「それは選択の」
彼らはいつも似たような会話を交わしていた。エルフの中でも変わり者揃いと有名な闇
の森のエルフの中にあって、その中でも更に変わり者で通っていたその森の王子と、もっ
とも高名な血を継ぎ最も高名な死せる乙女に生き写しと呼ばれた姫君に、どういった共通
点があったかといえば、つまり変わり種揃いという事だった。彼らはエルダールの常のよ
うに世を嘆く事もなく、歌と舞と涙の内に世界を輝く幻の中に閉じ込める事もない。夕星
は常に己の運命を見通し、自分がやがて愛と死とを選ぶ事を知っていると常に嘯いていた。
実際にその荒唐無稽な予言が何を意味するのか、それが明らかになったのはごく最近の
事だったが。
裂け谷にあの小さな子がやって来て、小さくなくなって、彼女の姿を垣間見たのは、決
して上古の物語ではない。
あのちいさな子。希望と王とエルダールの望みの名をすべて受けた、星の色の瞳をした
ちいさな子。
世界すべてを照らし出すその色。星の光。
……だからあのこがいなくなる日には、きっと世界は色をまた少し失う。
彼女の問いに彼は少し宙を見て、考えた後、沈黙の後に回答した。
「―――無理だろうね、きっと?」
肩をすくめた。彼は笑い、そして彼女も笑っていた。
灰色になった世界、その中ではどんな薄明も黄昏も夜明けもきっと意味を失うのだ。
「でしょう?」
でも、あの子はあなたにはあげないけどね?
「あの子に命まで捧げるのは、わたしだけよ。あなたにもお父様にもお兄様達にも他の誰
にも、エルダールの中では許さないの。あの子がその死の間際まで、己の運命に道連れに
した事を嘆くのは私だけなんだから。貴方たちには思い出だけをあげる。私は運命まであ
の子にあげるのだから、あの子の思い出なんていらないの。だからあの子は私のもの。私
はあの子のものになるもの。私すべてを代償に払って、あの子を手にするのだから」
どれほど卑怯と言われたって、構わないんだから。
星々のきらめきを思わせる瞳で、宵闇と黄昏の瞬間の美しさすべてを閉じ込めた麗しさ
で、ウンドミエルは優雅に笑った。
やはり彼女は卑怯だと、彼は思って苦笑した。 あの子を、あの希望を、輝ける星を、
愛しているのは彼女一人ではないというのに。それでも彼女はそれを知った上で、尚もあ
の子は己一人のものだと宣言するのだ。すべてを代償に払うと彼女が宣言した以上もう誰
もそれを止めることはできず、奪う事もできなくなると知った上で。
くすくすと笑って、彼女は言った。
「そうよあの子は私のもの。あなたにも他の誰にも渡しはしないわ!
……でも、私が思うに結局の所、あなたはあの子の為でなく、他の誰かの為に生きて死
ぬのよ。マイアの血を引くアルウェン=ウンドミエルの先見の言葉をお聞きなさい、レゴ
ラス、緑葉の君よ!貴方は確かにあの子を愛していて、それは私ほどではなくてもとても
強いものではあるけれど、けれどそれは貴方の生涯を規定するものではないの。あなたは
あなたの世界が灰色になる前に西へ渡るでしょう!けれど、きっとあなたは、世界が灰色
になるのを目にするのよ」
灰色の世界。
いつの間にか彼女は笑うのをやめていた。恐ろしく真剣な瞳、或いは何かこの世を隔て
る膜を数枚透視したかのような超越した視線が、彼を見ていた。これは予言だと、彼は思
った。そしてこれこそが彼と彼女との会話を成り立たせる、最も大きな要因だったのだと、
その予言を知った後から彼は過去に理由をつける。エルフとはそういう生き物だった。
いつだって彼らは、すべての事に決まった理由を、固定した理由を付けていく。そしてそ
れはすべて、世界の発生から決まっていた事なのだと知る。
「―――……それは」
それでも笑って、レゴラスは言った。闇の森のエルフにふさわしい、陽気な笑みだった。
「随分と、不吉な、そして幸福な予言だね、夕の星の君よ」
彼女もそれを聞いて、やはり笑った。
世界は彼らの前にやがて灰色に、けれど恐ろしく光り輝いた後のその果てに、やがて灰
色になるだろう。
指輪をめぐる最後の戦いが始まる、瞬きのような前、ほんの数十年前の事だった。
その瞬間。ただその刹那のその瞬間だけでも。それだけでもただただきらきらしく世界が輝くとするならば。
その後の灰色の黴に覆われた世界も、もう惜しいとは思わない。