ラヴィアンローズ
でも、彼女の好意もツキヒコくんにとってはうんざりするものらしい。なにせ、大のお父さんっ子だ。ギユーをべた褒めされるのはうれしくとも、近づかれるのは真っ平なんだろう。天使のフリをしていたころはともかく、素を出すようになってからは、ルシィへの風当たりはべらぼうに強い。
「義勇さんも一緒にこようとしてたんだけど、月彦が……」
苦笑して月彦くんを見下ろしたタンジローに、
「職場をコンサート会場かなにかだと勘違いしているような店員がいる店に、オトウサンを連れてこられるわけないだろう? オトウサンは目立つのが嫌いなんだ。キャーキャー小うるさくされたら、オトウサンの耳が穢れる」
なんてこと言って、ちろりとルシィをねめつけちゃうぐらいには。
「コラッ。ごめん、ルシィ」
「いいのよぉ。氷の王子はこうでなきゃ! はぁぁ、虫けらを見るみたいな目にゾクゾクするぅ」
……ルシィはいい子だと思うんだよ。明るいしさ。ストロベリーブロンドがよく似合ってて、気にしてるらしいそばかすだって可愛いし……いや、これはいいんだけども。うん。えっと、そうそう。一緒に日本の話で盛り上がれる人なんて、職場にはルシィしかいないし、仲良くしてもらえて本当にうれしいよ。でも、こればかりは共感できない。ていうか、したくない。
うぅ、ツキヒコくんの冷たすぎる視線が僕にも突き刺さってるんだけど! 違う意味でゾクゾクするんだけど! 怖すぎるよ、この子!
でも。
「ホラ、もう行くよ、パパ。早く買い物済ませないと。オトウサンが待ってるんだからノロノロするな」
「もうっ、急かすなってば。じゃあ、またね!」
グイグイと手を引くツキヒコくんに、苦笑しながら炭治郎が手を振る。
初めて逢ったときよりも、逞しくなったよなぁ、ツキヒコくんも。あのころは、歩く姿も頼りなくて、今にも倒れそうな顔をしていることも多かったのに。まぁ、まだまだ毎日学校に通うのは難しいみたいだけど。それでも、少しずつ健康的になってきた気がする。
あ、そうだ。
「ツキヒコ!」
野菜コーナーに向かう背に声をかける。ちらりと振り向いたツキヒコくんに向かってサムズアップ。すぐに意味を悟ったんだろう。形のいい唇が小さく笑みを作ったのが見えた。
「メルシー」
ワォ、あのツキヒコくんから、お礼のお言葉を貰っちゃったよ。
「なに、今の! 氷の王子の微笑みなんてすっごいレア!」
「大したことじゃないよ。ホラ、仕事しなって。主任に見つかるぞ?」
主任にネチネチ厭味を言われるのは、ルシィだってまっぴらなんだろう。あとで絶対に教えてもらうからねと僕に釘を刺して、ルシィもデリのコーナーに向かった。
天使の顔した暴君は、誰がどう見たってお父さんっ子だ。僕らの前じゃ、タンジローなんてギユーのオマケって態度をくずさない。でもさ、本当は、タンジローのことだって大好きなんだよな、あの子。
『タラの芽って食材、仕入れられるか?』
タンジローの目を盗んでこっそりと聞いてきたのは、たしか、マンガ雑誌の話をしたのと同じ日だ。聞き馴染みのない名前にキョトンとした僕に苛々と、日本の山菜だ仕入れとけと命じてきたツキヒコくんは、まるで我儘な王様のようだったけど。
『タンジローの好物だ。いつでも買えるようにしろ』
少しだけぶっきらぼうな口調は、どこか照れているようにも聞こえて、いつも大人びてるツキヒコくんも、そのときばかりは年相応に見えた。
あの子はちゃんと好きなんだよな、タンジローのことも。素直じゃないけどさ。
あのときのツキヒコくんは、やっぱり傲慢な王様みたいな態度ではあったけど、それでも天使の羽が見えた気がしたもんさ。
あれを見られただけでも、サボりまくりの主任の目を盗んで仕入れのラインナップにタラの芽を入れるぐらい、お安い御用さってほどにね。
スリミのパックを並べながら、なんとなく鼻歌なんか歌ってみる。今日も変わりばえのない一日だ。くだらないことばかりの僕の人生の、さえない日常。毎日大差なく繰り返されて過ぎてゆく日々。
でもさ、バラ色の輝きだってあるんだぜ? 他人から見たらなんてことないことかもしれないけど。
たとえば、そう、思いがけず手に入った遠い国の雑誌だとか。大好きな友達の笑顔だとか。
それから、暴君が見せてくれた天使の顔とかね。
だからまぁ、捨てたもんじゃないよね、僕の人生も。
うわぁ! タラの芽売ってる!
そんな嬉々とした声が聞こえてくる、この職場も、なんだかんだ言って悪くないと思うんだよ。