BUDDY 11
「そうか? お望みならいつもの武装《やつ》に変えてやろうか?」
槍を持っていても険しい表情一つ見せないランサーは少し肩を竦めて訊いた。
「いや、いいよ。わざわざ、そんな必要ない」
「んじゃ、はじめるとするかねぇ」
軽い口調で言ってのけ、槍を構えたランサーに正面から向き合う。視界の端に凛がいた。そちらを見て、ありがとう、と礼を言って少し笑うことができた。
「べつに、お礼を言われたって、うれしくともなんともないわよ」
「うん、でも、俺の我が儘を叶えてくれたから、やっぱりお礼は言っておきたい」
「……言っとくけど、私は心底反対なんだからね! 士郎がどうしてもって言うから、渋々叶えてあげるだけよ!」
プイ、とそっぽを向いてしまった凛に眉を下げ、ごめん、と謝れば、それもいらない、と断られてしまう。
「私は、士郎ともっと話したかったし、もっとお出かけもしたかったし、もっとお買い物をしたかったの。それをぜーんぶ足蹴にして断ったあんたのこと、許さないわよ」
「あ、足蹴になんて、」
「“消えたい”なんて言われたマスターが、どんな気分か、あんたにはわかんないわよ!」
「遠坂……、ほんとに、ごめん……」
「でも、あんたがそれを何よりも望んでいると思うから、私は頷くしかなかった。苦しいのは、誰だって嫌だもの……。士郎がずっと抱えている想いは報われないかもしれないけど、もう少し違うやり方があったんじゃないかって、私は思うわ」
「違う……やり方?」
「嬢ちゃん、そろそろいいか? おれも時間がないんでね」
士郎が問おうとしたのを遮って、ランサーが痺れを切らしたように言う。
「あ、手間を取らせてごめんなさい。いいわよ」
「じゃ、遠慮なく」
スタスタと士郎へと歩み寄るランサーは、大きく振りかぶるでもなく、肩の高さくらいで槍を持っている。ちょうど二、三歩分を空けて足を止めたランサーは士郎を見下ろした。
「坊主……、もうちょっと違うカタチで出会えてりゃな」
「ランサー……。悪いな、嫌なことを引き受けてもらって」
「まあ、仕方ねえ。おれもだが、お前さんも、そういう生き方しかできねえんだろうよ。あー……、とっくに死んじまってるんだが、なんだ、そのー……、馬鹿は死んでも治らねえって、言うだろ?」
「そうだな」
槍の柄を握るランサーの拳に力が込められたのがわかった。
(ようやく終わりが来る……)
待ち望んでいたわけではない。できることならアーチャーと一緒にいたかった。だが、それは、どうしようもない苦しみでしかないために、もう消えてしまいたいと思うようになった。
「坊主、お前、本当に馬鹿だな……」
ランサーが口端を上げて笑う。その笑みにどんな意味があるのかわからない。待ったをかけるわけにはいかないので、その疑問は捨ててしまうことにした。
瞼を下ろして、士郎は“その瞬間《とき》”を待つ。
ほどなくして赤い槍が士郎の心臓へと吸い込まれそうな瞬間————、キィン、と金属のぶつかる甲高い音が響き、次いで何かが砕ける音が聞こえた。
「え?」
瞼を上げると、目の前が黒っぽいもので遮られている。
「な、に……?」
よくよく見れば、視界を阻むのはダークグレーの布地で、ランサーの姿は完全に見えなくなっていた。
「何をしているランサー! こいつはオレのものだと言ったはずだ!」
「てめえ、この期に及んでなに言ってやがる……。坊主が覚悟決めてんだ、てめえが口を挟む余地はねえっ!」
「士郎は私のものだ。たとえ士郎が望んでいたとしても、勝手は許さない!」
「…………」
何が起こっているのか、そして、目の前の、黒っぽい服を着た男は、何を言っているのか、士郎には困惑しかない。
「あーあー、もう、やってらんねえ。嬢ちゃん、お前さんの従者、支離滅裂だぜ? こいつを先に串刺しにしてもいいか?」
呆れ口調のランサーは見えず、話を振られた凛を振り向けば、凛は目を据わらせて士郎の前に立つ男を見ている。その黒っぽいシャツの背中を士郎も見上げた。
「そうね。ちょっと、私も頭が痛いわ……」
額に手を当てた凛が、大きなため息をついている。
「とぉ……さか…………」
この状況がいまいち飲み込めず、士郎が助けを求めるように再び凛を振り向けば、彼女は静かに左腕を肩の位置に上げた。
「え……」
たらり、と士郎のこめかみを冷たい汗が伝う。
「凛、私は——」
「問答無用ッ!」
弁明を鋭い声で遮った凛の指先から赤い光が放たれる。弧を描くこともなく真っ直ぐに士郎の前に立つ男に命中した。
「アーチャー!」
真横に倒れていく身体を追って膝をつき、その頭部をどうにか受け止める。ずっしりと重い身体が士郎の右腕と脚に乗りかかって身動きができない。だが、左腕だけは自由なので、突発的な膝枕で昏倒しているアーチャーの頬を軽く叩く。
「アーチャー! おい! 目を開けろ! アーチャー!」
何度呼んでも、肩を揺すっても、閉じた瞼は上がらない。どうしようもなくなって、士郎は凛を見上げる。その琥珀色の瞳には、明らかな敵意が孕んでいた。
「何するんだ、遠坂!」
「そいつが邪魔するからよ」
「だからって、」
「さ、ランサー続き」
「ちょっ、なに言って、」
「あんたが消してって言ったんじゃない。私はそれを叶えてあげるだけよ」
「ま、待ってくれ! 先にアーチャーを——」
「士郎には関係ないんでしょ?」
士郎は昨日、アーチャーは関係ないとはっきり言った。だから、今、アーチャーがどうなっていようと士郎には関係がないはずだ、と凛は言う。
そうだ、と肯定しなければならないというのに、アーチャーを放置はできない。それは昨日の今日で自身の言葉を翻すことになるため、士郎は何も言えなくなる。
だが、このままにしてはおけない。アーチャーが喰らったのはガンドだ。対魔力のある者ならば大したことのない攻撃でも、エミヤシロウは元来、対魔力が少ない。ならば、それはアーチャーも同じで、いくら守護者になったと云えど、このままでは最悪の場合、座に還ることになるかもしれない。
「————わけ、ないっ!」
「え? なあに? よく聞こえない」
「関係ない、わけない! アーチャーは……っ…………、アーチャーに、何かしたら、誰であっても、俺は許さないっ!」
思いがけず、本音が出ていた。
言ってしまってから、自分の口を手で押さえ、今、自分が何を口走ったのかと、困惑する。
「あ……、俺……」
誰であっても許さない、などと凛に言ってしまったことを、失言だと撤回するにはもう遅すぎる。
「へえー、許さない、ねえ……。それで? 士郎は、どうしたいの?」
嫌な汗を流しながら、士郎の失言に怒るでもない凛を見上げた。彼女はなぜか士郎に選択する間を与えてくれている。
「…………こ、このままに……しておけない……、だから…………、だ、だから、俺を消すのを、…………待ってほしい……」
身勝手な願いであることを重々承知して、士郎は消え入りたい思いで口にした。
反省の極みだ。
何もかもを投げ出して、何とも真正面から向き合おうとせず、そうして、ひとり悟ったように消えたいなどと、どの口が言うのかと士郎は今になって思い知る。