【FGO】酒場の騎士
トリスタンとガウェインが笑いかけてくる。
「いつ来たんです?」
実際には、「いつきたんれす?」と呂律が回っていなかったので、いつの間にやらベディヴィエールもラム酒を随分と飲んだらしい。
「なに、つい先ほどだ」
気配にも気付かないほど酔っぱらって寝てしまっていたとは。用心棒失格である。
「手に入れてはならぬ禁断の恋のようなものだな」
「ああ、悲しい。手に入らぬ、手にしてはならぬ。わかっていても、手に入れたいと燃え上がる我が身」
ランスロットが興奮気味に、そしてトリスタンがポロンと妖弦を爪弾く。二人の前には杯があって、赤らんだ顔からしても存分に酒が入っているのは間違いない。
「なんだよ、アンタらも隅におけねーな!」
二人の言葉を聞いた酔っ払った女海賊は、ヒュウ、なんて口笛に失敗しながらも、ゲラゲラと笑ってランスロットの肩をバンバン叩いている。
「お前が途中で寝てしまうなんて、珍しいな」
そう声をかけてきたガウェィンは、かぱ、とラム酒を呷った。こちらもこちらでしこたま酔っているようだ。
「ここまで聞いては、流石にその宝を探しに行くべきではないか」
「私は悲しい。その誘いに抗いきれぬ激情がこの身の内にあることが」
「そう言いながら、断るつもりはないのだろう?」
ガウェインの言葉に、ランスロットとトリスタンが真面目な顔をして頷く。そして、だよなぁ、と言ってゲラゲラと笑いだす。
「お黙りなさい」
ベディヴィエールが我慢できずに怒鳴る。それでも呂律があやしくて、お黙りにゃさい、になったので威力は半減したが。
「なんですか、あなたたちは。いつもいつも不埒な話ばかり」
どん、とジョッキを卓に叩きつける。
「ベ……、ベディヴィエール卿?」
ガウェィン、トリスタン、ランスロットがキョトンとした顔でベディヴィエールを見た。女海賊も驚いた顔をしている。酒場の中も何事かと、一瞬しんと静まり返って、ベディヴィエールの方を伺う。
だが、ベディヴィエールはそんな反応にも構うことなく、すっと酔いの醒めたような真面目な顔をする。卓に肘をついて、両手を口の前で組むと、静かに話し始める。
「円卓時代ばかりでなく、カルデアに来ても同じ話をしているとは。キャメロットと違い、子供も多い場所で、全く思慮の足らない事ですね。騎士の風上にも置けません。何度私は卿らに同じ話をすれば良いのでしょうね?」
呂律の怪しさもなく、静かにハッキリと話すベディヴィエールの様子に、騎士達が畏まり始める。
「おいおい、どうしちまったのさ」
女海賊はガラリと変わったベディヴィエールの雰囲気についていけず、ワザと明るく喋りかけ、ぽん、と肩を叩いた。が、彼女の方を振り向いたベディヴィエールの真剣な眼差しに、固まってしまう。
「レディ、貴方の前でこんな無様を晒すなど騎士の名折れ。ですが、彼らの愚行は目に余る。ご不況の段、心よりお詫び申し上げます」
するりと女海賊の手を取って、恭しく手の甲に口付けをした。
「あわわわ……」
ベディヴィエールの行動に、女海賊が酔いではなく羞恥で真っ赤に顔を染めて、慌て出す。
「貴方の寛大な御心をもって、我らをお許しくださいますか? レディ」
そして悲しそうに潤んだ目をキラキラさせて、女海賊を見上げてくるなんて、そんな扱いも態度も初めてのことだ。女海賊は「はわー」と呟きとも溜息とも判らぬ言葉を洩らしたと思うとそのまま固まってしまった。
その時、酒場の片隅で喧嘩が始まった。わぁっ! と給仕たちの悲鳴が声が上がって、ガタン、ゴトン、と物音がし始める。周りにいる海賊たちは、煽るでもなく騒ぎを見物しながら酒を呑んでいる。揉め事の一つや二つ、酒場では当たり前のことだ。
「レディ、暫し失礼いたします」
ベディヴィエールはそう言って一礼すると、すっくと立って騒ぎの中心へ入っていく。そして、掴み合い殴り合いをしている男たちを引き剥がした。
「ここは心楽しく暫時酔いしれる場所。暴れて他の方の楽しみを潰す行為、断じて許すわけには参りません。今すぐ辞めないのならば、このベディヴィエール、実力行使も辞しません!」
大声で一喝。しん、と酒場が一瞬静まり返る。
「う……、うるせぇ!」
ベディヴィエールの勢いに圧されたのか、首筋を掴まれたまま、若干腰が引けたような調子で罵声が返ってくる。
「よろしいでしょう」
ふっとベディヴィエールが薄く笑うと、すう、と目が座って、首根っこを掴んだ男たちを問答無用で入口まで引きずっていく。そしてぽい、ぽい、とまるで石ころでも投げるように騒いでいた海賊たちを外へ放り投げた。普段ならば力に物言わせることはほとんどなく、諭して騒ぎを収めるのがベディヴィエールだった。相手が万が一刃物を振り回してきても、自分から手を出すことはほとんどない。それが、今日はどうしたことか。
「なぁ……」
そんなベディヴィエールの姿を見ながら、ガウェインがぼそりと呟く。女海賊はまだ「はわー」と呟いて魂が抜けてしまったように呆けている。
「ええ」
トリスタンが頷く。
「完全に酔っぱらっているな」
「わが友はタチの悪い酔い方をする。ああ、悲しい」
「ああいうベディヴィエール卿を見るのは久しぶりだな」
ランスロットの言葉にトリスタンがポロン、と妖弦をかき鳴らし、ガウェインが少し青ざめた顔で警戒するように言った。
――翌日。
頭を抱えた男が一人。酒場のカウンターで悄然とした様子で座っていた。
「あれ、ベディ?」
マスターである藤丸立香が、酒場に入ってきて声を掛けた。
「……マスター……」
「わぁ、具合でも悪いの?」
真っ青な顔色で沈鬱な顔をしたベディヴィエールを見て、立香が驚きの声を上げる。ベディヴィエールはその声を聞いて、更に眉を顰めた。
「あ……。もしかして……、二日酔い?」
察して声を潜める立香の言葉にベディヴィエールが頷く。
「ええ……。そして昨夜の自らの行いを恥じております。騎士ともあろうものが情けない……」
肘をついて組んだ手に額を押し付けて、力のない声でベディヴィエールが呟いた。
「……ところで、マスターはどうしてここに?」
「ああ、宝探しのヒントを探しに来たんだ。あとは、黒ひげと諾子《なぎこ》さんを探しにね」
立香が隣のスツールに浅く腰を掛けてそう言う。
「ベディは? ここでなにしてるの?」
「私は……」
「用心棒を頼んでるんだよ!」
酒場の女将が豪快な笑い声と共に、フルーツジュースのジョッキをカウンターに置く。
「女将さん……」
彼女の威勢の良い声が二日酔いのベディヴィエールの頭に響いたのだろう。制止するに制止できない状態だ。
「そうなの!? ……あ、ごめん」
立香の驚いた声で更に追い討ちをかけたようだ。ううう、と唸りながらベディヴィエールは頭を抱える。
「い……、色々ありまして……」
「そうなんだ」
マスターはジュースの代金を払いながらこちらの事情を察しているのか、察していないのか判らない答えを返し、一口口をつけた。
「なんだ、アンタ二日酔いかよ?」
元気な声と共に、ばしん、とベディヴィエールの背中が叩かれる。
「れ……、レディ……!」
作品名:【FGO】酒場の騎士 作家名:せんり