彼方から 第四部 第二話 ― 祭の日・2 ―
『あいつのために出来ることなら、何でも――』
腑に、落ちた気がする。
『ああ、そうか』と……
それが、『人を好きになる』ということなのかと――
衣装を台の上に置き、カイザックを見やる。
「……そうだな」
『おれも同じだ』と、言外に意を含めた笑みを浮かべて……
***
二十歳になったばかりとは思えぬ、大人びた笑み。
だが、その笑みには、『男』として一人の女性を想い護る、覚悟と誇りのようなものが垣間見える。
口数の少ない青年の笑みに、カイザックは己の想いと近しいものを感じ、ふと、笑みを零した。
「代役、引き受けてくれて助かったよ――それと、さっきはいきなり怒鳴って、悪かったな」
自分の服を手に取り、着替え始めたイザークにそう、声を掛ける。
微笑みながら、『気にしていない』とでも言うようにゆっくりと首を振る様を見やり、
「おれが、いいカッコ出来ないのは、口惜しいけどしょうがない」
カイザックは松葉杖を抱え、
「自分がどうのと、言ってる場合じゃないからな」
溜め息にも似た息を吐きながら、
「こんな小さな町の祭だけど、成功いかんによって、国が大きく変わる危険があるんだから……」
不穏な言葉を、吐き出していた。
**********
――…………
――国の命運、か……
一人……
少し薄暗い廊下を、宛がわれた部屋へと向かい、歩く。
思いは自然に身を隠し、逃避行を続けているであろう、左大公たちの安否へと傾く。
ガーヤ、ゼーナ、アニタ、ロッテニーナ……
バラゴ、アゴル、ジーナ――
バーナダム、ロンタルナ、コーリキ、ジェイダ……彼らの安否へと…………
「ノリコ、開けるぞ」
ドアノブに手を掛けながら一応……声を掛ける。
『恋人同士』と言って間違いはないのだろうが、それでも――――
女性が一人でいると分かっている部屋に、声も掛けずに平気で入っていけるほど無遠慮にはなれない……の、だが――
――……?
ノリコからの返事はない。
その事を訝しく思い、部屋の中の『気配』を探る。
……何故か、彼女の気配がすぐ近くに――
そう、ドアのすぐ傍にあるのが分かる。
――……ったく
どうしてそんなところに居るのか……
彼女の行動の意図よりも、休んでくれていなかったことに、『しょうがないな』という思いが過る。
態と、ドアをゆっくりと開ける。
「え? や……」
少しの驚きと焦り、それと、軽い反発を感じながら、
「何をやってる」
彼女を『ぎゅう』と、ドアと壁の間に挟み込んでやる。
「きゃー(汗)」
隙間から、困ったように出され振られる彼女の手を見やりながら、イザークは『やれやれ』とでも言うように小さく息を吐き、ドアを押さえていた手を離していた。
「……ひどーい」
手の平を顔に当てながら、
「イザーク、挟むんだもの」
トコトコと歩み出て、少し恨めしそうにそう言うノリコ。
「そんなところに隠れているからだ、寝てろと言ったのに」
彼女の腕を取り、『当たり前だ』という言葉を言外に含ませながら、まるで手間の掛かる子供でも扱っているかのように、イザークは彼女をベッドへと誘っていた。
「ちょっと驚かそうと思ったのよ、足音が聞こえたから――――」
大人しくベッドへと向かいながら口にした、彼女の可愛らしい言い分を耳に……掴んだ腕から伝わる体温を確かめる。
まだ、微熱が出ているようだが、こんな悪戯が出来るくらい、体調が回復していることにホッとする。
……不意に、
「今朝の仕返しに」
肩越しに振り返りながら口にした、ノリコの言葉に――
今朝、二人で見た『消えかけの虹』が、揶揄った時の彼女の顔が、鮮やかに脳裏に蘇ってきた。
「でもだめだなァ、イザークには分かっちゃうんだから」
ベッドの上に軽く飛び乗りながら、どことなく楽しそうな響きの声音で呟くノリコ。
胸の奥が――
じんわりと温まるような、そんな感じがする。
「今朝言ったことは、嘘じゃない」
掛けた言葉に向けてくれる、大きな瞳。
「初めて、虹を身近に感じたのは本当だ」
自然と、笑みが浮かぶ。
「それまでは、まるでよそ事のように、思っていた……」
そう――――
世の中の出来事全てが……
季節の移ろい、自然のあり様、他人との関わりまでもが、そう思えていた。
「…………不思議なことだが」
言葉にするほどに、
「おまえから逃げることを止めたあの日から、ものの感じ方が少し――変わったような気がする」
実感する。
ベッドの上に座り直し見上げて来る彼女を、
「――時たま、本当に……」
覗き込むようにベッドへ片膝を着き……
「おれ達の運命を変える方法が、見つかるような思いにさえなる」
イザークは感じたままの想いを、素直に口にしていた。
「じゃ……」
とても嬉しそうに、頬を少し朱に染め、笑みを浮かべ……
「見つかるんだよ、きっと」
そう、言い切ってくれるノリコ。
彼女の言葉に、何の根拠もないことなど分かっているが、何故か……
『大丈夫』だと保証されたような気になる。
共に……
同じ方を見て歩んでいるのだと、そう思えるからだろうか……
愛しく想う。
優しく、彼女の額に指先を当て、軽く力を籠め、
「休め、おれもここにいるから」
横になるよう、促す。
「うん」
素直な返事と共に、横たわる彼女に毛布をそっと掛け……
「お祭りの打ち合わせ、終わったの?」
「ああ」
「成功するといいね」
そんな……
他愛のない会話を交わすこの一時すら、愛おしい。
共に歩む限り、何時でも、いくらでも交わすことの出来る言葉――――同時に……
何時、如何なる時……終わりを迎えるとも知れない、この時が……
**********
夜が、更けてゆく。
町の揺らめく灯りを遠く見やり、『闇』が……
闇の力に操られし『邪気』が……
花籠の支えとなる『綱』に、屯う。
『光』から隠れ、夜闇に紛れ――
『闇』の意に従い、その意の望む『世界』に、『世』を導かんとして……
彼方から 第四部 第二話 ― 祭の日・2 終 ―
作品名:彼方から 第四部 第二話 ― 祭の日・2 ― 作家名:自分らしく