BUDDY 11
(何もないって、どういう意味なのかしら……?)
凛は、士郎の何を知っているわけではない。アーチャーに付随して現界し、その繋がりを無理やり剥ぎ取られ、今またアーチャーの使い魔として契約し、ここに現界しているという事実以外は、“知っている”と言っていいのかさえわからない程度だ。
けれど、アーチャーが、常に気にかけ、常に過保護にしている存在。それだけは確かな事実である。
アーチャーは士郎を相棒《バディ》だと言うが、凛には到底そんな簡単な言葉ですむような関係には見えない。
(アーチャーは、知らないのよね……?)
アーチャーならば必ず反対するだろうと思う。それに、そんな話があるとアーチャーから凛に何かしらの相談があるかもしれないと思うのだが、今のところアーチャーからは何も聞いていない。
「アーチャーは、なんて?」
「話してないよ」
「どうして?」
やっぱりね、と思ったが、表情には出さず、しれ、と訊く。
「必要ないだろ」
「……一応、アーチャーが士郎の主ってことになるでしょ、契約上は。だったら、私じゃなくて先にアーチャーに、」
「話したところで関係ないから」
「え?」
「遠坂がいいって言えば、アーチャーは反対しない」
顔を上げ、にこり、と士郎は微笑《わら》う。その笑顔がどうしてか、泣いているように見えた。
「士郎……、一つ、訊いてもいい?」
「なんだ?」
「アーチャーは、あなたのなに?」
「運命だ」
士郎は迷いなく答える。
「どんなに時が流れても、何があっても、薄れることのない記憶。あの夜は、俺に深く刻まれている」
寂しそうに笑って話す士郎が今度は幸せそうに見える。
(歪んでいるのね……)
アーチャーにしても士郎にしても、どこか、何かがずれていると凛には思えた。同級生の衛宮士郎にもそういうところがあるのを薄っすらと感じていた凛は、こいつらもか、と嘆息してしまう。
「わかった。じゃあ、最後にデートしましょ?」
「デート?」
「ええ。明日、私とデートしましょ。それで、思いっきり楽しむのよ! 断るなんて選択肢はないわよ!」
目を丸くしている士郎に、凛は、ぐっと拳を握って宣言した。
◇◇◇
明日だ。
遠坂とデートして、その後にランサーと会うことになった。
ランサーには遠坂が連絡を入れて、話をしてくれたらしい。俺が頼めば断ったクセに、遠坂の頼みはオッケーするのか……。
あいつもアーチャーと同じだ。遠坂には甘い。まあ、俺も他人のことは言えないけれど。
遠坂って、サーヴァントにモテるんだなぁ……。
いや、普通にモテるよな。いつだって遠坂は高嶺の花だったし……。
なのに、本人は全然自覚もなくて……。
心の贅肉とか言ってたら、恋人ができなくなるぞ。
好きになった人がいたら、心のままに動くことも大切だぞ……。
……って、俺に言われたくはないだろうけど。
そんなことを考えながら、コップの水を飲み干す。べつに喉が渇くわけでもないのに、風呂上りに水分をとるのは、人のときの癖なのかな……。
コップを洗って水切りカゴにふせ、キッチンから出れば、アーチャーと鉢合わせしてしまった。
「…………」
「…………」
この間の花見の夜以来、ロクに話もしなかったから、なんだか緊張してしまう。
「明日は出かけるそうだな」
「え? ぁ、う、うん……」
「凛はデートだと息巻いていたが?」
「ぁ、ああ、そう……。遠坂が……しようって……」
「まあ、楽しんでこい。せっかく外にも出られるようになったのだから」
アーチャーは聞いていないんだろうか、俺が消してもらうつもりだってこと。
(まあ、どうでもいいのかもな……)
知っていても、遠坂が許可したんならって止めることもないんだろうし。
(くそ……っ……)
名残惜しい。
もっと一緒にいたい。
もっと近くにいたい。
もっと、もっと触れていたい。
(ああ、もう! すごく、未練がましいっ!)
自分で自分が嫌になる。
「アーチャー、あの……」
やめろ、やめろ。
「なんだ?」
「ま、魔力を、少し……」
ダメだ、やめろ。
「魔力? 足りないのか?」
「あ、うん。都合してもらえないかな、って……。その……、予備というか、なんというか……」
なに言ってるんだ。そんなこと言っても、魔力は流れてるだろって、言われるのが、オチ————……、
「かまわないが」
「え?」
「足りないのだろう? 明日に備えてと考えているのなら重畳、というところだ」
「……そ、そっか。アンタが嫌じゃないなら……、少し…………」
一歩を踏み出し、飛びつくように両腕を逞しい首に回せば、アーチャーが抱き留めてくれた。そのまま顔を上げれば驚いた様子のアーチャーと目が合う。背伸びをして、アーチャーが止めないのをいいことに、唇を重ねた。
これが最後だと思うと泣きそうになる。
いつまででもこうしていたい。
だけど、そういうわけにはいかない。
しつこくないようにと心がけながらアーチャーとのキスを味わって、少しだけ魔力をもらって唇を離した。
「……さんきゅ」
「あ、ああ……」
アーチャーの腕が緩んで、少し後退る。
「おやすみ」
アーチャーの脇をすり抜け、リビングを出た。
俺の間借りする部屋に辿り着く前に涙が溢れてしまった。急いで部屋に駆け込んで、ベッドに潜り込む。
いつまで経っても消えないこの想いが、本当に憎らしかった。
***
昼過ぎに連れ立って家を出て、士郎は凛と新都へ向かった。
駅ビルの商業施設で遅い昼食をとり、凛の買い物に付き合い、オープンテラスのあるカフェで一息つき……、誰が見ても当たり前っぽい普通のデートというものに新鮮味を感じ、士郎は存外楽しいと感じていた。
今日はアーチャーが留守番をしている。出かける二人にアーチャーは、楽しんでこい、と言って送り出してくれた。
いつもと逆の立場であることに士郎は少し居心地の悪さを感じたが、そんなこともすぐに忘れ、凛との時間《デート》に集中する。
“アーチャーとだったら”と、思わなくもない。が、穂群原学園の高嶺の花であった凛と二人きりでいるだけでも高校生の頃であれば、ありがたいと思ったかもしれない。
今となってはその手の気持ちを凛に向けることもないが、初めて体験する物事というものはなんであれ、心が浮き立つものだ。
「遠坂、ありがとな」
「なぁに? 急に。私はなーんにもしてないわよ?」
ミルクティーのカップを口に運びながら、凛は、桜色をしたケーキにフォークを刺し、期間限定の桜スイーツを堪能しながら、少し首を傾げた。
「デートしようって、言ってくれた」
士郎が笑みを浮かべると、凛は少し照れ臭そうに目を逸らす。
「わ、私は、ちょっと買い物に付き合ってほしかっただけよ。それに、ずーっと士郎を外に出してあげたいと思っていたら、私のワガママよ」
「俺を、外に?」
「ええ、ずっとね」
凛は、フォークを置き、頬杖をついた。
「あんたをあの屋敷に縛りつけたのは私だもの。責任は感じていたわ」
「……遠坂がそんな責任を感じることじゃない。ああなったのは……、俺のせいなんだし……」
「ねえ、士郎」
「ん?」