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「何しとんねん?」
 ガシガシとバスタオルで濡れた髪を無造作に拭きながら、上には何も着ずにグレーのスウェットパンツを身に着けている服部が、俺の視線の先にあるものに興味を持っていく。
 仄かに匂う石鹸の香りに少しだけドキドキしながらも、問いかけられた声に振り向いた。
 視界に飛び込んできたのは褐色の肌で、男の俺でも一瞬見惚れる程に綺麗に筋肉が引き締まっていて、内心慌てながら俺はゆっくりと視線を逸らした。
 …変な行動したら、勘の良いこいつにバレちまう。
 同居してから三年と少し。こんな風に日常に服部が溶け込んでいるのを受け止め始めたのはいつだっただろうか。
「いや、飲もうと思ってたんだけどこれしかなくてよ」
 残り僅かだと家を出る前に思い出し、帰りに買ってこようと頭の中にメモしたはずなのに、大学で友人に捕まり遅くまで図書館でレポート作成の手伝いをさせられているうちに、綺麗さっぱり忘れてしまっていた。
 炭酸が含まれている水なんて自動販売機でそうそう売っていない。
 どうしても飲みたいってわけじゃないけど、ないと欲しくなるのが人間てものじゃないだろうか。
「ああ、昨日酒飲んだ時に使こてもうたしな。けど、こんだけあったらグラス一杯ぐらいはいけるんちゃうんか?」
「そうだけどよぉ……」
「そんな、二杯も三杯も飲みたいわけやないやろ。明日俺が買うてきたるし、今日はこんだけで我慢しぃや」
 服部がボトルに入っていた液体を、用意してあったグラスに注ぎ込む。
 炭酸の微かに抜ける音を聞きながら、俺は胸の中にあった問いかけをそっと口に乗せた。
「…なあ、このグラスに入ってる水の量を見てさ、お前なら「まだ」あるって思うか?」
「工藤?」
「それとも、「もう」ないんだって思うか?」
 グラスに注がれたのは、ちょうどグラス半分ぐらいの量で。
 どちらにもとれる微妙なラインを作っていた。
「なんかの心理問題なんか?」
 質問の意図が分からないと微かに眉を寄せる服部。そんな顔をされても、俺もどうしてこんな事を切り出したのか正直よく分かっていなかった。
 多分……ただ、知りたいだけ。
 服部が出す答えを聞きたかった。
「似たようなものかもな。けど、クイズとかそんなんじゃねぇよ」
 捕らえ方、受け止め方の姿勢や精神の強さ弱さを量るための質問。
 あいつは、俺からグラスへと視線を移動させる。じっと眺め、口元に小さな笑みが浮かんでいるのに気がつけば、ゆっくりと唇が動いていった。
「せやなぁ…」
 予想するもの。何事にも前向きなこいつなら、『これだけある』という答えを出すだろうと予測し、俺は服部の言葉をじっと待った。
 やがて眼差しが和らぎ口角が微かに上げられ、予測が確信へと形を変えようとした瞬間、その形は見事に打ち砕かれてしまう。
「俺やったら…もうあらへん、やな」
「……服部?」
「これを飲んでしもたら、もうなくなるわけやろ。まあ、このグラスに入ってるやつだけを考えたら「まだ残ってる」と考えてもおかしくはあらへんけど、飲んでなくなってしもたら、次はないわけや。せやから俺の答えは「ない」になんねん」
 空になった瓶を持ち、軽く振る仕草を見せる。同時に注がれた眼差しの柔らかさに、俺はぐっと胸を詰まらせた。
 不意打ちなんだよ…お前は。
 多分…理解したんだろう、俺がこの質問に込めた想いの意味というものを。
 俺自身も服部の答えを聞くまで気がつかなかった本音。
 ……多分、気がつかないというよりも、目を逸らしてたって方が正しいかもしれない。こいつの笑みを見て、急激に象りをみせた熱がどんどんと確実に温度をあげていくのが分かる。抑えきれない感情が俺の中に存在しているんだと前に教えてくれた幼馴染の彼女がいた。
 だけど、今はそれよりももっと性質が悪くて、暴れてしまいたい苛立ちや……泣きたい様な切なさをも同時抱いてしまう。
 何も言えず黙り込んでしまえば、そっと伸ばされた手が俺の腕を掴んできて、そのままぐっと服部が力強く引っ張っていく。抵抗する間もなく、気がつけばすっぽりと服部の腕の中に納まっている自分がいた。
「なっ……、離せよ……っ!」
 襲ってくる羞恥心。
 石鹸の香りに混ざって服部自身の匂いが鼻腔を掠っていき、こめかみがトクトクと鳴り出す。
 逃げ出したい……。
 逃げて泣き喚きたい衝動をどうにか抑え、微かに震える唇をぎゅっと噛み締める。俯きがちに顔を背けているので、服部がどんな表情をしているのかは分からない。だけど、見る余裕なんて少しも持ち合わせていなかった。
「逃げへんて約束したら離したるわ」
「んな事……っ」
「出来るわけあらへんやろなぁ。工藤てほんま意地っ張りで臆病者やし」
「誰が臆病だ。……俺は何も怯えてなんかいねーっての」
 なるべく平静を装ってはいるけど、上手く騙せたとはいえなかった。勘の鋭い、他人の変化を本能的に察知する服部には俺の声質が硬くなったのに気づいたらしく、さっきよりも抱きしめた腕に力が込められた。
 ……嘘つき。
 内心では震えてるくせに……。
 こんなにも服部を近くに感じて、体温に鼓動の音に……存在に怯えている自分が存在している。
「…なあ、工藤。こないな質問してきて、俺の気持ち確かめるぐらい不安な事て一体なんやねん」
 淀みのない声。言い聞かせている服部の言葉が、乾いていた心にゆっくりと沁み込んでくる。
 不安て……?
 突きつけられたものに、今まで輪郭を成さなかった気持ちが急激に形を成していく。
 なんだ、そっか……。
 ピタリと止まる抵抗。俺は肩に入れていた力を息をつく事でゆっくりと吐き出し、少しずつ平常心を取り戻すよう努力する。やっと自分でも落ち着いたと分かる程度には思考が復活して、それでもほんの少しだけ怖気づきそうになるのをどうにか奮い立たせながら、しっかりと服部の視線を捉えて見つめ返した。
「……怖かったんだ」
 今日はなぜだか不安感が払拭出来ない。
 この幸せがいつまで続くのか。
 まだ時間はある。まだ一緒にいられる。
 入学した当初はこれからの生活を考えるだけでよかった。
 服部と大学での講義内容を話したり、事件があれば警視庁から電話で要請を受け出向き、二人で推理を繰り広げて事件を解決していた。もちろん、その中で追った精神的な傷や肉体的な傷もあって、どちらかが負傷したら背中を預け癒したり、時には叱咤を浴びせて無理やりに立たせた。
 打てば響く、まるで昔から一緒にいたみたいな錯覚。服部と一緒に過ごすのは楽しくて、時間に追われている事にすら気づけないでいた。
 不安が明確なものとなったのは、俺と服部のこれから過ごす場所を知った時だ。
 俺は自分が歩き作ってきた軌跡をしっかりと見つめ直し探偵という道を選択したが、服部もまた自分が今まで過ごしてきた時間を考察し、自分の将来をしっかりと見据えて一つの進路を選択した。
 片方はいままでの道を踏みしめ。
 片方は違った道を作り出す。
 どちらの未来も安易じゃないし、どちらかといえば不安定な足場に立つのは俺の方かもしれない。
「何がや?」
 耳元で囁かれる音が優しくて、じんと目の奥が熱を孕んでいく。
作品名:time 作家名:サエコ