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「小夜鳴鳥」

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 ああティヌヴィエル、ティヌヴィエル、どうか逃げていかれますな。















 マイアの娘ルシアンは夜に踊る。
 花の咲く柔らかな草原の上で、星明りに照らされて白く踊る。観客と言えば、獣と木々
と、森の境界を作る川の静かなせせらぎのみ。この世で最高の美姫と讃えられた彼女は、
高く低く、優雅に歌う。歌の民と呼ばれるエルダールのテレリの族にも属す己の身の所属
を宣するように。
 その前の夜に彼女は不思議なものを見た。

 星辰の明かりの下、月の光の下、夜毎に彼女は舞い踊る。だがそれは常に余人のいないこの彼女の父王の森の端、母神の魔術の網の際を舞台としていた。森の外を覆わんと冥王の手より伸び来る暗闇も、マイアとエルダールの治めるこの地には届かない。だから森の中心に位置する、シンゴル王の宮殿は、夜でも煌々と白い光に照らされる。けれど彼女はそこでは踊らない。ただ月明かり、星明り、エルベレスが直接しろしめす草原の上で裸足で踊る。身を飾る宝石ひとつ付けないまま。

 彼女は美しかった。宵闇の色と形容された事もある、つややかな黒髪は彼女の動きと共に、まるで彼女の影のように舞った。腰まで届く長いその髪を、宮殿にいる時は美しく結い上げているそれを、森の際で踊るその時には彼女はただ自然に垂れるままにする。絹糸のようなその髪は、細い雨が落ちるようにさらりと流れた。それは彼女が踊るにつれて、小波のようにふわりと揺れる。とても穏やかに。

 星明りこそが彼女の宝玉。エルベレスこそ彼女の宝冠。上古の、まだ月も陽もなかった
時代の夜の美しさをこそ背景に、彼女は艶やかに緩やかに踊った。


 彼女はその前の晩の記憶を反芻する。すぐ前の夜の事を考えるなど、それはエルの長子たる不死のエルダールには珍しい事でもあった。彼らの日々は尽きることがなく、そうである以上彼らは滅多に新しい物事を起こす事がない。時は戦乱の世でもあり、もしかしたらそれはこの守られた森の外ではそうではなかったのかもしれないが―――少なくとも、彼女の父たるシンゴル灰色王のしろしめすネルドレスの森ではそういう事だった。昼夜の別なく何日も何週も、何年でも、同じような事が繰り返される。彼女がこうして、夜に誰も見ない場所で踊る事もまた。だからもしかしたら、前の晩と思う彼女の記憶も、また記憶違いなのかもしれなかった。ただそれは常にまるで昨夜の出来事のように鮮やかに、彼女の脳裏に回帰する。


 あれは何だったのだろう、あの人影のように思えた姿は一体。


 歌い、踊りながら彼女はそんな事を考える。守護の魔法の切れる境界、エスガルドゥインの流れのほとりに、あえて近づこうとする森の中のエルフを彼女は自分の他に知らない。
守護の術を施すメリアン妃、その本人の許可か運命の許可かがない限りどんな存在も決して境界を越える事ができない事は誰もが知っていたけれど、それでも境界を越えた向こうには暗闇の支配する荒野が広がっている事を知っていたからだ。だがそれが何だとルシアンは思う。歌って踊って、どうせ森の中に隠れ住む彼女達にはその中のどこにいた所で他の何かを行おうとはしない。西の国からの流謫者達、ノルドールのエルフのように何かを造りだす事もない。せいぜい、何かを作るにしても手慰みになるのがおちだ。だから彼女は歌う。歌だけは彼女の一族が掛け値なしに誇れるものだったからだ。


 幻だったのかもしれない。あまりに青白く、いまだかつて見たことがないほど窶れて見えたから。けれどあんな、いかにも旅に汚れたといった風情の風体を自分が幻に描く事ができたのだとしたら、自分の想像力は随分と進歩したものだ。それも無意識の内に。なんといっても、今自分は結局、その姿以外に窶れたという形容に見合う姿を思い浮かべる事ができない。

 手練のエルフの詩人達は、己が歌う歌を幻影にして他者に見せる事ができる。唄歌いで有名なテレリの一族の、その王の娘であるルシアンはそういう幻を当然多く見てきていた。
ただ己の歌にそんな能力があるとは思えなかったし、それに自分がその幻を見た時歌っていた歌は決して、そんな青白い人影を歌ったものではなかった。そうして彼女は小首を傾げる。あれは一体、何だったのか。物言わぬ獣達と並んで、そのゆるやかな輪の中でぽつりと、人影は彼女を見つめていた。それを知っていた。その晩彼女はそうして、いつもと同じように歌い踊り、夜が明けるその前に父と母の待つ王国の中心へと帰った。



 あの瞳。 ルシアンはその幻が彼女を見つめていた目をよく覚えている。



作品名:「小夜鳴鳥」 作家名:風牙瑠璃