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友情ピアス~白い森と黒い森~

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 アクセルを踏み込む時に、短い靴下が顔を出した。それも、白できめている。三か月前に一度だけ履いた新品同然のスニーカーも、白であった。ワン・ポイントと思ってしてきたネックレスにも、白い貝の装飾が施してある。左の尻ポケットにしまってある携帯電話のフィット・カバーも、白であった。
 白でないのは、右の尻ポケットにしまってある、ダイヤのピアスだけである。
 岩本駅近くの、岩本公園に到着すると、すぐに車を駐車した公園前の道路に、真夏が手を振りながら麻衣を迎えに来た。
 エンジンを切って、すぐに車から出る。
「まいやん、早かったね。どうする? 電車に乗る?」真夏は爽やかに言った。
「うん。あ、でも……車、どうしよ」
 困った顔で車を見つめたまま、真夏は考え込む。真夏も爽やかなパンツルックできめて来ていた。彼女も、その全身を殆ど白で統一している。
「意外と、大丈夫なんじゃない? 駄目?だって、ここ車なんてあんま通らないでしょう」
「そっか」麻衣ははにかんで言った。
「うん。通っても……、充分通れるし」
「うん」
 真夏は、麻衣にとってこの世で二人だけいる無二の親友のうちの、一人だった。知り合ったのはつい一年前だが、それは二人の心が証明している。麻衣の勤務している会社の、道路を挟んだ正面にある会社で、真夏は働いていた。どちらもOLで、そして、今は元、が必要になる。
 知り合ったきっかけは、麻衣が昼休みに食事に出掛け、行きの路上で真夏に声をかけた事からだった。『ハンカチ、落ちましたけど』背中を丸めたままで歩く真夏に、麻衣はそう言ってハンカチを渡した。泣いている事に気が付いて、少し戸惑いながら、さらに声を掛けた事が全ての始まりだった。
 知り合ってから一か月で、麻衣が彼女にレジャー計画を持ち掛け、真夏はそれに頷いた。計画とは、真夏と出逢った日に、彼女が抱えていた恋愛での悩みを吹き飛ばす、そんな計画である。たいして面白くもない遊園地であったが、どちらも幼少期以来の久しぶりであった為、実に充実した時間を満喫できた。
 のちに、彼女達は会社を辞め、二人で夢を叶えようと誓い合った。密かに、お互いが温めてきた、偶然的で、運命的な、同じ夢である。幼き日に心に決めた『役者になりたい』という純粋な心を、真夏との出逢いにより、麻衣は鮮明に思い出した。そして、二人で今度こそ叶えようと、思い切った勝負に出たのである。
 年齢的にも、お互いはこれが程よい年齢適齢期であると自覚していた。生活の変換は、夢の変換のようにそう容易くはない。しかし、世間を騒がせていた元乃木坂46の西野七瀬が、ちょうど二人と同じような思い切りからシンデレラ・ストーリーを手に入れた事もあって、二人はその夢に挑戦する事に踏み切ったのだった。
 劇団に所属して、いつかは大女優になろう。それならば、同じ劇団からは難しい。一つの劇団から二人の大女優ではなく、二つの劇団で一番同士になり、夢の大舞台で共演しよう。そんな他愛もない決め事が、二人を今に至らせている。
 今も、二人の友情は固く結ばれたままだった。

 映画館で退屈な映画を鑑賞した後は、ショッピングの予定を変更して、真夏の家に行く事にした。真夏の家は『岩本駅』の岩本公園付近にある。公園前にあるので、つまりは麻衣の車を駐車している場所に舞い戻った事になる。
 真夏の家は一軒家であるが、ガレージが自宅の車でうまっていた為、麻衣の車はそのままいつものように、公園前に路駐させておく事になった。
「ねえ、これ超可愛くない? このティーカップ安かったの」
「可愛い~。なんだっけ、これ…。あ、ミッキーマウスだ。ミッキーマウス~」
「そうなの。はい、じゃ、まいやんはミニーちゃんね」
「へ~……。これセットになってたんだ?」
 真夏は嬉しそうな微笑みで首を振った。
「ううん、セットとして買ったの。もとはバラバラだよ。ほら、洋服とか、微妙に関係ないの着てるでしょう?」
 指差されたティーカップには、確かに、カウ・ボーイのミッキーと、ドレス姿のミニーがそれぞれのティーカップにプリントされていた。その絵柄のポーズイメージだけが、何となく、似ている。
「あ、ほんとだ。へ~、器用に選んだねえ」
「私ってセンス良い?」
「かもね」
 真夏は、いつも変わりなく、和やかに微笑む。何も考えていない証拠だった。真夏が何かに悩んだとすれば、すぐにわかる。わかりやすい子だけに、私は、この笑顔に心から安心していた。
 それでも、もしかしたら、この笑顔と、この幸せな時間は……、消えてしまう。
「ピザとる?」
 こういった事を考え始めたら、もう、私の心は正常に戻らない。
「んん~……。あ、まかせる……」
「じゃあ、ピザでいいよね? それとも、丼物? …はっは、でもなんかさ、丼物とピザって全く違うよね」
 真夏は、私の微妙な変化にも気づかない。私はうまく笑えているのだろうけれど……。それにしても、真夏は天使みたいに、心が綺麗すぎる。
 私は、いつからこんな事になったのだろう。
 私達は、一体何なのだろう……。

『沼田』に帰る途中で、また胸が苦しみで埋まった。今日は、家に帰っても、家族はいない。誰もいない空間で、私はきっと支配されるだろう。
 もう一人の私が現れて、私に白い意見を言う。
 また、違う私が現れて、今度は私に黒い意見を言う。
 そして私は、狂ってしまいそうになって、どうしたらいいのかもわからずに、逃げるようにして、気を、散らすんだ……。
 気を散らす事しかできなくて、不安になって、そして、白か、黒に、電話する……。
 白か、黒か、選択ではなく、ただ迷い続ける。
 鬱蒼と茂った、魔物の住み着く黒い森か……。
 陽の光によって、行先が全て見渡せる、白い森か……。
 私は、そのどちらかに走り込む。
 白い森がよかった。私はその中で、一生を送りたかった。選択とは、何もない状態で、何も知らずにするのがいい。白と、黒に、何があるのかを知ってしまえば、必然的に迷い苦しむ事になる。どちらかにしか、進めないのだから。
 何があるのか、それを先に知っていれば、私は白い森を出ようとはしなかった。
 全てを知ったのは、もう、全てが始まってから……。
 今日も、もう、どうしようもなく、心が彷徨う。
 私が居る間は、白でいたい……。この気持ちを優先して、ずっと、この先も信じていたい。

「もしもし……、真夏?……なんか、暇になっちゃったから」
 心から信頼できる、透き通った心……。
 いつか、全てが明るみに出る日が来る。
 泣くのは、私で。そして、この子だ。
 それを知っているのは私だけで、それをどうにかできるのも、私だけだ。
 でも、それはまだ……できない。

「もしもし……、沙友理?」
 黒と白が混ざり合ってしまう前に、私はこの迷いの森から、抜け出さなくてはならない。
「明日…、どうしても……聞いて欲しい相談があるの」
 私が、本物の悪魔に変わらないうちに。心が、これ以上壊れない為に……。
 二人しかいない親友が、消えてしまわないように……。明日、全てを打ち明けよう。
「明日、夜になったら家に迎えに行くね。次の日は、仕事ないんでしょう?」」
 白い森がいい。