテ(大学)を卒業したって、職場はスーパーマーケット。毎日品出しにレジ打ち、憧れの日本に行くなんて夢のまた夢の安月給だ。
 毎日毎日商品を並べて売ってくたくたになって、家に帰ったら動画サイトで日本のアニメを見るぐらいしか楽しみはない。日本の出版社に就職して、マンガ雑誌の編集者になりたいなんていう大それた夢も、今は遠い昔だ。まだ二十五。もう二十五。諦めるには早いと年寄りどもは言うけれど、二十五年間も生きてりゃ、自分の限界ぐらい悟りますって。
 爺ちゃんもさ、移民するなら日本にしてくれりゃよかったんだよ。まぁ、大戦後の日本に渡ろうなんてのは、土台無理な話だってことぐらいはわかってるけども。
 大戦が終わって、フランスの植民地だったアフリカから、爺ちゃんたちがフランスに渡ってきたのは、正解だったとは思えない。アフリカにいたって先がないって考えたのは、わからないでもないけど。
 フランスは平等と友愛の国なんていったって、主任みたいなラシストはどこにだっているもんさ。表立って黒ん坊なんて言われなくとも、僕だって馬鹿じゃない。嘲りぐらい感じとれる。
 爺ちゃんや婆ちゃん、父さんみたいな真っ黒な肌じゃなくても、僕のなかのアフリカの血は濃い。パリ生まれパリ育ちの、生粋のパリジャンであってもね。

 ヘルシーだと日本食がもてはやされるようになってから、スーパーで扱う食材にも日本っぽいものが増えた。今並べてるゴマペーストもそうだし、スリミもそう。まぁ、スリミが日本の食材だったなんて、SNSで知り合った日本の友達に教えられるまで知らなかったんだけど。日本ではカニカマっていうらしい。
 日本はアニメやマンガだけじゃなく、食べ物も素晴らしいよね。マヨネーズをつけて食べるのがお気に入りだ。通りを歩けばピザ屋よりもテイクアウトのスシ屋のほうが多いのもうなずけるよ。だってヘルシーだしおいしいもの。
 毎日くだらないことばかりだけれど、楽しいことがまるでないってわけじゃない。今年もジャパンエキスポに行けたし、久しぶりに会えた友達とも、日本で人気のマンガやアニメの情報交換だってできた。
 それに、今日ももうそろそろ僕の天使たちがやってくる時間だ。彼らの姿を見てるだけで、僕の砂漠みたいな人生にもバラが咲くってものさ。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 築八十年になるアパルトマンの、一階にあるスーパーマーケットが僕の職場だ。
 近代的なアパルトマンもかなり増えたけど、いかにもフランスらしい昔ながらの石造りのアパルトマンへの憧れからか、外国籍の住民は割合多いらしい。アジアンもそれなりにいる。
 僕らからするとアジアンはみんな同じように見えるから、日本人なのか中国人なのかも見た目じゃわからないけど、会話を聞けば日本人の区別はつく。
 アニメで覚えた日本語は、披露する機会なんてあまりない。日常で聞く機会も。職場は普通のスーパーマーケットだからね。観光客なんてそんなに来ないんだ。やってくるアジアンは、このアパルトマンの住民ばかり。彼らは家族とは母国語で話すけど、僕らには英語かフランス語だ。
 不思議なんだけど、なんでフランス人に英語が通じるなんて思うのかな? 僕もそうだけど、フランス人はあんまり英語は得意じゃないんだ。英語で話しかけられても困っちまうよ。英語はHの発音がネックだよね。どうにも馴染めない。
 そりゃまぁ、パリは色んな人種がいるから英語を話せる人も多いし、僕だって簡単な会話ぐらいならなんとかできるけど。英語なら通じるだろうって思うのか、アジアンがバーッと英語で話しかけてくると、思わず腰が引ける。
 でも、彼が初めて僕に話しかけてきた言葉は、すっごくぎこちないフランス語だった。
 今から二年ほど前の話だ。


「ボンジュール。このお店にダイコンは売ってますか?」
 ラディブラン(大根)を言いにくそうに言った彼は、リセ(高校)の学生に見えた。赤みがかった髪と目のアジアン。カードっぽいデザインの大きなピアスは、アニメで見たことのある日本の花札に似てる。
「あぁ、ありますよ。あちらの野菜コーナーにあるので、探してみてください」
「メルシー! それから『えーと、鮭ってなんて言うんだっけ? 味噌や鰹節も買わないと……でもフランスで売ってるのかなぁ』魚! 魚の場所どこですか? ミソはありますか?」
 彼が独り言みたいに言った言葉は、アニメで馴染んだ日本語っぽかった。
「ニッポンジン?」
「え? あ、日本語話せるんですか!? うわぁ、うれしいなぁ!」
 僕の手を握ってブンブンと振る彼は、輝くみたいな笑顔をしていた。まるでお日様さ。日本人はスキンシップやはっきりとした意思表示が苦手だって聞くけど、彼はとてもフレンドリーであけっぴろげだった。
「ゴ、ゴメナサイ。もっとゆっくり」
「あ、ごめんなさい! フランスの人に日本語が通じたの初めてで、つい興奮しちゃって!」
 彼は僕の黒い肌を気にしていないみたいだった。僕がフランス人だっていうことにも。
 英語もだけど、なぜだかアジアンっていうのは、フランス人は白人ばかりだと思ってる人が多いんだ。観光客なんかは特にそう。エッフェル塔の辺りなんか歩いていると、僕も観光客に間違われてるんだなって思うことがたびたびある。


 ともあれ、それが僕とタンジローとの出逢い。
 彼はこのアパルトマンに引っ越してきたばかりだった。マルシェやアジアンスーパーまで買い物に行かないと日本食は食べられないかと思ってたけど、このスーパーである程度買えて助かったと笑ってた。
 フランス語はうまくないけど、表情豊かで、物おじせず話しかけてくるから、意思疎通はそんなに問題はない。フランス語、英語、日本語が入り混じる片言の会話もけっこう楽しいもんだ。
 僕はすぐにタンジローが大好きになったし、彼も店にくると必ず僕に声をかけてくれるようになった。
作品名:ラヴィアンローズ 作家名:オバ/OBA