BUDDY 11
なぜだろうか、避けられている気もする。
当たり障りのない会話だけはしているが、肝心なことを何も話せていない気がする。
今夜にでも話を訊いた方がいいだろう。
『アーチャー』
不意に凛からの念話が届いた。
「どうした」
『ちょっと荷物が多くなっちゃったの。できれば迎えに来てほしいんだけど』
「士郎がいるだろう。奴に持たせて、」
『士郎もいっぱい持ってるの! いいから、来て!』
「どこにだ? 待ち合わせる場所は——」
『私のいる場所ならわかるでしょ!』
「お、おい! 凛? 凛!」
一方的に言った凛は、それきり反応しない。
「まったく……」
ため息をつきながらも、少しほっとしている自分がいる……。
「い、いや、とにかく、合流しなければ」
自分自身を叱咤し、凛の気配を探した。物理的な距離があるが、マスターの気配を追えないサーヴァントはいない。
「港?」
不可解さは拭えないが、とにかく行ってみればわかるだろうと、霊体となって凛の許へ向かった。
(なんだ、この状況……)
港に着けば、凛と士郎の他にもう一人、いや、もう一騎。
赤い槍を片手に持つ男・ランサーがいる。
士郎とランサーが相対していて、二人を結んだ線上からずれた、ちょうど真ん中あたりに凛が立っていた。
真上から見ると、三人を頂点にした平たい二等辺三角形ができあがる。いったい何がはじまるのかと見ていれば、その一つの頂点であるランサーが士郎へと近づいていった。
三角形が崩れる。
これは、どう見ても士郎をターゲットにしていると見て取れた。
どういう状況なのかはわからないが、凛は私を介しているとはいえ、士郎のマスター的な存在だ。その凛がランサーをけしかけた。
そんなふうに見えるのは、私がどうしようもなく士郎の肩を持ってしまうからだろうか?
これでは士郎がマスターに裏切られたサーヴァントのようだ。どうしても士郎が追い詰められているように見えてしまう。
だが、何かがおかしい。
士郎は逃げようとも、抗おうともしていない。あの一撃必殺の槍の威力はその身をもって経験しているというのに……。
それに、おかしいのは士郎だけではない。凛はこんなことを許すはずがないのだ。何しろ、士郎を襲ったランサーは、凛のガンドを喰らって散々な目に遭っている。したがって、凛が黙って何もしないというのが腑に落ちない。
なぜ、凛はランサーを止めようとしないのか、と不可解で仕方がない。
(何が起こっている……?)
疑問だらけで、そこに乱入していいのかどうかわからない。
(しかし、凛が私を呼んだ。荷物があるからと言って……。だが、荷物などどこにも見当たらない……)
士郎が持っているというたくさんの荷物も近くにはない。
『り——』
何かしらの緊急事態なのか、と声をかけようとした瞬間、ランサーの持つ赤い槍が一瞬の煌めきを見せ、突き出された。
『なっ!』
何も考えてなどいなかった。
いや、そんな暇などなかったというのが正解だろう。
ただ、あの槍に仕事をさせてはだめだということだけ。
思考など二の次で、霊体を解くとともに剣を投影し、士郎の胸部に切っ先が届く寸前で二人の間に割って入る。
甲高い音を立てて私の剣が砕けた。赤い槍は意外にすんなりと私の右方へと流れてくれている。
「何をしているのだ、貴様!」
頭に血がのぼっていて、自分でも何を怒鳴ったのか理解していなかった。俗に言う、ブチギレるという状態だったのかもしれない。
ランサーに口を挟むなと言われ、さらにカッとなって、勝手をするなと、士郎はオレのものだと、そんなことを口走っていた。
それから左側頭に衝撃を受けたような気がする。何が起きたのかは、よくわからない。
ただ、士郎の声が聞こえた。
何度もオレを呼んで、士郎は何かを話していたようだが、理解することはできなかった。
頬に水滴が落ちたのを感じる。
雨が降っているのだろうかと、ぼやけた意識の中で考える。
雨雲はなかったはずだ。
綺麗な夕焼け空だった。
(夕焼け……)
沈みゆく夕陽が、空を雲を街を染め、佇む士郎をも染め上げて、名残惜しげに消えていく光。
(あれは……)
いつのことだったか……、士郎と夕陽を眺めていたことを思い出した。
あれは、紛争地に身を置いて間もない頃、久しぶりに墓参りに行こうと言って日本に帰ってきたときだった。
自ら選んだ道に少し疲れていたのか、自身の無力さを噛みしめて、少し気持ちを整理したかったのか、士郎は何も言わなかったので、はっきりとした理由は知らない。
養父の墓参りを終え、赤い橋の見える川沿いで、何をするでもなく士郎は川面を見つめていた。
言葉を交わすこともなく、ただ私は士郎の傍らに立ち続けた。それが当たり前のことになっていたし、そうしていることが心地よくもあったから……。
「きれいだな」
ぽつり、とこぼした士郎は、真っ赤な夕陽を見つめていた。
街も川も何もかもを朱に染め、沈んでいく太陽を一心に見つめる瞳も赤く染まっている。
美しいと思った。
感動することすら久しい。
私は霊長の守護者として人を殺める装置であった。
だが、この時ばかりは人のなんたるかを思い出した気がした。
士郎が、思い出させてくれた————……と。
BUDDY 11 了(2021/12/3)