BUDDY 13
BUDDY 13
「悪い」
士郎は申し訳なさそうに呟いた。
顔全体の赤みはやや落ち着いたものの、いまだ頬も耳も熟れた果物のように赤く、美味そうだ。
「いや、問題ない」
私がそう答えると、ますます眉を下げて謝ろうとするので、荒く赤銅色の髪を撫で、昼食の準備に取りかかる。
元々は士郎が作り始めていた昼食を、なぜ私が作るのかというと、士郎の腰が抜けてしまったからだ。
なぜ、腰が抜けたかというと…………、少し話を戻さなければならない。
士郎とキスを繰り返した。
私を好きだと何度も吐き出すように呟く士郎は、私とのキスだけで腰が立たなくなってしまった。
それだけで? と疑問に思われるかもしれないが、何度腕を引いて立たせようとしても、士郎は本当に立てなかった。
人とは、いや、もう人ではないのだが、人の身体は、こんなことにもなるのかと、感心やら驚きやらで言葉を失っていれば、士郎は消え入りそうな声で、立てないことを謝った。別段、謝られることもないのだが、その謝罪を受け取らなければ、面倒なことになりそうだったので素直に受け取っておいた。
いつまでも調理台を背もたれに蹲られていては邪魔なので、反対側の壁へと士郎を抱き上げて移動させる。
そうして、先の謝罪、というわけだ。
「俺が、作ってたのに……、ほんと、ごめん……」
「お前が悪いわけではない。そうなってしまったのは、私にも責任がある」
「う……、ぁう、ぅ、うん」
ますます顔を赤らめた士郎に、何やら鼓動が跳ねた。
(腰が抜けたのは士郎のせいではない。したがって、士郎が謝ることなどない)
そう、私がそうさせたのだから、士郎が面目ないなどと言って謝ることはないのだ。
(しかし、キスだけで……)
士郎が作りかけていた焼き飯を手際良く仕上げながら、そんなことを思っていた。
士郎は私とキスをしただけで、腰が立たなくなる、ということか……。
しみじみとそんなことに思い至って、また身体が熱くなってきた。士郎ほど如実にわかるような変化ではないが、確かに私の体温は上昇した。
動揺を悟られないように気を配りながら焼き飯を皿に盛り、スプーンをそれぞれの皿に置き、士郎を振り返る。
さっと視線を逸らした士郎に少し呆れてしまう。
先ほどからずっと視線を感じていた。突き刺さるような、舐め回されているような……、濃く、熱い視線。
のぼせる手前の体温でそんな視線を浴び続け、私もおかしくなったのだろう、こくり、と喉が鳴る。
「先に、リビング《あちら》へ連れて行こう」
士郎を抱えるために手を伸ばそうとすれば、
「い、いや、いい! お、俺、ここで、いいから!」
顔の前で広げた両手を振る士郎に、私の提案は拒絶された。
「む」
「あ、アーチャーは、あの、あっちで、食べてくれ。俺は、動けないし、こ、ここで——」
「そうか」
私が頷いたことに、ほっとした様子の士郎へ、ずい、と皿を差し出す。
「あ、ありがとう。いただきます」
「ああ」
答えてから、私も士郎の隣に腰を下ろした。
「ふえっ? ちょ、ちょっと、アンタ、何してるんだっ」
「私もここでいただく」
「い、いや、あの、あっちで、」
「面倒だ」
「…………っ……、そ、そ……っか……」
おさまりかけていた赤面が、またしても復活している。こいつは、本当に顔に出る。嘘が下手というか、嘘がつけないというか、自分自身を偽れない性質《タチ》だ。
まあ、エミヤシロウはたいがいそんなものだろう。偽物を作り出すくせに、自分を偽ることができない不器用な生き物……。
「美味いか?」
「うん、はい。うまい、デス」
なぜ敬語になるのか……。いや、敬語というには、おざなりだな。ただのデスマス口調だ。
「俺は……焼き飯のつもりだったのに……」
美味いと言っておきながら文句でもあるのか、士郎は不満げな様子だ。
「……お店の炒飯なみにうまいのは、どういうワケだ」
ブツブツと不平を呟きながら黙々と食べている士郎を見て、思わず笑いそうになってしまう。
(何に引っかかりを覚えているのだか……)
そんな士郎が、またしても可愛いと思えてしまった。
(重症かもしれない……)
宙を仰いで、冷静さを取り戻そうと試みる。
だが、冷静さは、手の届くところにはなかった。
☆★☆★☆
————少し前の某日、密談がされていた。
買い出しから帰宅したアーチャーと入れ替わるように家を出た凛は、ランサーのバイト先を訪ねた。
すでに夕刻ではあり、ランサーの仕事上がりまで付近の喫茶店で時間を潰すことにして、やってきたランサーとともに喫茶店を出る。突然の訪問にもかかわらず、ランサーは嫌な顔一つしなかった。
「悪いわね」
時間を取らせてしまうことを謝れば、
「かまわねえよ」
ランサーは夜風に青い髪を揺らしながら薄く笑む。ふと初対面の彼を思い出した。
(あの時は、こいつは敵だって……、倒さなきゃって思ってたけど……)
今でこそ凛のことを、“嬢ちゃん”などと呼んでフランクに接してくるものの、彼は元々倒すか、倒されるかする敵であった。
(ランサーにこんなこと頼むようになるなんて……、ほんと、思いもしなかったわ……)
内心、申し訳ないとも思いつつ、凛はさっそく本題に入る。
「あの二人こと、どう思う?」
「は? 二人? ……ってぇ、あいつらのことか?」
「ええ。あいつら。……アーチャーと士郎のことよ」
「うーん……、まあ、どうにもならねえよな」
「そう思う?」
「ああ。弓兵も弓兵だが……、坊主もちょっとなぁ」
「ふふ。なんだか貴方も知ってるふうなのが可笑しいわ。……ほんと、どっちもどっち、なのよねぇ」
腹の底からため息を吐き出す凛に、ランサーは少し目を丸くしている。
「わかってんだな、嬢ちゃんも」
だったら、いちいち訊くなとでも言いたげに、苦笑いを浮かべているランサーへ、凛はキッと鋭い視線を向ける。
「それを、どうにかしたいのよ!」
ビシィッ、とランサーの目の前に指を突きつけて言い切る凛に、半眼でめんどくせえ、とでも言いたげに、いや、言いながらランサーはため息を吐く。
「いくらなんでも、無理だろぉ……」
「そこを、なんとか!」
先ほどの威圧を引っ込めて、今度はランサーを拝むように凛は手を合わせた。
「えぇー……」
心底嫌そうな声を上げるランサーに、頼むわよ、と続いてガンドを構えた凛に、ビクッとしてランサーは身構える。少し前に凛のガンドを数発喰らった記憶はまだ新しい。条件反射でそうなっても仕方がない。
「それ、人にものを頼む態度じゃねーだろー……」
逃げ腰で不平をぶつけてきたものの、ランサーはガリガリと髪を掻き乱し、
「しゃあねえなぁ、もー」
そう言って、凛の話を真面目に聞く気になってくれた。
「んで? なんかあったのか? こんな時間に一人で訪ねて来るくらいだ、退っ引きならねえ事情ができちまった、ってとこだろ?」
「ご名答。さすがね」
「いや、褒められてる気がしねえ……」
「あのね、今日、士郎が、」
「ぼ、坊主がどうした?」
「悪い」
士郎は申し訳なさそうに呟いた。
顔全体の赤みはやや落ち着いたものの、いまだ頬も耳も熟れた果物のように赤く、美味そうだ。
「いや、問題ない」
私がそう答えると、ますます眉を下げて謝ろうとするので、荒く赤銅色の髪を撫で、昼食の準備に取りかかる。
元々は士郎が作り始めていた昼食を、なぜ私が作るのかというと、士郎の腰が抜けてしまったからだ。
なぜ、腰が抜けたかというと…………、少し話を戻さなければならない。
士郎とキスを繰り返した。
私を好きだと何度も吐き出すように呟く士郎は、私とのキスだけで腰が立たなくなってしまった。
それだけで? と疑問に思われるかもしれないが、何度腕を引いて立たせようとしても、士郎は本当に立てなかった。
人とは、いや、もう人ではないのだが、人の身体は、こんなことにもなるのかと、感心やら驚きやらで言葉を失っていれば、士郎は消え入りそうな声で、立てないことを謝った。別段、謝られることもないのだが、その謝罪を受け取らなければ、面倒なことになりそうだったので素直に受け取っておいた。
いつまでも調理台を背もたれに蹲られていては邪魔なので、反対側の壁へと士郎を抱き上げて移動させる。
そうして、先の謝罪、というわけだ。
「俺が、作ってたのに……、ほんと、ごめん……」
「お前が悪いわけではない。そうなってしまったのは、私にも責任がある」
「う……、ぁう、ぅ、うん」
ますます顔を赤らめた士郎に、何やら鼓動が跳ねた。
(腰が抜けたのは士郎のせいではない。したがって、士郎が謝ることなどない)
そう、私がそうさせたのだから、士郎が面目ないなどと言って謝ることはないのだ。
(しかし、キスだけで……)
士郎が作りかけていた焼き飯を手際良く仕上げながら、そんなことを思っていた。
士郎は私とキスをしただけで、腰が立たなくなる、ということか……。
しみじみとそんなことに思い至って、また身体が熱くなってきた。士郎ほど如実にわかるような変化ではないが、確かに私の体温は上昇した。
動揺を悟られないように気を配りながら焼き飯を皿に盛り、スプーンをそれぞれの皿に置き、士郎を振り返る。
さっと視線を逸らした士郎に少し呆れてしまう。
先ほどからずっと視線を感じていた。突き刺さるような、舐め回されているような……、濃く、熱い視線。
のぼせる手前の体温でそんな視線を浴び続け、私もおかしくなったのだろう、こくり、と喉が鳴る。
「先に、リビング《あちら》へ連れて行こう」
士郎を抱えるために手を伸ばそうとすれば、
「い、いや、いい! お、俺、ここで、いいから!」
顔の前で広げた両手を振る士郎に、私の提案は拒絶された。
「む」
「あ、アーチャーは、あの、あっちで、食べてくれ。俺は、動けないし、こ、ここで——」
「そうか」
私が頷いたことに、ほっとした様子の士郎へ、ずい、と皿を差し出す。
「あ、ありがとう。いただきます」
「ああ」
答えてから、私も士郎の隣に腰を下ろした。
「ふえっ? ちょ、ちょっと、アンタ、何してるんだっ」
「私もここでいただく」
「い、いや、あの、あっちで、」
「面倒だ」
「…………っ……、そ、そ……っか……」
おさまりかけていた赤面が、またしても復活している。こいつは、本当に顔に出る。嘘が下手というか、嘘がつけないというか、自分自身を偽れない性質《タチ》だ。
まあ、エミヤシロウはたいがいそんなものだろう。偽物を作り出すくせに、自分を偽ることができない不器用な生き物……。
「美味いか?」
「うん、はい。うまい、デス」
なぜ敬語になるのか……。いや、敬語というには、おざなりだな。ただのデスマス口調だ。
「俺は……焼き飯のつもりだったのに……」
美味いと言っておきながら文句でもあるのか、士郎は不満げな様子だ。
「……お店の炒飯なみにうまいのは、どういうワケだ」
ブツブツと不平を呟きながら黙々と食べている士郎を見て、思わず笑いそうになってしまう。
(何に引っかかりを覚えているのだか……)
そんな士郎が、またしても可愛いと思えてしまった。
(重症かもしれない……)
宙を仰いで、冷静さを取り戻そうと試みる。
だが、冷静さは、手の届くところにはなかった。
☆★☆★☆
————少し前の某日、密談がされていた。
買い出しから帰宅したアーチャーと入れ替わるように家を出た凛は、ランサーのバイト先を訪ねた。
すでに夕刻ではあり、ランサーの仕事上がりまで付近の喫茶店で時間を潰すことにして、やってきたランサーとともに喫茶店を出る。突然の訪問にもかかわらず、ランサーは嫌な顔一つしなかった。
「悪いわね」
時間を取らせてしまうことを謝れば、
「かまわねえよ」
ランサーは夜風に青い髪を揺らしながら薄く笑む。ふと初対面の彼を思い出した。
(あの時は、こいつは敵だって……、倒さなきゃって思ってたけど……)
今でこそ凛のことを、“嬢ちゃん”などと呼んでフランクに接してくるものの、彼は元々倒すか、倒されるかする敵であった。
(ランサーにこんなこと頼むようになるなんて……、ほんと、思いもしなかったわ……)
内心、申し訳ないとも思いつつ、凛はさっそく本題に入る。
「あの二人こと、どう思う?」
「は? 二人? ……ってぇ、あいつらのことか?」
「ええ。あいつら。……アーチャーと士郎のことよ」
「うーん……、まあ、どうにもならねえよな」
「そう思う?」
「ああ。弓兵も弓兵だが……、坊主もちょっとなぁ」
「ふふ。なんだか貴方も知ってるふうなのが可笑しいわ。……ほんと、どっちもどっち、なのよねぇ」
腹の底からため息を吐き出す凛に、ランサーは少し目を丸くしている。
「わかってんだな、嬢ちゃんも」
だったら、いちいち訊くなとでも言いたげに、苦笑いを浮かべているランサーへ、凛はキッと鋭い視線を向ける。
「それを、どうにかしたいのよ!」
ビシィッ、とランサーの目の前に指を突きつけて言い切る凛に、半眼でめんどくせえ、とでも言いたげに、いや、言いながらランサーはため息を吐く。
「いくらなんでも、無理だろぉ……」
「そこを、なんとか!」
先ほどの威圧を引っ込めて、今度はランサーを拝むように凛は手を合わせた。
「えぇー……」
心底嫌そうな声を上げるランサーに、頼むわよ、と続いてガンドを構えた凛に、ビクッとしてランサーは身構える。少し前に凛のガンドを数発喰らった記憶はまだ新しい。条件反射でそうなっても仕方がない。
「それ、人にものを頼む態度じゃねーだろー……」
逃げ腰で不平をぶつけてきたものの、ランサーはガリガリと髪を掻き乱し、
「しゃあねえなぁ、もー」
そう言って、凛の話を真面目に聞く気になってくれた。
「んで? なんかあったのか? こんな時間に一人で訪ねて来るくらいだ、退っ引きならねえ事情ができちまった、ってとこだろ?」
「ご名答。さすがね」
「いや、褒められてる気がしねえ……」
「あのね、今日、士郎が、」
「ぼ、坊主がどうした?」