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ショコラトルの魅了

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「─やれやれ、見境のない輩だな」

机の上の代物を前に、エルフリックはため息をついた。宝箱を思わせるような小箱の傍には透明な瓶が置かれている。瓶の中には、濃褐色で楕円状の種が詰められていた。ロゼルタは机の向かい側からそれをしげしげと眺める。
「話には聞いていましたが·····、これが『ショコラトル』と呼ばれるものになるのですね」
ロゼルタの言葉に「そうだ」と短く返すと、エルフリックは椅子に腰掛けたまま瓶へと視線を落とした。
「この種をすりつぶし湯を注いだものは疲れを癒し、病を遠ざけると言われている。人呼んで『長寿の薬』·····。富裕層への献上品として良く使われているものだ。─今回のようにな」
そう言いながらエルフリックは瓶を掴むと、側面に貼り付けられたラベルの文字を指でなぞった。

─事の発端は数週間程前、ロゼルタに種の詰められた瓶が渡されたことから始まった。
宮殿内に現れたロゼルタの見知らぬ人物。とある雑貨商の遣いだと名乗った男は「お近づきの印に」と小箱を手に彼女に話しかけてきた。ロゼルタも当初は断っていたが、「どうかお受け取り下さい」「お代は要りませんので」などと必死に食い下がる男を前に、研究資料の受け取りに急いでいたこともあり受け取ってしまった。
それ以降男は数日おきに宮殿にやってきてはロゼルタを見つけ次第、挨拶もそこそこに「こちらをどうぞ」と小箱を渡して付きまとってくるようになった。その光景を何度も目にする者が宮殿内に増えていくと、ついにはエルフリックにまでその話が届くほどとなる。今日もまた例のごとく小箱を押し付けられ付きまとわれていたところを、エルフリックの従者数人に庇われながら彼の自室へと逃れ、今に至る。

「あの雑貨商は、似たようなやり方で別の者にも近づいていたんだ。·····キミで三人目だな。どうしても私と縁を作りたいらしい。あの男にはもう遣いを送るなと随分前に伝えたはずだが·····、まったく懲りない奴だ」
エルフリックは半ば呆れながら言うと、ロゼルタにラベルが見えるように瓶を持ち直した。
「キミが一つ目の瓶を受け取っても返事を返さないのを『機会』だと見たのだろう。私に仕える者のほとんどはこの名前を知っていて、受け取ったとしてもすぐに品を返すからな」
「·····申し訳ございません、殿下」
「いや、責めたわけではない。今後この名を覚えていてくれればいい。·····研究報告の準備に時間を割いていて、そこまで気が回らなかったのだろう?」
「·····はい」
それなら仕方あるまい、と言葉をかけてくるエルフリックを他所に、ロゼルタは瓶を一瞥した。
毎年に行われる研究報告会。ロゼルタにとっては、宮殿に来てから初めての研究報告となる。それまで一人で打ち込んできた研究とは違い、規定や時期を守りながら物事を進めなければならない。勝手を覚えながら進める報告準備は多忙を極めていた。エルフリックに言われたことは嘘ではない。しかし実のところ、富や名誉といったものよりも研究『そのもの』を愛する彼女にとっては、献上品というものは興味が湧かない代物だった。だから見向きもしなかった、というのが理由として大きいなどとは流石に言わなかった。しかし─
(例の『長寿の薬』だって知ってたら中身を見ていたかもしれないけれど)
声に出さずに独り言ちる。小箱の中身を見るまでは、このように興味をそそられるものとは思ってもいなかった。成分の一つでも抽出していれば、とロゼルタは惜しんだ。言ってくれれば良かったのにと心の中で悪態をついた時、ふと沸いた疑問が口をついて出た。
「·····、どうしてこの品だったのでしょうか」
ロゼルタが宮殿に入ってからというもの、大方渡されるものは金品かアクセサリーといった類いのものばかりだった。中身を見なかったのは、今回もそれだと思っていたからだ。
「·····。どうして、か」
エルフリックは呟くと瓶を机に置き、彼女を見上げた。
「もう一つの『効能』がこの品をキミに送った理由かもしれんな。以前もそのような話があったものだ」
「·····もう一つの『効能』、ですか? 」
聞き慣れない内容に、ロゼルタは思わず聞き返した。
「そのような話は聞いたことがありませんが」
実物を見たのは今回が初めてだが、話自体は大方把握していると思っていた。しかしまだ己の知らない情報があるとは。ロゼルタが小首を傾げているとエルフリックは意想外といった様子を見せた。
「知らないのか? ·····ああ、キミが宮殿に来るより前のことだったか。あの頃はよく話題に上がったものだが」
瓶を見やると、彼は淡々と続けた。

「この種の原産地では、一国の王が女性と一夜を共にする前に必ず口にしていたという逸話があるらしい。─ようするに、『媚薬』ということだ」

一瞬の静寂が部屋を包む。一拍置いてから、ロゼルタは訝しげに口を開いた。
「·····何故そのようなものを、私に?」
思い当たる節もない、と言わんばかりの彼女の様子にエルフリックは苦笑した。
「キミに恩を売ったつもりなんだろう。どうやら例の噂を信じている人間の一人らしい。─私とキミが深い仲である、という『噂』をな」
彼の言葉に、ああそういえば、とロゼルタは思い返した。
それは彼女が皇子直属の学者となってから、まもなくして流れ始めた噂であった。下級の貴族とはいえ、世俗との関わりすら捨てていた彼女は本来皇室とは縁を持つはずの無い人間だった。加えて名誉に興味を持たなかった彼女は研究者としてもほぼ無名である。加えて彼女は─当人は気にも留めていないが─容姿が美しかった。そのような人間が突然立場を得たならば、根も葉もない噂が立つのも無理はない。
「私に一夜捧げて立場を得た女なら、このような品を必要とすると考えたわけだ。·····まったく、どうしようもない者ばかりだ」
「·····」
声に呆れを含めながら話すエルフリックを見やりながら、そういうものなのかとロゼルタは密かに思った。長く世俗を離れていた彼女はそういったものには疎い。これもまた人の感情が産むものなのかと興味深げに結論づけていると、「ロゼルタ」と名前を呼ばれたため彼の言葉に耳を傾けた。
「噂の内容が内容だからな、しばらくは消えるまい。まあ今度の研究報告でキミの実力が知られれば空気は変わるだろう」
「·····はい」
「ただ、それまでの間に今不都合が起こることも十分考えられる。その時は私を頼りたまえ。キミのことは私が守ろう。─さて、そろそろか」
エルフリックは窓の向こうの景色を見やった。窓に切り取られた空が、ゆっくりと赤く染まり始めている。
「今頃あの遣いの男は追い出されている筈だ。この時間になれば、流石に宮殿には戻ってこないだろう」
「ありがとうございました。殿下」
「構わんさ、部屋に戻りたまえ」
そう言って彼が促すのに、それでは、と軽く会釈するとロゼルタは机に置いた瓶を仕舞おうと手を伸ばす。
「ああ、その瓶だが─」
エルフリックは続けた。
「キミの部下に指示して、遣いの男に他の瓶と一緒に返してやるといい。どの瓶も蓋を開けていないのだろう? それを見れば、向こうもそれで察する筈だ」
「え」
作品名:ショコラトルの魅了 作家名: