BUDDY 11
「え? さすがに、それは……、急な誘いだし、無理も言えないから——」
「うちには、アーチャーがいるのよ? 急とかそんなの関係ないわ!」
なぜか、拳を握って力説する凛に、衛宮士郎は曖昧に笑う。
「じゃ、じゃあ、俺が作るメニューを言えばいいか? それ以外のものを作れば重ならないだろうから」
「ええ。いいわよ」
「じゃあ、えっと、」
裏が白いチラシに衛宮士郎が明日の弁当の献立を書いていく。
(今日はこのまま買い出しに行った方がいいわね……)
昼を過ぎた頃合いで、平日の今くらいの時間帯ならばスーパーも空いている。
すぐに思念を送り、アーチャーに召集命令を出した。
「えらく急だな」
「あら? 一人なの? 士郎はどうしたのよ?」
「掃除をしている」
「そう……」
せっかく外に出られるようになったのに、士郎はあまり遠坂邸から出ようとしない。凛が強引に誘わなければ、士郎はずっと屋敷内にいる。
(まあ、見た目のことを気にしているんだろうけど……)
衛宮士郎と同じ容姿では、同級生や知り合いと出会ったときに厄介だと士郎は考えているようだ。
(そんなの、なんとでも言えるのに)
少し不機嫌な顔をしていたのだろう、アーチャーが、不服か、と訊いてきた。
「え?」
「私が来ては不服だったのか、と訊いているのだが?」
「ち、違うわよ! そうじゃなくて、士郎も一緒に来るかと思っていたから……」
言い訳がましく聞こえるかもしれないが、凛は本当にそのつもりだったのだ。
「生憎、士郎と常に行動をともにする必要も縛りもないのでな。お互い、それなりに自由の身になり、いつも一緒というわけではない」
「…………」
アーチャーの言うことは正しい。現状を的確に評している。だが、それを喜んでいる様子ではない傍らのアーチャーを見上げ、凛は小さなため息をこぼした。
(アーチャーの様子、そう変わりはないと思っていたけど、やっぱり元気がないような気がするわね……)
元々が元気溌剌という感じではないが、もう少し覇気があったように思う。
(考え過ぎなのかしら……?)
気にし過ぎの勘違い、ということもあるので、凛はもうしばらく二人の観察を続けようと思った。
あれこれと考えている間にスーパーに着き、アーチャーと買い物を済ませ、帰宅した凛は、荷物をアーチャーに任せてそのまま自室へ向かう。
薄手のコートを脱ぎ、クローゼットを開ければ、ハンガーに掛けられた制服に目が行く。
「あ、クリーニング、出してない……」
手に取ったハンガーにきっちりと掛けられた制服は、微かな柔軟剤の香りがして、洗濯されていることがわかった。
「手洗いでもしたのかしら……?」
制服を家庭で洗うのはハードルの高い作業だが、おそらくアーチャーが型崩れしないように洗濯してくれたのだろう。
家事においてアーチャーの右に出るものはいない。……という聖杯戦争には全く関係のないことで己がサーヴァントを認めていることに苦笑して、凛はクローゼットの扉を閉めた。明日の花見のことを二人に話さなければならないため、自室を出てリビングに向かう。
リビングに入れば人影は見えず、キッチンの方から話し声が聞こえてくる。
(先に話してくれているのね)
ドアの開いたキッチンを遠目で覗いてみると、アーチャーから説明を受けているらしい士郎は、時折、相槌を打ち、二、三質問し、いろいろと確認を取り合っている。
(二人とも、やることはきちんとやってくれているんだけど……)
春休みに入ってから凛は、アーチャーと士郎に家のことをすべて任せている。凛が自炊しようとすることもあるが、たいてい先にアーチャーか士郎がキッチンを占拠しているため、無理に手を出すこともないかと楽をさせてもらっている。
(明日、士郎も一緒に行けるといいんだけど……)
花見のメンバーは常に衛宮邸に出入りしている者たちだ。そこに士郎を連れてはいけない。
(変装でもすればいいのかしら?)
腕を組んで真剣に考えはじめる。
「凛?」
「え? な、なに?」
「難しい顔をして、何か悩み事でもあるのか?」
いつのまにか目の前にいるアーチャーが小首を傾げて訊いてくる。
「悩みじゃないんだけど……。明日のお花見、士郎も行けたらなぁって思っ——」
「無理だろう」
「…………そうね」
即答したアーチャーに一応頷いた凛だが、その顔は不機嫌さを露わにしていたようで、アーチャーが眉を顰めた。
「凛。アレが外に出ると厄介ごとにしかならない。君もそれは重々承知していることだろう?」
「わかってるわよ!」
わかっていても、そんな邪険にするような言い方ってないじゃない、と口に出せない不満が腹の中に溜まる。
「……明日、十時に待ち合わせだから! お弁当、頼むわね!」
踵を返し、凛はリビングを出た。ドスドスと足を踏み鳴らして自室に戻り、ベッドに突っ伏す。
むっとした顔を少し上げ、ぼすっと拳を枕に叩きつけた。
「あんな言い方、しなくてもいいじゃない」
少しくらい考えるそぶりがあっても、変装したらいけるかもとか、そういうアイディアを出し合ってもいいはずだ。結局は無理だと結論が出るのだとしても、ハナからだめだと決めつけず、何か方法を探ってもいいではないか、と……。
「一緒にお弁当、作ろうと思ってたのに……」
二人に丸投げするのではなく、凛も手伝うつもりだった。だが、アーチャーに士郎の参加を否定され、腹が立って自室に駆け込んでしまった。
「はぁ……」
ごろり、と寝返り、天井を見つめる。
「なんだっていうのよ……」
どうしてあの二人のことで自分がこんなふうに悩まなければならないのか、と腑に落ちない。
アーチャーの言い方に腹を立てていたが、自分にも腹が立ちはじめ、枕を抱きしめたとき、控えめなノックの音が聞こえて頭を上げる。
『遠坂、ちょっと、いいか?』
ドアの向こうから聞こえるのは士郎の声だ。
「あ、う、うん」
ドアが僅かに開いたが、士郎が入ってくる様子がない。
「いいわよ。入って」
首を捻りつつ入室許可を出せば、
「あ、うん。お邪魔します」
凛の許可を得てから、おずおずと部屋に入った士郎は、ドアを開け放ったままにして、戸口の側に立っている。
ドアの隙間を開けた士郎が顔を出すことなくそのまま待っていたことも、そんなところに立って近づいてこないことも不思議に思ったが、それは女性に対する配慮だった。
未婚女性が一人でいる部屋に男性がズカズカ入っていくのは良くないと士郎が考えている証拠である。その上、密室にしない気配りまでしていて、士郎はアーチャーに負けず劣らずの紳士だ。
また一つ同級生とは違う一面に気づく。
(モテたんでしょうね、こいつ……)
少々目を据わらせた凛はベッドから下り、士郎の側まで歩み寄った。
「なあに?」
「うん、あの……、明日の弁当のさ」
「うん」
「中華って、俺、苦手だから、遠坂に頼みたいなって思って」
「そうなの? アーチャーなら大丈夫なんじゃない?」
「あ、うん、でも、アーチャーも他のおかずを作ったりして手が空かないし、だから、遠坂に作ってほしい。ダメか?」