BUDDY 12
BUDDY 12
「どうして……」
アーチャーは、どうしてランサーを止めたんだろう?
遠坂が言っていた、アーチャーが俺を優先しているって、どういうことだ?
アーチャーが優先するのは、遠坂とセイバーと桜と藤ねえ……、それから数多の人々。
俺を優先することなんて、ありえないのに。
でも、アーチャーは俺を庇うようにランサーの槍の前に割って入った。
「危険なのに……」
あの槍、ほんと、危ないんだ。突き刺されたら絶対死ぬやつだし……。
(なのに、アーチャーは……)
俺を守るみたいに、槍の前に立ちはだかった。
おまけに俺を、自分のものだって言った。
それって、ただ単に、自分の使い魔だっていう意味なのか?
それとも、別の意味……?
「なんだよ、別の意味って……」
笑えてしまう。
なんの期待をしてるんだって話だ。なんにも期待なんて抱けないはずなのに。
アーチャーは俺に応えない。いや、俺に何かしらの感情なんてものを湧かせない。
そんなこと、わかってるのに……。
「…………まだ、目が覚めない」
ベッドに仰臥しているアーチャーを見つめた。
細く浅い呼吸を繰り返している。わかりにくいけど顔色が悪くて、ずっと眉間にシワを寄せていて、とても苦しそうだ。
アーチャーの額にのせたタオルに手を伸ばす。触れてみると温くなっていた。
アーチャーを起こさないよう、慎重にタオルを取って、氷水を張った洗面器に浸け、軽く絞ってまた額にのせる。もう何度繰り返したかもわからない作業だ。
(あれから二日も経つのに……)
こんなふうに触れたり、側で誰かが動いていると、通常のアーチャーなら目を開けて睨んできてもおかしくない。なのに、アーチャーは眠ったままだ。
まだ、アーチャーの熱は下がらない。遠坂は風邪程度だって言っていたけど……。
「それって、対魔力の少ない俺たちには、相当ひどい状態になるやつなんじゃないのか……?」
当たってほしくない予想ほど、よく当たる。遠坂は大事な場面でポカをするところがあるから、あながち外れていないだろう。
べつに今回のことは大事な局面でもなんでもないけれど。
たぶん、俺の予想が当たっていると思う。
しばらくアーチャーの看病は続くだろうと覚悟した。
俺の予想通り、アーチャーの熱はなかなか下がらず、思わず人が飲む解熱剤でも飲ませてやりたくなるほどだ。サーヴァントにそんなものが効くわけがないのはわかっているけど、なんでもいいから、少しでも可能性がありそうなことを試してやりたいと思うのは、誰にだってある感情だろう。
ここまできてしまうと、ただの風邪なんて説明では済ませなくなる。四月になって新年度の準備をはじめている遠坂に、しつこく治し方を訊けば、知らない、と言われてしまった。
そんな無責任な……。
確かに、ガンドなんて相手を倒す目的で放つんだから、その治療法なんか知らなくてもいいんだろう。だけどさ……、だったら、なんだってアーチャーを撃ったんだよ……。
もう、ため息しか出ない。
「日にち薬よ」
遠坂はあっけらかん、と言ってのける。
「どんなに酷い風邪だって、熱が上がりきれば下がっていくものだし、ましてやサーヴァントなんだもの、体力は人のそれとは違うのよ。眠らせていればそのうち良くなるわよ」
「そ、そりゃ、サーヴァントだけど、現にアーチャーは苦しそうで、」
「加減を間違ったのは私が悪かったわよ。だけど、アーチャーの支離滅裂さも問題でしょ?」
「そ、それとこれとは、」
「とにかく、死には……あー、じゃなくて、座に還るようなことにはならないから、安心しなさい。なんのための契約なのよ。私の魔力はきちんとアーチャーに流れているわ。どちらかといえば、士郎、あんたの方が心配よ?」
「え?」
「アーチャーからの魔力、滞っていたりはしない?」
「あ……」
「まさか、失念していたの? それじゃあ、アーチャーが目覚めたときにあんたが消え去ってるってことになりかねないわよ?」
「でも、そのくらいアーチャーは魔力が必要ってことなんだろ? だったら、俺に回す分がなく——」
「私の言ったこと、聞こえていないの? アーチャーが目覚めても、あんたがいなくちゃ、本末転倒だってのよ!」
遠坂に怒られてしまった。
それから、あの、到底飲み物とは思えないカラフルな魔力補給の液体を渡されてしまった。
「一日一本。アーチャーからの魔力が流れてくるまで、必ず飲むのよ!」
頷くしかない。遠坂には本当に骨を折ってもらってばっかりだから。
「士郎、アーチャーのこと、頼むわね?」
うんざりと見ていた試験管から視線を上げて、不意に優しい声になった遠坂を見つめる。
「それから、素直になりなさいね」
つん、と額を指で突いてきた遠坂は買い物に出かけた。
いつもはアーチャーが行く夕飯の買い出しを遠坂がしている。自炊も欠かさないし、俺が台所に立とうものなら、アーチャーの看病をしていろと言って追い出される。
「不器用だな、遠坂」
遠坂が責任を感じていることがわかる。口では厳しいことを言いつつ、そうやってアーチャーについていろって俺に言うんだから、心配しているんだよな、遠坂も。
アーチャーの部屋……というか、俺が間借りしていた部屋にアーチャーは寝ているから、俺の部屋なんだろうか?
とにかく、俺たちが借りている部屋へ向かい、壁際の机に魔力補給用のドリンクを置いた。
すぐにベッドへ向かい、アーチャーの額にのせたタオルを確認する。また温くなっているから氷水に浸してのせ、熱はどうかと首筋にそっと触れてみた。
「まだ熱いな……」
だけど、触れた首筋は、しっとりと湿っていた。
「汗が出てきたのか」
もしかしたら、熱が下がってくるかもしれない。サーヴァントは人じゃないから、一概にそうとは限らないけれど、少し期待してしまう。
「あ、汗をかくんなら、着替え……」
いや、アーチャーの着替えって、ないよな?
アーチャーの衣服は魔力で編まれている。だから、俺みたいに遠坂が着替えを用意するようなことはなかった。
アーチャーの服、汗で濡れたらどうすればいいんだ?
考えてみたもののわからない。
「……こまめに拭うしかないか」
タオルを準備するために、すぐに部屋を後にした。
◆◆◆
身体が重い。
苦しい。
熱い。
私は、いったい……。
何が起こっているのか、と考えようとしても、すぐに意識が遠のいていきそうになる。
どうにか意識を手繰り寄せて、必死に考えを巡らせた。
確か、港で……。
士郎がランサーに……。
ひんやりとしたものが頬に触れたのを感じた。
ああ、心地がいい。
熱い。
この暑苦しさをどうにかしたい。
まるで熱砂の中にいるようだ。
いったい、なんだというのか。
私はサーヴァントのはずだが、これは、発熱しているのと同じ状態なのではないか。
いや、そんなことよりも、士郎は、どこだ?
士郎は、まだいるのか?
もしや、あのままランサーに?
だが、私は奴の槍を逸らした。したがって、士郎が貫かれたというのは考え難い。私が間に割って入ったのだから、士郎を守れていたはずだ。
「どうして……」
アーチャーは、どうしてランサーを止めたんだろう?
遠坂が言っていた、アーチャーが俺を優先しているって、どういうことだ?
アーチャーが優先するのは、遠坂とセイバーと桜と藤ねえ……、それから数多の人々。
俺を優先することなんて、ありえないのに。
でも、アーチャーは俺を庇うようにランサーの槍の前に割って入った。
「危険なのに……」
あの槍、ほんと、危ないんだ。突き刺されたら絶対死ぬやつだし……。
(なのに、アーチャーは……)
俺を守るみたいに、槍の前に立ちはだかった。
おまけに俺を、自分のものだって言った。
それって、ただ単に、自分の使い魔だっていう意味なのか?
それとも、別の意味……?
「なんだよ、別の意味って……」
笑えてしまう。
なんの期待をしてるんだって話だ。なんにも期待なんて抱けないはずなのに。
アーチャーは俺に応えない。いや、俺に何かしらの感情なんてものを湧かせない。
そんなこと、わかってるのに……。
「…………まだ、目が覚めない」
ベッドに仰臥しているアーチャーを見つめた。
細く浅い呼吸を繰り返している。わかりにくいけど顔色が悪くて、ずっと眉間にシワを寄せていて、とても苦しそうだ。
アーチャーの額にのせたタオルに手を伸ばす。触れてみると温くなっていた。
アーチャーを起こさないよう、慎重にタオルを取って、氷水を張った洗面器に浸け、軽く絞ってまた額にのせる。もう何度繰り返したかもわからない作業だ。
(あれから二日も経つのに……)
こんなふうに触れたり、側で誰かが動いていると、通常のアーチャーなら目を開けて睨んできてもおかしくない。なのに、アーチャーは眠ったままだ。
まだ、アーチャーの熱は下がらない。遠坂は風邪程度だって言っていたけど……。
「それって、対魔力の少ない俺たちには、相当ひどい状態になるやつなんじゃないのか……?」
当たってほしくない予想ほど、よく当たる。遠坂は大事な場面でポカをするところがあるから、あながち外れていないだろう。
べつに今回のことは大事な局面でもなんでもないけれど。
たぶん、俺の予想が当たっていると思う。
しばらくアーチャーの看病は続くだろうと覚悟した。
俺の予想通り、アーチャーの熱はなかなか下がらず、思わず人が飲む解熱剤でも飲ませてやりたくなるほどだ。サーヴァントにそんなものが効くわけがないのはわかっているけど、なんでもいいから、少しでも可能性がありそうなことを試してやりたいと思うのは、誰にだってある感情だろう。
ここまできてしまうと、ただの風邪なんて説明では済ませなくなる。四月になって新年度の準備をはじめている遠坂に、しつこく治し方を訊けば、知らない、と言われてしまった。
そんな無責任な……。
確かに、ガンドなんて相手を倒す目的で放つんだから、その治療法なんか知らなくてもいいんだろう。だけどさ……、だったら、なんだってアーチャーを撃ったんだよ……。
もう、ため息しか出ない。
「日にち薬よ」
遠坂はあっけらかん、と言ってのける。
「どんなに酷い風邪だって、熱が上がりきれば下がっていくものだし、ましてやサーヴァントなんだもの、体力は人のそれとは違うのよ。眠らせていればそのうち良くなるわよ」
「そ、そりゃ、サーヴァントだけど、現にアーチャーは苦しそうで、」
「加減を間違ったのは私が悪かったわよ。だけど、アーチャーの支離滅裂さも問題でしょ?」
「そ、それとこれとは、」
「とにかく、死には……あー、じゃなくて、座に還るようなことにはならないから、安心しなさい。なんのための契約なのよ。私の魔力はきちんとアーチャーに流れているわ。どちらかといえば、士郎、あんたの方が心配よ?」
「え?」
「アーチャーからの魔力、滞っていたりはしない?」
「あ……」
「まさか、失念していたの? それじゃあ、アーチャーが目覚めたときにあんたが消え去ってるってことになりかねないわよ?」
「でも、そのくらいアーチャーは魔力が必要ってことなんだろ? だったら、俺に回す分がなく——」
「私の言ったこと、聞こえていないの? アーチャーが目覚めても、あんたがいなくちゃ、本末転倒だってのよ!」
遠坂に怒られてしまった。
それから、あの、到底飲み物とは思えないカラフルな魔力補給の液体を渡されてしまった。
「一日一本。アーチャーからの魔力が流れてくるまで、必ず飲むのよ!」
頷くしかない。遠坂には本当に骨を折ってもらってばっかりだから。
「士郎、アーチャーのこと、頼むわね?」
うんざりと見ていた試験管から視線を上げて、不意に優しい声になった遠坂を見つめる。
「それから、素直になりなさいね」
つん、と額を指で突いてきた遠坂は買い物に出かけた。
いつもはアーチャーが行く夕飯の買い出しを遠坂がしている。自炊も欠かさないし、俺が台所に立とうものなら、アーチャーの看病をしていろと言って追い出される。
「不器用だな、遠坂」
遠坂が責任を感じていることがわかる。口では厳しいことを言いつつ、そうやってアーチャーについていろって俺に言うんだから、心配しているんだよな、遠坂も。
アーチャーの部屋……というか、俺が間借りしていた部屋にアーチャーは寝ているから、俺の部屋なんだろうか?
とにかく、俺たちが借りている部屋へ向かい、壁際の机に魔力補給用のドリンクを置いた。
すぐにベッドへ向かい、アーチャーの額にのせたタオルを確認する。また温くなっているから氷水に浸してのせ、熱はどうかと首筋にそっと触れてみた。
「まだ熱いな……」
だけど、触れた首筋は、しっとりと湿っていた。
「汗が出てきたのか」
もしかしたら、熱が下がってくるかもしれない。サーヴァントは人じゃないから、一概にそうとは限らないけれど、少し期待してしまう。
「あ、汗をかくんなら、着替え……」
いや、アーチャーの着替えって、ないよな?
アーチャーの衣服は魔力で編まれている。だから、俺みたいに遠坂が着替えを用意するようなことはなかった。
アーチャーの服、汗で濡れたらどうすればいいんだ?
考えてみたもののわからない。
「……こまめに拭うしかないか」
タオルを準備するために、すぐに部屋を後にした。
◆◆◆
身体が重い。
苦しい。
熱い。
私は、いったい……。
何が起こっているのか、と考えようとしても、すぐに意識が遠のいていきそうになる。
どうにか意識を手繰り寄せて、必死に考えを巡らせた。
確か、港で……。
士郎がランサーに……。
ひんやりとしたものが頬に触れたのを感じた。
ああ、心地がいい。
熱い。
この暑苦しさをどうにかしたい。
まるで熱砂の中にいるようだ。
いったい、なんだというのか。
私はサーヴァントのはずだが、これは、発熱しているのと同じ状態なのではないか。
いや、そんなことよりも、士郎は、どこだ?
士郎は、まだいるのか?
もしや、あのままランサーに?
だが、私は奴の槍を逸らした。したがって、士郎が貫かれたというのは考え難い。私が間に割って入ったのだから、士郎を守れていたはずだ。