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思い出よりも、ずっと、ずっと

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 なんでだろう。胸がギュッと痛む。だけど、さっきみたいな苦しい痛みじゃない。痛いのに、それは不思議と温かく、涙が出そうになった。
 一緒に山に帰ろうぜ。そう言うつもりだった。あんなふうに見る奴らや、朝のムカつく雌みたいなのがいる場所で、縮こまって暮らす必要なんてねぇじゃねぇか。山でみんなで笑って暮らせばいい。俺様が守ってやるから。
 そう言ってやって、遠慮するなら無理にでも引っ張っていこう。そう思っていたのだけれど。

 変な目で見る奴らがいても、これからもこいつらは笑うんだ。ふたりでいれば幸せだって。
 
 世間の片隅で肩寄せあって、ふたりきり縮こまって生きてるんじゃない。隣の家の年増やら、弁護士先生とやら、いろんな奴らと一緒に生きてる。ふたり笑って、手を繋ぎあって。片腕や片目でも、男同士でも、だからどうした俺らは番で、ふたり一緒だから幸せだと、胸を張って生きているのだ。
 それならもう、連れて行くことなんてできない。いろいろと変わったことがあっても、ふたりの強さはちっとも変わっていなかった。逃げろなんて、言えるわけがないじゃないか。



 帰りがけ損料屋で布団や茶わん、箸なんかも借りて家に戻った。遅い夕食はみんなで作った。土産のタラの芽やら山菜で作ったてんぷらは、銀座の土産と一緒に隣の家にもお裾分けした。銀座の飯もうまかったけど、こっちのほうがはるかにうめぇと伊之助が言ったら、みんながどっと沸いた。善八でさえも、そうだなと笑う。
 みんなずっと笑っていた。
 風呂では別々だった子分その三も、伊之助や善八の様子でなにがしか悟ったんだろう。銭湯から出た善逸たちの顔に、一瞬だけ泣きそうに目を揺らして岩五郎たちを見たけれど、泣かなかった。大きいお風呂は気持ちがいいねぇ、また来ようねと笑っていた。
 それからずっと、笑ってる。善八も馬鹿みたいに滑稽な話ばかりしてる。岩五郎と半半羽織も、それを聞いて楽しそうに笑っていた。
 狭い部屋に布団を敷きつめて、みんなで眠った。寄り添いあって。山の家も、狭い長屋も、笑って過ごすなら同じだ。
 眠りに落ちる前に、ふと、山を下りる前に岩五郎が言った言葉を思い出した。

『命の刻限に変わりはないんだよ』

 半半羽織と岩五郎には、痣が出た。長くは生きられない。
 あぁ、そうか。だから記念なのか。
 悔しいと思う前に眠ってしまったのは、たぶん良かったんだろう。飛び起きて、真夜中だってのに半半羽織に怒鳴り散らさないで済んだから。



 次の朝、朝飯を食べたらすぐに帰ることにした。今から出ても雲取山の家に着くのは夜になるだろう。駅まで送ると言った岩五郎たちと一緒に、昨日歩いた道をぞろぞろと行く。昨日の帰りと同じく、損料屋の大八車を引いて。借りた布団なんかを返すのに、片手同士のふたりじゃ骨が折れる。借りたときと同じく、大八車は伊之助と善八で引いた。
 これからみんな仕事に向かうんだろう、駅はやっぱり人が多い。人の流れに逆らって、駅舎に入った。
 全員分の切符代を出そうとした半半羽織を、子分その三が止める。さすがにそれは自分らで払うと苦笑いした子分その三に、半半羽織は残念そうだ。岩五郎が苦笑して、ポンポンと背を叩いてやってた。
 汽車がやってきた。これに乗ったら、また離ればなれだ。だけど。
 座席に着いたらすぐに窓を開けた。発車までそれほど時間はない。またしばらく逢えない。だけど、それでも。
「それじゃ、お世話になりました」
「お土産いっぱいありがとうね、お兄ちゃん、義勇さん」
「気をつけて帰れ」
「元気でなっ。なにかあったらすぐ連絡するんだぞ?」
 俺らに土産をいっぱい持たせたふたりは、やっぱり笑ってる。変わらぬ笑顔と、少し変わった笑顔で。仲良く並んで笑っている。だから。

「おいっ、次に来るときまでに俺らの茶わんや箸、買っておけよ! すぐに来てやっから! いいなっ、炭治郎! 義勇!」
 
 大きな声で言った伊之助に、一瞬ぽかんとしたふたりの顔が、すぐにくしゃりと笑み崩れた。
「うん、いつでも来ていいように、みんなの分を用意しておくよ」
「次に行きたいところも考えておけ。みんなで行こう」
 甲高い汽笛が鳴り響いた。汽車が動きだす。窓から身を乗り出し手を振れば、半半羽織と岩五郎も笑って手を振り返した。

 ずっと、ずっと、笑ってろ。さくらんぼみたいにふたり並んで、いつまでだって。何度だって遊びに来てやっから。俺は親分だからな。ちゃんと見ててやらねぇと。
 終わりが近いとか、関係ねぇだろ。もうないなんて、二度と言うんじゃねぇよ。暦なんて見なくても、季節はわかる。それだけでいいんだ。花が咲いて、お日様がカンカンに照って。山の食い物がうまくなって、雪が降る。そうして季節は変わらず巡ってくるものだ。毎日、毎年、そうやって笑って過ごしゃそれでいい。
 記念とかいらねぇ。楽しいことも面白いことも、記念じゃなくて、いつもの日々になるように。