BUDDY 11
BUDDY 11
いったいなんだというのだ。
好き、だと?
いや、それは嘘で、冗談だと、私をからかっただけだと言ったが……。
な、ならば、いい……。
好きだなんだと言われても、私にはどうすることもできない。
だいたい、私は守護者だ。
好き嫌いの対象に上がるような存在《もの》ではない。
そもそも、好き、とはなんだ?
私を好いているというのは、どういった種類のものなのだろうか。
家族的なものか、友人的なものか、それとも、ファン的なものか……?
ありえないと思うが、愛情の意味の好きであれば、ちょっとどうかしている。
そんなことを言おうものなら、士郎の頭の中を一度開いて覗いてみたいと思うが……。
だが、まあ、嘘だと言う。冗談だと、からかってみただけだと。
ならば、不問にしよう。
不思議と、からかわれたことに対して腹は立たなかった。
それから、これ以上、深く掘り下げないことが得策だと思った。
しかし、なぜ、士郎はそんな嘘を言ったのか?
それに、泣いたのは……?
私と直接供給などしたくなかったということなのだろうか。
では、誰ならばいいのか?
そういえば、私をヘタクソだと言った。
ということは、比べる者がいたということだ。
私はいったい誰と、もしくは何と比べられたのか?
私の行為がヘタクソだと言う、その意味するところはいったい?
「っ……」
何やら考え過ぎて頭痛がする。こんなときは、目の前のやるべきことをこなすに限る。
窓を開けて換気をし、床に落ちてしまった掛け布団をたたむ。その段階で、ようやく私は衣服を脱いだままだったことに思い至った。いつまでもこんな姿ではだめだ。いい加減正気に戻ってシャキっとしなければ……。
衣服を着て、いろいろな汚れを落とすために、一度、霊体となった。それから私は目の前のことに無理やり没頭しようと試みる。
湿ったマットレスをベッドから下ろして、とりあえず壁に立てかけ、汚れていたはずのシーツを探したが、部屋にはない。
どこへいったのかと考えたが、士郎が身体に巻きつけていたことを思い出した。
「洗わなければ」
洋間を出て風呂場へ向かう。脱衣所には気配がなく、士郎はまだ浴室にいるようだ。
その間にシーツを洗ってしまおうと、ざっとたたんで床に置かれたシーツを拾った。
浴室内からシャワーの音が聞こえる。戸一枚を隔てた向こうに士郎がいると思うと、こくり、と喉が鳴った。
いやいや、私は何を……。
頭を振り、気を取り直してシーツを予洗いしにかかる。シーツを洗っている間はずっとシャワーの音がしていた。まだ日中で、湯を張ってもいないだろうとは思うが、少し長すぎるのではないかと疑問を浮かべる。光熱費も馬鹿にならない。後々文句を言われる可能性もあるので、無駄遣いをしない方がいいだろう。
「士……」
声をかけようとしたが、やめた。なぜか、今は声をかけるべきではないという気がした。
「…………」
また、思い出す。
士郎は、どういうつもりで、あんな嘘を言ったのだろうか。
それに、泣いた理由はなんだったのか。
たくさん訊かなければならないことがあるが、それを問い質して、おかしな空気になりはしないだろうか?
悩ましいが、変に意識をするようになっては今後がやりにくい。
ならば、普段通りの平静を装っておけばいい。
何も質さず、何も気に留めず、今まで通り……。
そう結論付けたものの、それでいいのだろうか、という思いは消えなかった。
***
女子会旅行から帰ってきた凛とともに、アーチャーと士郎は遠坂邸に戻った。
凛が本当に険悪な感じはなくなっているのかどうかを確認するために目を光らせているが、一週間前までのギスギスした感じも、トゲトゲした感じもない。
(衛宮くんの話では、士郎の方が、ケンカを吹っ掛けてたってことだったけど……)
士郎がアーチャーに突っかかる様子もなく、二人は淡々と家事をこなしている。
ただ、どことなく背を向けあっている、ということは感じられた。が、それ以外で凛に影響を及ぼすことはない。
(一件落着なのかしら……?)
嵐の前の静けさ、と言えば物騒だが、実際そういう感覚を凛は受け取っている。
(表面的なケンカをやめたってことみだいだけど、根本的な解決には至っていないわよね、これ……)
どうしたものか、と己が従者たちを交互に見遣る。やはり会話もなく、淡々と家事をこなすだけの二人には違和感しかなかった。
(どうしようかなぁ……)
悩みの種が増えてしまった、と額を押さえて唸る凛だった。
「お花見?」
衛宮邸の居間で魔術指導を終えた凛は、弟子である衛宮士郎に少し首を傾げて訊き返した。彼の従者・セイバーは衛宮士郎の隣で黙々とお茶請けを食べている。
サーヴァントという稀有な存在がいる特殊な状況であるというのに、戦闘もなく穏やかな昼下がりとなっていた。
春休みとなり、無事に進級も確定した凛は、二日に一度は衛宮邸を訪れている。衛宮士郎の魔術指導のためだった。高校卒業後は、凛とともに時計塔で魔術を学ぶ予定になっている衛宮士郎を、少しでも魔術が使えるように鍛えておきたいという理由からだ。
だが、衛宮士郎はいまだへっぽこ魔術使い。聖杯戦争が頓挫している状態であり、どんな揶揄を受けるかもしれない上、自身が連れてきた者が他人に馬鹿にされるなど凛としては容認できない。したがって、ロンドンに行くまでには、いっぱしの魔術師程度の知識と技術を身につけさせておきたい。
「そういえば、桜がもう満開だものね」
「そう。だから花見しようって、藤ねえの主催でな。って、あの人は酒飲んでどんちゃんできれば花なんかあってもなくても、なんでもいいんだけど」
「何気にひどい言いようね、藤村先生が聞いたら泣くわよ?」
「んー、事実だからなぁ。藤ねえは、昔っから変わらない。ずーっとあの調子だし」
「でも、それに救われているんでしょ? 衛宮くんは」
「まあ、そうだけど」
少し照れ臭そうに笑う衛宮士郎の横顔を見て、凛はアーチャーと士郎を思い浮かべる。
(こんなふうに笑うこともないのよねー、あいつら……)
アーチャーはさして以前と変わらないが、士郎の方は明らかに沈んでいるように見える。
(私の贔屓目なのかしら……?)
どうしても士郎の肩を持ってしまいがちな己の思考に“待った”をかけた。どちらかの言い分だけを一方的に信じるのはダメよ、と自身に言い聞かせておく。
「遠坂? どうした?」
きょとん、という表現が似合いそうな顔をして訊く衛宮士郎に、こっちのことよ、と笑みを刻み、話の続きを促す。
「明日、十時にいつもの交差点に集合だってさ」
「ふーん、了解。えっと、お弁当とか、そういうのは持っていった方がいい? 衛宮くんも桜も作るんでしょうけど、藤村先生とセイバーがいちゃ、私たちの分は残らなさそうね」
「あー、そうだな。悪いけど、弁当は持参で。多めに用意した方がいいと思う」
困り顔で答える衛宮士郎に、いいわよ、と凛は快諾する。
「あ、そうだ。お弁当の中身、カブらないようにしましょうよ」
いったいなんだというのだ。
好き、だと?
いや、それは嘘で、冗談だと、私をからかっただけだと言ったが……。
な、ならば、いい……。
好きだなんだと言われても、私にはどうすることもできない。
だいたい、私は守護者だ。
好き嫌いの対象に上がるような存在《もの》ではない。
そもそも、好き、とはなんだ?
私を好いているというのは、どういった種類のものなのだろうか。
家族的なものか、友人的なものか、それとも、ファン的なものか……?
ありえないと思うが、愛情の意味の好きであれば、ちょっとどうかしている。
そんなことを言おうものなら、士郎の頭の中を一度開いて覗いてみたいと思うが……。
だが、まあ、嘘だと言う。冗談だと、からかってみただけだと。
ならば、不問にしよう。
不思議と、からかわれたことに対して腹は立たなかった。
それから、これ以上、深く掘り下げないことが得策だと思った。
しかし、なぜ、士郎はそんな嘘を言ったのか?
それに、泣いたのは……?
私と直接供給などしたくなかったということなのだろうか。
では、誰ならばいいのか?
そういえば、私をヘタクソだと言った。
ということは、比べる者がいたということだ。
私はいったい誰と、もしくは何と比べられたのか?
私の行為がヘタクソだと言う、その意味するところはいったい?
「っ……」
何やら考え過ぎて頭痛がする。こんなときは、目の前のやるべきことをこなすに限る。
窓を開けて換気をし、床に落ちてしまった掛け布団をたたむ。その段階で、ようやく私は衣服を脱いだままだったことに思い至った。いつまでもこんな姿ではだめだ。いい加減正気に戻ってシャキっとしなければ……。
衣服を着て、いろいろな汚れを落とすために、一度、霊体となった。それから私は目の前のことに無理やり没頭しようと試みる。
湿ったマットレスをベッドから下ろして、とりあえず壁に立てかけ、汚れていたはずのシーツを探したが、部屋にはない。
どこへいったのかと考えたが、士郎が身体に巻きつけていたことを思い出した。
「洗わなければ」
洋間を出て風呂場へ向かう。脱衣所には気配がなく、士郎はまだ浴室にいるようだ。
その間にシーツを洗ってしまおうと、ざっとたたんで床に置かれたシーツを拾った。
浴室内からシャワーの音が聞こえる。戸一枚を隔てた向こうに士郎がいると思うと、こくり、と喉が鳴った。
いやいや、私は何を……。
頭を振り、気を取り直してシーツを予洗いしにかかる。シーツを洗っている間はずっとシャワーの音がしていた。まだ日中で、湯を張ってもいないだろうとは思うが、少し長すぎるのではないかと疑問を浮かべる。光熱費も馬鹿にならない。後々文句を言われる可能性もあるので、無駄遣いをしない方がいいだろう。
「士……」
声をかけようとしたが、やめた。なぜか、今は声をかけるべきではないという気がした。
「…………」
また、思い出す。
士郎は、どういうつもりで、あんな嘘を言ったのだろうか。
それに、泣いた理由はなんだったのか。
たくさん訊かなければならないことがあるが、それを問い質して、おかしな空気になりはしないだろうか?
悩ましいが、変に意識をするようになっては今後がやりにくい。
ならば、普段通りの平静を装っておけばいい。
何も質さず、何も気に留めず、今まで通り……。
そう結論付けたものの、それでいいのだろうか、という思いは消えなかった。
***
女子会旅行から帰ってきた凛とともに、アーチャーと士郎は遠坂邸に戻った。
凛が本当に険悪な感じはなくなっているのかどうかを確認するために目を光らせているが、一週間前までのギスギスした感じも、トゲトゲした感じもない。
(衛宮くんの話では、士郎の方が、ケンカを吹っ掛けてたってことだったけど……)
士郎がアーチャーに突っかかる様子もなく、二人は淡々と家事をこなしている。
ただ、どことなく背を向けあっている、ということは感じられた。が、それ以外で凛に影響を及ぼすことはない。
(一件落着なのかしら……?)
嵐の前の静けさ、と言えば物騒だが、実際そういう感覚を凛は受け取っている。
(表面的なケンカをやめたってことみだいだけど、根本的な解決には至っていないわよね、これ……)
どうしたものか、と己が従者たちを交互に見遣る。やはり会話もなく、淡々と家事をこなすだけの二人には違和感しかなかった。
(どうしようかなぁ……)
悩みの種が増えてしまった、と額を押さえて唸る凛だった。
「お花見?」
衛宮邸の居間で魔術指導を終えた凛は、弟子である衛宮士郎に少し首を傾げて訊き返した。彼の従者・セイバーは衛宮士郎の隣で黙々とお茶請けを食べている。
サーヴァントという稀有な存在がいる特殊な状況であるというのに、戦闘もなく穏やかな昼下がりとなっていた。
春休みとなり、無事に進級も確定した凛は、二日に一度は衛宮邸を訪れている。衛宮士郎の魔術指導のためだった。高校卒業後は、凛とともに時計塔で魔術を学ぶ予定になっている衛宮士郎を、少しでも魔術が使えるように鍛えておきたいという理由からだ。
だが、衛宮士郎はいまだへっぽこ魔術使い。聖杯戦争が頓挫している状態であり、どんな揶揄を受けるかもしれない上、自身が連れてきた者が他人に馬鹿にされるなど凛としては容認できない。したがって、ロンドンに行くまでには、いっぱしの魔術師程度の知識と技術を身につけさせておきたい。
「そういえば、桜がもう満開だものね」
「そう。だから花見しようって、藤ねえの主催でな。って、あの人は酒飲んでどんちゃんできれば花なんかあってもなくても、なんでもいいんだけど」
「何気にひどい言いようね、藤村先生が聞いたら泣くわよ?」
「んー、事実だからなぁ。藤ねえは、昔っから変わらない。ずーっとあの調子だし」
「でも、それに救われているんでしょ? 衛宮くんは」
「まあ、そうだけど」
少し照れ臭そうに笑う衛宮士郎の横顔を見て、凛はアーチャーと士郎を思い浮かべる。
(こんなふうに笑うこともないのよねー、あいつら……)
アーチャーはさして以前と変わらないが、士郎の方は明らかに沈んでいるように見える。
(私の贔屓目なのかしら……?)
どうしても士郎の肩を持ってしまいがちな己の思考に“待った”をかけた。どちらかの言い分だけを一方的に信じるのはダメよ、と自身に言い聞かせておく。
「遠坂? どうした?」
きょとん、という表現が似合いそうな顔をして訊く衛宮士郎に、こっちのことよ、と笑みを刻み、話の続きを促す。
「明日、十時にいつもの交差点に集合だってさ」
「ふーん、了解。えっと、お弁当とか、そういうのは持っていった方がいい? 衛宮くんも桜も作るんでしょうけど、藤村先生とセイバーがいちゃ、私たちの分は残らなさそうね」
「あー、そうだな。悪いけど、弁当は持参で。多めに用意した方がいいと思う」
困り顔で答える衛宮士郎に、いいわよ、と凛は快諾する。
「あ、そうだ。お弁当の中身、カブらないようにしましょうよ」