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友情ピアス~白い森と黒い森~

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    友情ピアス~白い森と黒い森~
                    作 タンポポ



       1

身にやつす心労は、計るも誰に理解してもらえるでもなく、静かに、静かに、蓄積されていく。陽炎(かげろう)のように、手の届かない光。遮るもなく、抑えるもなく、届かない光。胸郭(きょうかく)が膨張してしまうのではないかと、そんな幻想を懐(いだ)く程、私は、疲れていた。
 胸に圧し留めておくには、辛いというか、難しい。
 白石麻衣(しらいしまい)はそれを手に取ってみた。その小さなピアスには、小さなダイヤが光っていた。四方の光を吸収し、幾重の反射光に変換するその輝きは、まるで、麻衣の辛苦を罵るかのように、美しく光った。
 市営の市民図書館を出ると、空にはうねりを引いた、幾重に延び広がる半白半紅の雲が浮かんでいた。夕日が雲の反面を射している。空は奥の方から徐々に紅色を濃くし、麻衣の頭上で、最後の青を保とうとしている。しかし、時期に染まるだろうと、麻衣は息を吸い込み、そして駐車場へと歩き出した。
 自分の左耳で揺れているピアスも、空の色に、染まっているのかもしれない……。
 車にエンジンを入れる時にも、麻衣はそれを考えた。もう、考える事が癖になっている。しかし、考えれば考える程、迷走の泥沼へと堕ちていく事は、自分でもわかっていた。
 窓を開けていたので、喧しい騒音を掻き立てて暴走族が行くのがわかった。気を反らすのには、それだけでも充分な程味方になった。CDは聴く気にならないし、ラジオはお気に入りが放送している時間帯ではない為、問題外である。今は、完璧なアイテムによって思考を掻き消すか、思考その物を他の何かに変えてしまう必要がある。完璧なアイテムに当てはまる物は、精神に影響を与える物が適している。麻衣が思いつく物でいえば、アルコールが最適だろう。しかし、運転中に飲酒はできない。ならば、この車の中では、思考を暴走族に傾ける事が効率的だと思えた。
 派手な暴走族の騒音に耳を傾けながら、ここから一番近い駅は、『岩本駅』だと考えた。暴走族の到着駅は、一体どの辺りだろうと思考する。ここから最も拓けた駅があるのは少し先の『上毛高原駅』だった。
 住まい地が群馬県という片田舎でもある事から、麻衣の記憶の歴史にはいつも暴走族の音が共にある。実家の傍の駅が『沼田駅』であった。暴走族は沼田市もよく通るのだ。
 いつの間にか、暴走族の音は、聴こえなくなっていた。肌寒くなってきたので、ハンドルからウィンドウ・スイッチに手をずらして、窓を閉める。窓が完全に密閉されると、何気なく耳を支配していた暴風音が、ぴたりと止んだ。
 麻衣は『沼田』へと向かって車を走らせる。空いていると思っていた路は、意外にも込み合う手前であった。すぐ隣を並行して走行していた車が、喧しいラッパ式のクラクションを鳴らしていたので、危なく思考が元に戻りそうになる。
「はー……、もう、うるっさいなあ」
 短く文句を洩らして、すぐにまた、理想的な思考へと意識を傾ける。
 暴走族はどこに向かうのだろうか。拓けた場所が近くにあるからといっても、『上毛高原駅』までは幾つか駅を挟んでいる。二、三駅は挟んでいるような気がしたが、しかし、それから先が、どうしても思い出せなかった。高校の途中までは電車を利用していたのだが、自動車免許を取得できる規定資格年齢に達してからは、もう、電車とはすっかりと縁を切っていた。しかし、もうその続きを思い出す必要は零となった。
 団地の駐車場に車を停め、外に出る。
 瞬間的に鼻腔から新鮮な空気が入り込む。小さく伸びをしたい気分でもあるが、すぐに暗めかしい暗雲が気持ちを支配するのであった。
 駐車場から、自宅である01マンションまでは、歩いて五分程度だった。その道のりには、何もない。自動販売機もなければ、道路に道路標示さえも描かれていない。歩道路もなければ、人さえもが、滅多に歩いていない。団地への路にも関わらず、麻衣が使用するその細い道路は、裏道、と呼ばれていて、歩こうとする人が実に少なかった。
 麻衣は裏道をよく好んで歩く。好むとはいっても、駐車場への道のりと、駐車場からの道のりであるが、その時は、麻衣は必ず、裏道を使用していた。
 図書館で借りてきた、恋愛小説を素手に抱えたまま、麻衣は自宅である01マンションに向かって歩く。
 胸が心地良く鼓動する。
 人通りが少ない為に、それはすぐにわかるのだ。
 短く駆け足をして、麻衣はすぐにその胸へと飛び込んだ。
 蒸れ惑う、この苦痛から逃れるように、焼け爛れた心が、助けを求めるように、麻衣は男の胸で安らかな笑顔を浮かべる。
「凄いだろ。 お前がもう、帰ってくるような気がしてたんだ。ここで待ち始めて、十分でお前が来たよ」
「うそ……。ただ、通りかかっただけの癖に」
「駐車場に麻衣の車が無かった。マジでさ、今日は待ってたんだよ」
「ふうん」
「ドラマみたいだな、俺達って」
「馬鹿じゃないの……。ふふ、全然だから」
 背中を弱く締め付ける太い腕に、全ての安心を取り戻す。顔に当てた厚い胸板から、ほんのりと弱い汗の匂いがする。頭の上では、にやけた口が、くだらない冗談を言っている。
 麻衣を抱きしめたまま、男はゆっくりと体を左右に振った。麻衣の足が、まるで和やかなメロディにのせて、ダンスを踊っているかのようなステップを踏む。
「ちょっと……。揺れないでよ」
「あー……、会いたかった」
「……もう」
 幸せそうに瞑ったその麻衣の瞼の横で、ダイヤのピアスが、夕焼けに光沢をつくり、小さく、揺れていた。

       2

 恋愛小説は、意外にも、何もヒントをくれなかった。徹夜して読み終えた後は、うっすらと仕上がった隈を見て、鏡に不気味な笑みを浮かべてしまった。
 かるくシャワーを浴びた後、すぐに髪を乾かして、昨晩用意しておいた洋服を取りに部屋に向かった。ダイニングを通った時、親が今日から旅行だったと思い出した。
 洋服を手に取って、ダイニング・キッチンに移動する。洋服をソファに投げた後は、空腹を満たす為の自動作業が始まった。薬缶でお湯を沸かしながら、トーストを焼く。キッチンに誰の気配もない事は実に珍しい事なので、妙な虚しさに違和感を覚えた。
 焼きあがったトーストに納豆をのせたところで、自分が酷い朝食を食べようとしている事に気が付いた。しかし、気が付いただけで、麻衣はその作業を、そのまま続行した。
「うぅ……、まっずぃ」
 酷い味の朝食は、自分への制裁に受け入れた。トースト熱に程よく溶けたマーガリンが、ねっとりと温まった納豆と地獄の味世界を繰り広げてくれた。
 しかし、そんな容易な地獄では、物足りない。自分に作り出す制裁など、全てが限界の境界線を把握しての、無意味な保身的な軽罰でしかない。念入りな歯磨きをしながら、朝から納豆トーストという、過激な挑戦を果たした自分が、滑稽なだけの馬鹿者に思えて泣きそうになった。
 昨晩、悩む事なく選び出した白で統一したパンツルックを、やりすぎかな、と思いつつも、すぐに車を『岩本駅』方面に向けて発車させた。