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手袋を買いに行ったら大好きな人ができました1

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 まだ冬の入り口だというのに、このところとっても冷え込みが厳しくなりました。今日も空気は冷たいけれど、炭治郎の手は市松模様の手袋でぬくぬくです。しもやけのせいでずっと元気がなかった妹の禰豆子も、桃の花の色した手袋のおかげで、今日はニコニコしています。

「本当に買ってきちゃうんだもんなぁ。しかも一円って!! ありえないから! 町で買い物したら絶対に手袋二つで一円なんてありえないからっ!!」
 昨夜、炭治郎が帰ってくるのを道の途中で待っていた善逸と伊之助は、無事に戻ってきた炭治郎に大喜びしてくれました。でも、洋服屋さんが一番小さい硬貨一枚で手袋を二つ売ってくれたと話したら、善逸はとんでもなく驚いて、そんなの変だとわめいたのです。
 町で暮らしていたねずみの善逸は、キメツの森しか知らない炭治郎や伊之助よりもずっと、人間のことを知っています。だからきっと、善逸が言うことは確かなのでしょう。
「どうしよう、洋服屋さん間違えちゃったのかな。明日また行って、足りないお金を払ってこなくちゃ」
「えー? でもこれでいいって言ったんだろ? もしかしたら炭治郎を油断させようとして、一円しかとらなかったのかもしれないぜ? 次に炭治郎が行ったら捕まえて、毛皮にするつもりかもしれないっ!! 人間は狐の毛皮が大好きなんだ!」
 善逸はそう言って心配していました。それを聞いた伊之助も大騒ぎです。
「なんだとぉ? そんなことしようとしてやがんのか! だったら俺様が権八郎が捕まる前にその人間を倒してやるぜ!」
「ちょっ、伊之助! 駄目だってば!」
 短気な伊之助がお店に突進しようとしたものだから、炭治郎は止めるのにとっても苦労しました。


「まったく、善逸も伊之助も心配性だなぁ」
「でもお兄ちゃん、洋服屋さんはなんで、一番小さいお金でいいって言ったのかしらね?」
「うーん、間違えちゃったんだと思うんだけど……」
 とことこと二人で森の奥へと歩きながら、炭治郎と禰豆子は首をかしげあいます。
 二人とも人間のことはよく知らないので、洋服屋さんがなにを考えたかなんてわかりません。
「でも、すごくやさしい匂いがする人なんだ。善逸が言うようなことには、きっとならないよ」
「そっかぁ。お兄ちゃんは山犬さんや狼さんよりも鼻が利くものね。きっと大丈夫だね」
 話ながらどんどん進んでいくと、森の奥にあるきれいな泉に着きました。お土産に持ってきた木の実をそっと泉のほとりに置いて、炭治郎と禰豆子はぺこりと泉に頭を下げました。

「水柱様、こんにちは! 今日も俺と禰豆子は元気です。水柱様が助けてくれたおかげです、ありがとうございました!」

 炭治郎と禰豆子はときどき、この泉にお礼を言いに来ます。何度訪れても水柱様は姿を見せてはくれないけれど、二人はそれでもお土産にお花や木の実を持って、お礼を言いに来るのです。
 いつか水柱様が姿を見せてくれて、きちんと目の前でお礼が言えるといいのだけれど。それまで二人は、何度だって泉に来るつもりです。
 でも、今日も泉は静かなまま。凪いだ水面はきらきらと、お日様の光を浴びてきらめくだけ。
 澄んだきれいな泉からは、とてもやさしくて、でも、とてもとても悲しくて寂しい匂いがします。
 炭治郎が水柱様に初めてお逢いしたのは、『災い』に襲われて、お母さんや弟や妹たちが死んでしまった日のことでした。
 怪我をしていた禰豆子を連れて逃げ出したものの、すぐに追いつかれて、炭治郎も殺されそうになりました。禰豆子だけは守らなきゃと、『災い』に向かって両手を広げて立ち向かった炭治郎の前に現れて、『災い』を斬り祓ってくれたのが水柱様です。おかげで炭治郎と禰豆子は助かったのです。
 水柱様から、泉と同じ匂いがしていたことを、炭治郎はよく覚えています。

『よく耐えた。あとは任せろ』

 そう言って、炭治郎たちに襲いかかろうとした『災い』を斬り祓ってくれた、キメツの森の神様。
 お館様と呼ばれるキメツの森の護り神様の配下には、柱様という九人の神様たちがいらっしゃいます。水柱様は、そんな柱のお一人です。
 炭治郎たちが生まれる前まで、水柱様は、とても美しくてやさしい女神様だったそうです。けれど、あるとき『災い』に襲われて、水柱様はお守りする眷属たちの奮戦むなしく、眷属たちもろともに亡くなってしまったのだと、炭治郎はお母さんから聞きました。
 弟君が後を継いで水柱様になったのですが、誰もそのお姿を知りません。
 ほかの柱様と同じように、『災い』から守ってくださるのですが、誰一人として水柱様のお姿を覚えていないのです。
 炭治郎と禰豆子も同じでした。
 禰豆子を守ろうと『災い』に向かって立ちはだかっていた炭治郎を見て、水柱様はほんのちょっと驚いたような顔をした気がしましたが、炭治郎はそのお顔が思い出せません。
 お礼を言おうとした炭治郎と禰豆子に首を振り、間に合わなくてすまなかったと悲しげに言ったそのお声も、そっと頭を撫でてくれた手の大きさや温かさも、なに一つ炭治郎は思い出せません。
 水柱様のお顔もお声もぼんやりとしていて、どうしても思い出せないのです。けれど、炭治郎はとっても鼻が利くので、匂いだけはしっかりと覚えていました。
 水柱様がお住まいになっている泉と同じで、とてもやさしくてとっても悲しく寂しい匂いが、水柱様からはしていました。

 そういえば、洋服屋さんも同じ匂いがしてたな。

 もちろん、神様である水柱様と人間の洋服屋さんが、同じなわけはありません。でも、炭治郎には二人が同じ匂いだとはっきりとわかりました。
 小さな洋服屋の窓から漏れる灯りの色も、洋服屋さんの匂いも、水柱様と同じようにやさしくて悲しくて、寂しい。
 水柱様に直接お礼を言うぞ! という意気込みと同じくらい強く、炭治郎は洋服屋さんの悲しくて寂しい気持ちを消してあげたいなと思いました。
 あんなにきれいでやさしい人なんだもの。狐の炭治郎とだって、お友達になってくれるかもしれません。そうしたら、いっぱいいっぱい仲良くして、洋服屋さんの悲しいのも寂しいのも、炭治郎が消してあげられたらいいなと思うのです。


「禰豆子、兄ちゃん今日も洋服屋さんに行ってみるよ。もしもお金を間違えてるなら、足りない分を払わなきゃ!」
「そうだね。でも気をつけてね、お兄ちゃん。洋服屋さんはやさしくても、ほかの人間はわからないもの」
 お店にほかの人間が来ていたら、善逸の心配どおりに捕まってしまうかもしれません。禰豆子の言うことはもっともだと、炭治郎もうなずきました。
「わかったよ。ちゃんと気をつけるから、禰豆子も気をつけて帰るんだぞ? もしも『災い』がやって来たら、すぐに逃げろよ?」
「大丈夫、お兄ちゃんがお出かけのときは、善逸さんと伊之助さんが来てくれるもの」
 それはそれで心配だなぁ。炭治郎は、ちょっぴり苦笑いしてしまいました。


 禰豆子と別れた炭治郎は、とっとことっとこと森の外れへと急ぎます。昨日は狐の耳やしっぽを見られちゃ大変と、夜にお邪魔しましたが、洋服屋さんにはもう炭治郎が狐だと知られています。それならお昼からお邪魔しても大丈夫でしょう。