幸せを願う夜だから
昨日笑いあった仲間が今日には死んでいるのが鬼狩りだ。クリスマスケーキがどうした。悠長にクリスマスなんぞにうつつを抜かす暇がどこにある。
ふざけんなとの怒鳴り声を飲みこんだのは
「お館様にも、過酷な生活だからこそ、晴れの日を寿ぐ余裕も必要だよって言ってもらえたそうで。甘露寺さんがすごく張り切ってるんです」
と、言われたからだ。
炭治郎には機先を制したつもりなどないだろうが、お館様のお墨付きをもらっているとなれば、実弥に反対する理由はない。鬼が絡めばお館様にであっても反論もするが、隊士たちを思っての言に口をはさむわけにもいかないではないか。
だが、自分がそれに乗る必要はないはずだ。浮かれたいのなら勝手に浮かれりゃいいと、
「ハイカラなもんは食いたかねェ」
言い捨て歩きだそうとしたのだが、フンフンと鼻をうごめかせた炭治郎に、小首をかしげて「でもコロッケの匂いしますよ」などと言われてしまえば、言い訳もできない。
オマケなんぞ貰うんじゃなかったと、また舌打ち。まったくもって調子が狂う。
「義勇さんも喜びますから、ぜひ!」
「んなわけあるかァ」
ともあれ自分は御免こうむると歩きだしても、炭治郎は引く気を見せない。
「義勇さんは不死川さんとも仲良くしたいんです。やさしくて情の深い人だから。このあいだも俺がクリスマスを知らないって言ったら、サンタクロースの絵本を買ってきて読んでくれました。サンタクロースのお爺さんは、ドイツでは『ばいなはつまん』って言うんですって。ドイツ語ならちょっとだけ知ってるって言って、ほかにも『だんけせん』とか、えーと、『ぐーてんもるげん』とか、少しだけドイツ語も教えてくれたんです! お父さんがお医者さんだったから、ドイツ語は少し馴染みがあるんだって言ってました。俺は世慣れてないし学もないけど、義勇さんは俺の知らないこともいっぱい知ってるんです」
なるほど、ガキのころから苦労知らずのお坊ちゃんってわけか。
脳裏に浮かんだ気位の高そうな厭味ったらしいすまし顔に、なにからなにまでいけ好かない奴だと、胸中で吐き捨てる。
クリスマスにはもみの木を飾りたて、並ぶご馳走を当然の顔して平らげていたんだろう。母の泣き声やくそ親父の怒鳴り声を聞いて過ごしたことなど、一日たりとないに違いない。
就也やことたちは、キラキラしたもみの木も、サンタクロースとやらの贈り物もご馳走も、なにひとつ知らぬままに命を落とした。クリスマスケーキなぞ、見たこともないままに。この違いはなんなのだ。
育ちの差をうんぬんしたところで、僻みややっかみでしかない。実弥もわかっているが、腹が立つのは止めようがなかった。
「お父さんとお母さんの思い出が少ないから、お父さんに教えてもらったドイツ語は忘れたくなかったんだって言ってました。俺は家族の思い出がいっぱいあるけど、義勇さんは、お父さんたちが亡くなったのが小さいころだったから、覚えてることはあんまりないそうです……。刑務所内でペスト患者が出たそうで、あ、義勇さんのお父さんは刑務所の勤務医? だったって聞きました。看護婦さんだったお母さんと一緒に、家にも帰らずに治療にあたって、自分たちもペストで亡くなったって……義勇さん、まだ小さかったのに、お父さんたち無念だっただろうなって思います。義勇さんは、それからずっとお姉さんとふたりきりで暮らしてたって言ってました」
知るかよ。そんなこと。お坊ちゃんにもひとかどの苦労があったらしいが、だからって同情してやる義理もない。
「婚礼の前日にお姉さんが鬼に殺されるまでは、ささやかだけどふたりでクリスマスを祝ってたって、義勇さん、懐かしそうだったなぁ」
みんな同じだ。生まれ育ちは違おうとも、大切な誰かを鬼に殺された。あいつだけじゃないし、俺だけでもない。みんな、同じ。
「義勇さんって、きれいで格好良くて強いのに、かわいいんです。ばいなはつまんのお爺さんがきてくれても、お供のロバに噛まれちゃうかもしれないとか、悪い子だったって思われて鞭でぶたれるかもって、ちょっと怖かったとか言うんですよ? かわいい人ですよね。クリスマスはお姉さんに一緒に眠ってもらってたって言ってました。あんな強い人に、小さいころは弱虫だったなんて言われても、信じられないですよねっ」
炭治郎のおしゃべりはやまない。接近禁止を守るつもりはあるようで、かたくなに少し離れてついてくる。
ずいぶんと慕っているのは承知しているが、炭治郎が語る言の葉は、兄弟子である冨岡のことばかりだ。だが、実弥が知る高慢ちきな男とはどうにも一致しない。まさかあの居丈高な野郎も、自分の恥ずかしい思い出話が筒抜けになっているなど、思いもよらないだろう。
「義勇さんのおうちでは、クリスマスにはシチウが出てたんですって。お姉さんが作ってくれるんだけど、卵を産まなくなった鶏を絞めるのだけは嫌だったって言ってました。甘露寺さん、シチウも作ってくれるといいですよねっ。お手伝いさせてもらったら、作り方を覚えて俺も作ってあげたいなぁ。不死川さんはシチウ好きですか? 俺はまだ食べたことないんで楽しみなんです。あ、キャベヂのサラドも出ますよ。甘露寺さんが言ってました。あっ!」
よくもまぁピイチクパアチクと話しまくれるもんだと苛々しつつもあきれていれば、炭治郎が唐突に叫ぶなりあわてだした。
「ど、どうしようっ! 義勇さんに、ついでにキャラメルを買ってきてくれって言われてるんです! 隊士たちに贈り物をするからって! 不死川さん、ミルクキャラメルってどこに売ってるか知ってますか!?」
「アァ? んなもん、俺が知るかァ」
隊士への贈り物にキャラメルときたか。
一箱の値段が米五合と変わらないと聞いたら、このガキはどんな顔をするんだろう。遣いならば金は預かってきてるのだろうが、菓子だと言われているのだから、そんなに高価なものだとは思っていないだろう。仰天する様を想像し、少しだけ実弥はおかしくなった。
売っている店やら値段までは伝えていなかったらしいあの男は、どんな顔をしてキャラメルにしようと決めたのやら。煙草を吸う隊士などほぼいないのに、代用品のキャラメルをえらぶ辺り、とんちきなことだ。そもそも贈り物なぞ、思いつくような奴だとは思いもしなかった。
隊士たちへの人気取り、と、十五分ほど前までならば唾棄したくなっていたかもしれない。けれどももう、そんな勘繰りは浮かばなかった。
「えー、どうしよう。お菓子なんだから菓子屋に行けばいいのかな。ぱーてーにくる隊士のぶんって、どれぐらい買えばいいんだろ? えーと、善逸と伊之助は絶対にくるよな。そしたら玄弥も来てくれるかな。時透くんや宇髄さんたちも誘うって甘露寺さん言ってたし、甘露寺さんの稽古を受けてる人たちは参加するはずだし……」
なんの気なしに口にしただろう名前に、ドキリと胸が音を立てた。
どれだけ派手にやらかす気なんだ。引退した同僚の高笑いが聞えそうなほどに、騒々しい集まりになりそうではないか。