【FGO】酒場の騎士
「酌しなよ」
そう声が掛かって、いきなりベディヴィエールの腕が引かれる。
戸口で、出るのと入るのとがかち合って、些細な口論から殴り合いに発展しそうになったのを、仲良く譲り合うように『お願い』してきた所だ。
そんなベディヴィエールを捕らえた力は存外強く、振り向けば数いる女性たちの中でもかなりの力自慢の海賊だった。力強さを表すようながっしりと鍛え上げられた体躯に、背の高い方に入るはずのベディヴィエールに匹敵するほどの背丈。日焼けした小麦色の肌に相応しく、顔立ちは豪気さを宿し、伸ばした豊かな栗色の髪は頭部をバンダナで覆っている。この酒場に来る他の船の海賊たちと、男女の別なく腕相撲に興じていた覚えがある。その実力は男性にも引けは取らないほどだったはずだ。
「レディ…」
ベディヴィエールはそっと、それでも断固とした力で女海賊の手を外そうとする。
「澄ました顔しやがって、いいから酌をしろってんだよ」
酔った海賊が大声を上げて、手にした木製のジョッキを、ガン! と卓に叩きつけた。今晩はしこたま聞こし召しているらしい。それに機嫌も悪かったらしい。
卓に連れがいないことから、今夜は一人で来たようだ。
数日ここで用心棒を務めて判ったことがある。海賊たちは大抵飲んだくれている。それも、ここでは仲間と連れ立って、行きつけの酒場に来るのが常だ。
そんな彼らが酒場に来ないのは、海の上へ出ているか、誰かと『しけ込んでいる』ときだ。
彼女の仲間を見かけないと言うことは、おそらく彼女だけ今夜の相手が見つからなかったのだろう。荒れた雰囲気を察してか、馴染みの給仕が傍についているわけでもなさそうだ。
周りを見れば、馴染みの海賊たちが、困ったような、少しばかり面白がっているような顔をしていた。
――ふむ。
ベディヴィエールは暫時考えて、はたと思い当たった。
どうやら彼女の面倒を見ろ、と言うことでしょうか?
普段、男ばかりの卓に座らされて酒を飲まされることもなくはない。給仕と言う主な仕事の傍ら、隣に座って酌をしつつ多少気を持たせながら話をするのが役目である男女の愚痴に付き合わされることもある。基本的に用心棒の役目さえ忘れなければ、多少のお喋りや飲酒は大目に見てもらえるらしい。
「判りました。一応女将さんに断ってきますから、ちょっとお待ちくださいますか、レディ?」
腕を掴む女海賊の手を、安心させるように優しく手を添える。そんなことをされたことがないのか、彼女はぽかんとした顔でベディヴィエールを見上げた。
ベディヴィエールは、この特異点を解決に来たマスター達とは別行動である。円卓の騎士達が何故か「宝探し」、「夏」の単語に反応し、勝手に飛び出してしまったのだ。それに半分巻き込まれ、半分自分でも楽しそうだと言う高揚感から一緒に来てしまった。
しばらく過ごすうちに、何人ものサーヴァントがカルデアからこのカリブ海の島に遊びに来ていることが判り、無断で来てしまった罪悪感も薄らいだものだ。ちょっと悪いこともみんなでやれば怖くない、という心境だ。
そこで、行動が少し大胆になり、宝探しの情報を仕入れるためという名目で、騎士達は酒場に通い始めた。どうも「宝探し」と言う言葉は人を高揚させ、行動に駆り立ててしまうらしい。
そんな最中に入ったこの酒場『冬の雷鳥亭』で、ベディヴィエールが客同士の揉め事を片づけたのを期に、女将に用心棒を頼まれたのだ。
以来、宝探しはどこへやら。ベディヴィエールはこの酒場で用心棒。そして円卓仲間は島をぷらぷらとしながら、夕刻にはこの酒場に集まると言う体たらく。随分自堕落な夏休みもあったものである。
まったく、一体何をしに来たのやら。
ベディヴィエールは若干自嘲気味に自らの境遇に思いを馳せる。これなら、勝手に押しかけてしまいましたと言って、マスターの手伝いをした方が良かったのではないだろうか。
「お待たせいたしました、レディ」
ベディヴィエールは新しい酒瓶と、自分の分のジョッキ、そして肴を載せた皿を卓に置く。
「……ああ」
さっきまでの目にはいるものをすべて壊して回りそうな荒れた勢いはどこへやら。彼女は消え入りそうな小声で答えた。ベディヴィエールは女海賊のジョッキに酒を注いでやる。サトウキビをアルコール発酵させ、蒸留した後熟成させた『ラム酒』と呼ばれる酒である。ビールやワインよりも高い度数で、ガバガバと一気飲みさせないつもりだった。
「……フン。さっさと潰すつもりかよ?」
彼女がベディヴィエールの選択を「早く厄介払いしたい」と言う意味に捉えたことにびっくりした。
「そんなつもりでは。私にはあなたが話し相手を探しているように思えましたので。ワインをずっと一気飲みしているよりはゆっくり飲めるでしょう?」
「どうだか」
鼻で笑った女海賊は、それでも度数の高い酒精をちびり、と飲んだ。
「こちらも美味しいですよ」
ベディヴィエールは木製の平たい皿を彼女の方へ押しやる。下町の雑掛けない酒場の酒肴だ。芋とバナナで作った生地で豚を包んで揚げたものや、鶏肉に味をつけて揚げたり、刺激的な香辛料を使ったソースを纏わせて焼く鶏肉、じっくりと直火で焼いた豚肉、魚を使ったサラダなどの料理が数種類盛ってある。飾り気のない盛り方から鷹揚で腹の据わった女将の人柄が滲み出ているようだ。どれも、イギリスやカルデアでは味わったことのない、独特の香辛料が効いた料理で、酒と共に食べるのは、また美味だった。
女海賊は、自分の皿にいくらか取り分けて口に運ぶ。感想を言うことはないが、気に入っているのが酔っぱらった状態でも雰囲気から判る。
「私もここの料理は好きです」
ベディヴィエールも、自分の皿に肴を取って口に運ぶ。
「料理にバナナを使うとは、正直驚きました。これは帰っても食べられないでしょうね」
カリブ海の主食の一つである調理用バナナは、加熱するとほくほくとした触感になる。もう一つの代表的な食材である芋と混ぜ合わせて色々な料理に使われたりする。カルデアでは料理自慢のサーヴァントが多くいて、様々な料理を食べられるが、カリブの料理は食べたことがなかった。おそらくリソース的にもこうした珍しい食材は手に入りにくいだろう。物珍しいのも相まって、ベディヴィエールはこの酒場の料理を賄いに頼んでいるほどだ。
「……変なやつ」
不機嫌さが大分和らいで、女海賊は呆れたように言った。
「女将さんにも言われました」
ベディヴィエールが少し恥ずかしそうに笑うと、今度こそ女海賊もくすりと笑った。
「その話が本当ならば、マスターたちも辿り着いていない可能性があるのではないか?」
「さてな。だが、その後の海賊の誰も、そこにゃ辿り着いちゃいねぇんだ」
「本当か?」
「ハハァ、なかなか良い面するじゃないか。手に入らないと思うと俄然欲しくなる性質《タチ》かい?」
ふと気が付くと、女海賊がランスロットと話し込んでいる。なぜここにランスロット卿がいるのだろう? と頭を回すと、ぐらりと酔いで視界が歪む。そのまま卓を見れば、ガウェイン、トリスタンが同じ卓についていた。
「おや、起きたようですよ」
「お前がそこまで酔うとは珍しいな」
そう声が掛かって、いきなりベディヴィエールの腕が引かれる。
戸口で、出るのと入るのとがかち合って、些細な口論から殴り合いに発展しそうになったのを、仲良く譲り合うように『お願い』してきた所だ。
そんなベディヴィエールを捕らえた力は存外強く、振り向けば数いる女性たちの中でもかなりの力自慢の海賊だった。力強さを表すようながっしりと鍛え上げられた体躯に、背の高い方に入るはずのベディヴィエールに匹敵するほどの背丈。日焼けした小麦色の肌に相応しく、顔立ちは豪気さを宿し、伸ばした豊かな栗色の髪は頭部をバンダナで覆っている。この酒場に来る他の船の海賊たちと、男女の別なく腕相撲に興じていた覚えがある。その実力は男性にも引けは取らないほどだったはずだ。
「レディ…」
ベディヴィエールはそっと、それでも断固とした力で女海賊の手を外そうとする。
「澄ました顔しやがって、いいから酌をしろってんだよ」
酔った海賊が大声を上げて、手にした木製のジョッキを、ガン! と卓に叩きつけた。今晩はしこたま聞こし召しているらしい。それに機嫌も悪かったらしい。
卓に連れがいないことから、今夜は一人で来たようだ。
数日ここで用心棒を務めて判ったことがある。海賊たちは大抵飲んだくれている。それも、ここでは仲間と連れ立って、行きつけの酒場に来るのが常だ。
そんな彼らが酒場に来ないのは、海の上へ出ているか、誰かと『しけ込んでいる』ときだ。
彼女の仲間を見かけないと言うことは、おそらく彼女だけ今夜の相手が見つからなかったのだろう。荒れた雰囲気を察してか、馴染みの給仕が傍についているわけでもなさそうだ。
周りを見れば、馴染みの海賊たちが、困ったような、少しばかり面白がっているような顔をしていた。
――ふむ。
ベディヴィエールは暫時考えて、はたと思い当たった。
どうやら彼女の面倒を見ろ、と言うことでしょうか?
普段、男ばかりの卓に座らされて酒を飲まされることもなくはない。給仕と言う主な仕事の傍ら、隣に座って酌をしつつ多少気を持たせながら話をするのが役目である男女の愚痴に付き合わされることもある。基本的に用心棒の役目さえ忘れなければ、多少のお喋りや飲酒は大目に見てもらえるらしい。
「判りました。一応女将さんに断ってきますから、ちょっとお待ちくださいますか、レディ?」
腕を掴む女海賊の手を、安心させるように優しく手を添える。そんなことをされたことがないのか、彼女はぽかんとした顔でベディヴィエールを見上げた。
ベディヴィエールは、この特異点を解決に来たマスター達とは別行動である。円卓の騎士達が何故か「宝探し」、「夏」の単語に反応し、勝手に飛び出してしまったのだ。それに半分巻き込まれ、半分自分でも楽しそうだと言う高揚感から一緒に来てしまった。
しばらく過ごすうちに、何人ものサーヴァントがカルデアからこのカリブ海の島に遊びに来ていることが判り、無断で来てしまった罪悪感も薄らいだものだ。ちょっと悪いこともみんなでやれば怖くない、という心境だ。
そこで、行動が少し大胆になり、宝探しの情報を仕入れるためという名目で、騎士達は酒場に通い始めた。どうも「宝探し」と言う言葉は人を高揚させ、行動に駆り立ててしまうらしい。
そんな最中に入ったこの酒場『冬の雷鳥亭』で、ベディヴィエールが客同士の揉め事を片づけたのを期に、女将に用心棒を頼まれたのだ。
以来、宝探しはどこへやら。ベディヴィエールはこの酒場で用心棒。そして円卓仲間は島をぷらぷらとしながら、夕刻にはこの酒場に集まると言う体たらく。随分自堕落な夏休みもあったものである。
まったく、一体何をしに来たのやら。
ベディヴィエールは若干自嘲気味に自らの境遇に思いを馳せる。これなら、勝手に押しかけてしまいましたと言って、マスターの手伝いをした方が良かったのではないだろうか。
「お待たせいたしました、レディ」
ベディヴィエールは新しい酒瓶と、自分の分のジョッキ、そして肴を載せた皿を卓に置く。
「……ああ」
さっきまでの目にはいるものをすべて壊して回りそうな荒れた勢いはどこへやら。彼女は消え入りそうな小声で答えた。ベディヴィエールは女海賊のジョッキに酒を注いでやる。サトウキビをアルコール発酵させ、蒸留した後熟成させた『ラム酒』と呼ばれる酒である。ビールやワインよりも高い度数で、ガバガバと一気飲みさせないつもりだった。
「……フン。さっさと潰すつもりかよ?」
彼女がベディヴィエールの選択を「早く厄介払いしたい」と言う意味に捉えたことにびっくりした。
「そんなつもりでは。私にはあなたが話し相手を探しているように思えましたので。ワインをずっと一気飲みしているよりはゆっくり飲めるでしょう?」
「どうだか」
鼻で笑った女海賊は、それでも度数の高い酒精をちびり、と飲んだ。
「こちらも美味しいですよ」
ベディヴィエールは木製の平たい皿を彼女の方へ押しやる。下町の雑掛けない酒場の酒肴だ。芋とバナナで作った生地で豚を包んで揚げたものや、鶏肉に味をつけて揚げたり、刺激的な香辛料を使ったソースを纏わせて焼く鶏肉、じっくりと直火で焼いた豚肉、魚を使ったサラダなどの料理が数種類盛ってある。飾り気のない盛り方から鷹揚で腹の据わった女将の人柄が滲み出ているようだ。どれも、イギリスやカルデアでは味わったことのない、独特の香辛料が効いた料理で、酒と共に食べるのは、また美味だった。
女海賊は、自分の皿にいくらか取り分けて口に運ぶ。感想を言うことはないが、気に入っているのが酔っぱらった状態でも雰囲気から判る。
「私もここの料理は好きです」
ベディヴィエールも、自分の皿に肴を取って口に運ぶ。
「料理にバナナを使うとは、正直驚きました。これは帰っても食べられないでしょうね」
カリブ海の主食の一つである調理用バナナは、加熱するとほくほくとした触感になる。もう一つの代表的な食材である芋と混ぜ合わせて色々な料理に使われたりする。カルデアでは料理自慢のサーヴァントが多くいて、様々な料理を食べられるが、カリブの料理は食べたことがなかった。おそらくリソース的にもこうした珍しい食材は手に入りにくいだろう。物珍しいのも相まって、ベディヴィエールはこの酒場の料理を賄いに頼んでいるほどだ。
「……変なやつ」
不機嫌さが大分和らいで、女海賊は呆れたように言った。
「女将さんにも言われました」
ベディヴィエールが少し恥ずかしそうに笑うと、今度こそ女海賊もくすりと笑った。
「その話が本当ならば、マスターたちも辿り着いていない可能性があるのではないか?」
「さてな。だが、その後の海賊の誰も、そこにゃ辿り着いちゃいねぇんだ」
「本当か?」
「ハハァ、なかなか良い面するじゃないか。手に入らないと思うと俄然欲しくなる性質《タチ》かい?」
ふと気が付くと、女海賊がランスロットと話し込んでいる。なぜここにランスロット卿がいるのだろう? と頭を回すと、ぐらりと酔いで視界が歪む。そのまま卓を見れば、ガウェイン、トリスタンが同じ卓についていた。
「おや、起きたようですよ」
「お前がそこまで酔うとは珍しいな」
作品名:【FGO】酒場の騎士 作家名:せんり