BUDDY 13
アーチャーが何かしでかしたか、何か問題発言をしたかと予想していたランサーは、主語が士郎であることに少しうろたえ、すかさず訊き返してくる。
「士郎がね、消えたいって、言ったの」
眉を下げ、意気消沈した様子で訴えた凛に、ランサーは思い当たる節があるのか、あまり驚きはしなかった。
「……まぁ、あいつ、ちょっと思い詰め過ぎのとこ、あるからなぁ」
「あら、知ってる口振りね?」
「見てりゃあ、わかんだろ?」
「…………」
「嬢ちゃん?」
「はー……」
ガックリと肩を落とし、項垂れてしまった凛に、ランサーは少し慌てた様子だ。
「ど、どした?」
「いえ、いいのよ。貴方のせいじゃないの。……ランサーにはわかるのに、アーチャーにはわからないって…………、っあんの、朴念仁!」
怒り漲らせる凛に、まあまあ、とランサーが宥めにかかった。
「嬢ちゃんの苦悩もわかる。あいつら、マジで鈍い。そんで、弓の野郎はハナっから坊主を見てねえもんな」
「貴方もそう思う?」
「嬢ちゃんもか?」
コクコクと頷く凛にランサーも頷き返した。
「まあ、あいつらが、今までどんな関係でいたかは知らねえけどよ。もうちぃと、やり方ってもんがあるだろうに……。鈍い上に、坊主はいろいろ隠してるみてえだし、アーチャーはそれに気づこうともしてねえ。いや、気づいてんのかもしれねえが、対処できねえってんで、なんもやんねえ。あれじゃあ、どうこうなる要素はねえわな」
その通りよ、と凛はまたしても大きなため息を吐きながら愚痴をこぼした。
「どうしてランサーにはわかるのに、当事者のアーチャーがわからないのよぉ」
握った拳を振り下ろすこともできずに憤る凛に、ランサーは目を据わらせるだけだ。
やがて、溜まったものを少しではあるが吐き出せた凛は、ちょっとすっきりした、と落ち着きを取り戻してくる。
「ありがと、ランサー。話聞いてもらって、少し気が楽になったわ」
「かまわねえよ。これも何かの縁だ。聖杯戦争は有耶無耶になっちまって、半端な感じが拭えねえが、嬢ちゃんと一緒に問題に向き合うってのも、悪くねえ。そんで、おれは、何をすりゃいいんだ?」
「ふふ……。意外と乗り気なのね、貴方」
「ここまで話しておいて忘れろってのはなしだぜ。オメーさんが、わざわざ一人でおれに会いにきた理由くらい察してる。……おれに、頼み事があるんだろ? あの二人のことで」
「そうよ」
苦笑いをこぼした凛は、一つ大きく深呼吸をし、気を取り直したようにランサーを見上げた。
「明日、士郎とデートをするから」
宣言するように言い切った凛に、ランサーは困惑を露わにした。
「な、なによ?」
憮然と訊く凛に、ランサーは開いた口が塞がらない、とでも言いたげだ。
「デートって、もしかして嬢ちゃん。おれをアーチャーと殺《や》り合わせる気かっ?」
「ち、違うわよ!」
「おれを当て馬にするんじゃ——」
「違うってば! デートするのは士郎と私! 今日、そういう話になったのよ! それで、私が士郎を連れて来るから、ランサーには、士郎を消す手伝いをしてほしいの!」
「消しちまうのか、坊主……。もったいねぇ……」
もったいないとはどういう意味だ、と訊きたいのをおくびにも出さず、凛は冷静さを前面に出して答える。
「消さないわよ」
「はあっ? 今、消すって言ったじゃねーか!」
「消させないわ!」
キッパリと否定した凛は、ランサーに指を突きつけた。
「そんなつもりはさらさらないし、フリをしてくれればいいだけなの。だけど、本気でね」
「…………。まあ、かまわねえけどよ。それで? 坊主を消すフリなんかで解決するのかよ、あいつらのことは」
「その場にアーチャーも呼ぶわ」
「え……。それって、修羅場になんねぇか? とばっちりはごめんだぜ?」
「わかってるわよ。そうならないようにするから」
「ほんとかぁ?」
疑わしい、とランサーは目を眇めるが、任せておいて、と凛は自信ありげに自らの胸元を叩く。
「あ、そうだ、お礼は、何がいいかしら?」
「礼? んなもんはいらねえ」
「そういうわけにはいかないわよ。時間を取らせるわけだし」
「バイトに遅れなきゃどってことねえさ」
「バイトは何時から?」
「四時から喫茶店《サテン》。その後にスーパーの閉店作業と掃除、明け方に仕入れの手伝い、んで、魚屋と花屋と……」
「いったい、いくつ掛け持ちしてるのよ……」
「まあ、時間をやりくれるなら、いくつでもな」
「英霊だからできるのかもしれないけど、ほどほどにね? 魔力不足で行き倒れとかになっちゃうわよ?」
「なんだぁ? 嬢ちゃん、心配してくれるのか?」
「し、してないわよ!」
ニヤニヤと笑うランサーからフイと顔を背けた凛は、翌日の待ち合わせ場所と時間を決めてさっさと家路に着いた。
翌日、ランサーと示し合わせたとおりに港へ士郎を連れ、アーチャーにも緊急の呼び出しをかけた。
ランサーの槍に貫かれようとする士郎は覚悟を決めていて、おとなしくその時を待っている。そこへ姿を現したアーチャーは士郎を庇うようにランサーの槍の前に立ちはだかった。
“勝手なことをするな”と。
士郎を“オレのものだ”と言って。
(なあんだ、やっぱり両想いなんじゃない。だったら話は簡単ね)
凛は二人の現状をそう受け止め、二人が拗れているのもあと少しだろう、と安堵のため息をついたのだった。
***
「で、だ」
隣に腰を下ろしたアーチャーは、士郎を振り向く。
「いや、ちょっと、近い……」
いまだ立てない士郎は、それでもジリジリとアーチャーから距離を取る。が、アーチャーは士郎が離れようとした隙間を埋めてさらに近づく。
「だ、だから、近いって!」
「む。なんだ。お前は私が好きなのだろう? ならば、近い方がいいのではないのか?」
「そ、そんな極端な……、っていうか、アンタがそんなことする必要はないだろ。俺が好きってだけで、アンタは俺に対して何も感じていないんだし、そんな変な気遣い、される方が困る」
「…………そうか」
眉間にシワを刻んだまま、アーチャーはソファの端へ座り直した。
(そこまで離れなくても……、い、いや、適正な距離ってものがどの程度かもわからないんだし、とりあえずは離れていてくれる方がいい)
ほっとしながらも、士郎は少なからず気落ちしている。距離を詰められるのは困るが、アーチャーが自分を気遣って近づこうとしたという事実が、やはり辛い。そこにアーチャーの気持ちというものがないと知ることは、わかっていても気分が沈む。
(好きというものを教えろだなんて、普通、言わないよな……)
好きだと思う者には、まして、“お前が好きだ”と告白してきた者には、決してそんなことを言わないはずだ。
(ということは、俺は、ハナから眼中にないってことで……)
ますます気落ちしてしまい、思わずため息がこぼれてしまった。
「どうかしたのか?」
声をかけられたが答えられず、項垂れたまま否定するように首を振る。
「士郎?」
「なんでもない……」
「だが、」
「ああ、うん。悪い、ひとりにしてほしい」
アーチャーを見ることもできずに言えば、立ち去る気配がする。