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幸せを願う夜だから

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 炭治郎の持っている箱はひとつきりだ。クリスマスケーキなんぞ、ひとかけらでも口にできたら御の字というところだろう。甘露寺が作るご馳走とやらだって、全員に行き渡るのかすら疑わしい。 

「不死川さん、キャラメル何個買えばいいと思います? 俺、見たことないんですけど、持ちきれますかね?」
「……ニ十粒入りの小さな箱だァ。五箱もありゃあ、ひとり一粒は余裕で足りんだろうよ」

 答えてやったのは、あんまりにもうるさいからだ。玄弥がキャラメルに目を輝かせるのを想像したからじゃない。クリスマスなのだ。今日ぐらいは、玄弥にだって楽しいことがあってもいいじゃないか。自分の手で、もみの木の下に贈り物を置いてやることはできなくても。

「そうなんですね! じゃあキャラメルは五箱、っと。みんな喜んでくれますよね!」
「おい、それよりケーキがひとつきりじゃ、食えねぇ奴ばっかだろうがァ」
 玄弥は人を押しのけてまでご馳走にありつこうとなんかしない。冨岡が用意するキャラメルはともかく、ご馳走もケーキも食べられない可能性が高い気がする。
 それはたぶん、小うるさいこのガキも同じことだ。そこのところを、甘露寺はちゃんと考えているのだろうか。
 参加する予定らしい冨岡や伊黒が、そこまで気を回すとも思えず、なんとはなし心配になった。

「……不死川さんもそう思いますか? 俺もこれだけじゃ足りなそうだなぁとは思うんですけど、ほかにもなにか買っていったほうがいいですかね? 義勇さんも楽しみにしてるのに、足りなくてあんまり食べられなかったらかわいそうだし……」
 でも、クリスマスってなにを買えばいいんでしょうと言う困り切った声に、つい振り向いた。思い切り眉を下げた炭治郎は、いまだに一間ほど離れている。律儀なことだ。
「……銀座の凮月堂にでも行きゃいいだろうがァ」

 実弥自身は、おはぎのやさしい甘さのほうが好きではあるが、洋菓子だってたまには口にする。初めて洋菓子を口にしたのは、柱となってすぐだった。

 もらった給与の額にビックリして、喜ぶより先にやけに苛立った。使いきっちまえと思ったものの、欲しいものなど特になく、好物を買ってもたかが知れる。やけ食いよろしく買い求めたのは、以前は指をくわえて見ることしかできなかった洋菓子だ。
 日銭を稼ぐために、繁華街を渡り歩いて必死に働いていたころは、あんなものは御大尽の食いもんだ、俺らみたいな貧乏人には縁がないと、横目でにらんでいるだけだった凮月堂。家族全員が何カ月食いつなげるだろうという金が、たかが菓子に飛んでいく。ワクワクとした気持ちなどどこにもなかった。
 マシマロ、シウクレーム、甘露糖(リキュールボンボン)にビスケット、アイスクリームも初めて食べた。どれだけ買い込んでも、たいして減ってはいない給金。食べながら、気がつけば泣いていた。
 食わせてやりたかった。甘い、おいしいと、笑う就也たちを、玄弥を、見たかった。畜生、畜生と、泣きながら平らげた菓子のせいで、ひどく胸やけしたのを、いまだに覚えている。初めての洋菓子は、甘ったるいくせにどこかしょっぱかった。

「銀座ですか? 俺、行ったことないです。えっと、ふーげつどーって、どう行けばいいのかな。あんまり遅くなったら義勇さんに心配かけちゃうしなぁ」
 それぐらい自分でどうにかしろと言い捨て置いていくのは簡単だ。けれど、こいつが無事に買い物を済ませて帰るころには、もうクリスマスのパーティーとやらは終わってるかもしれない。シチウもきっと作れないだろう。

 言い訳だと、自分でもわかっている。

「あの、不死川さん。申しわけないですけど」
「うるせぇ! 行きゃいいんだろ!」
 頼まれるより先に怒鳴ったのは、半分以上が誤魔化しだ。
 このガキがいなくて冨岡がしょんぼりと眉を下げるさまは、ちょっと見てみたい気もするが、今日はクリスマスだ。いけ好かない奴らにも、名前もろくに覚えていない下っ端隊士たちにも、少しはやさしくしてやってもいい。
「本当ですかっ、ありがとうございます!」
 炭治郎はうれしげに笑う。本当に調子が狂う。
「チッ、今日だけだァ。クリスマス、だからなァ」
 小さな独り言に、炭治郎は、はい! と朗らかに笑っている。
「おら、行くぞ。金は俺が出してやらァ」
「そんなわけにはいきませんよっ! 俺も出します!」
「うるせェ! 俺は柱なんだよっ、てめぇら下っ端は、贈りもんをガキみてぇに笑って受けとっとけやァ」
 眉を跳ね上げ食ってかかった炭治郎が、実弥の言葉にきょとりと目をしばたたかせたと思ったら、面映ゆげに肩をすくめた。
「そういうことなら。義勇さんと不死川さんからの贈り物、みんな喜びます」
 きっと玄弥も。そんな言葉が聞えた気がしたが、実弥は無視を決め込んだ。

 菓子だけ届けてすぐに帰るつもりでいる。一緒に騒ぐ気はない。それでも少しだけ。そう、贈り物を全員が受け取るのを、見届けるぐらいはしてもいい。

 木枯らしが吹く冬の夜。首をすくめて早足になる人波を、実弥も急いで歩く。きっちり一間おいてついてくる炭治郎は、後ろできっとニコニコとしているのだろう。
 おかげでシチウ作るのに間に合いそうですと礼を言う声に、肩をすくめた。甘露寺がシチウを作るとは決まっちゃいないだろうに、義勇さん喜んでくれるかなとウキウキと言うのに、少しあきれもする。
 けれども、今日はクリスマス。大切な者には笑っていてほしいと願うのは、誰しも同じ夜だろう。
 一番大切な弟にも、サンタクロースでもばいなはつまんとやらでもくるといい。もう子どもじゃないというのなら、せめて腹いっぱいうまいもんを食って、笑えるといい。
 神様なんて信じちゃいない。ましてや異国の神など、実弥にはてんで関係のない話だ。だけど今日ぐらいは祝ってやる。だから、神様どうかと願う。どうか、どうか、幸せをひとつ、あいつにも。
 泣きながら食べたしょっぱくて甘い菓子の記憶が、顔をほころばせる弟の思い出へと変わるのを、実弥は願う。
 ついでに、ちょっとだけ印象の変わったすまし顔野郎と、小生意気なガキも、寄り添って笑っていられるよう、少しぐらいは祈ってやってもいい。なにしろ今日は、クリスマスなので。

 冬の町を歩き出した実弥の目は、やわらかく微笑んでいた。
作品名:幸せを願う夜だから 作家名:オバ/OBA