手袋を買いに行ったら大好きな人ができました1
禰豆子を一人にするわけにはいかないので、炭治郎は夜には帰らなければいけません。でも今からお邪魔すれば、お日様が沈むまでにいっぱいお話しできるはずです。炭治郎はウキウキと走りました。
とっとことっとこ炭治郎が走るたび、ふさふさのしっぽが楽しそうに揺れて、耳の飾りもゆらゆら揺れます。お日様模様の大きな耳飾りは、本物のお日様の光を浴びて、きらきらと光っていました。
そうして辿り着いた森の外れ。まだ明るいからでしょうか、小さな洋服屋さんの窓には灯りが見えません。
トントントン。昨夜と同じようにノックして、炭治郎はドキドキしながら扉を開けました。
「こんにちは! 洋服屋さん、いらっしゃいますか?」
ひょこりとお店のなかを覗くと、棚の前にいた洋服屋さんが、くるりと振り向いてくれました。
「……本当に来たのか」
「はい! 約束しましたから!」
洋服屋さんは元気にお返事した炭治郎を見て、ちょっとだけ溜息をつきました。
「もしかして、お忙しいですか?」
炭治郎のしっぽがしょぼんと下がると、洋服屋さんは、少し困ったように小首をかしげました。
よく考えてみたら、お店が開いているのですから洋服屋さんはお仕事中です。炭治郎とお話しする時間はないのかもしれません。
どうしようと扉の前で困っていると、洋服屋さんは、そっと炭治郎を手招いてくれました。
「そこに座って待っていろ」
指差されたのは丸いテーブル。椅子は四つ。
言われるままによいしょと炭治郎が椅子に座ると、洋服屋さんはうなずいて、お店の奥にある扉に入ってしまいました。
一人っきりになった炭治郎は、興味津々にお店のなかを眺めまわしました。
外から見るととっても小さなお店なのに、なかはずいぶん広く感じます。奥の大きな棚には、色とりどりの手袋やマフラーがいっぱい。上着やシャツ、マントが掛かったハンガーもあります。 帽子や耳当て、ブーツまであって、寒い冬でもあったかく過ごせるものがいろいろありました。
お店には、炭治郎が座っているテーブルセットのほかにも、さらに大きな机が壁際に据えられていました。上には見たこともないいろんな道具が乗ってます。きっと洋服屋さんのお仕事机なのでしょう。
あそこにあるもこもこの靴下は、善逸に似合いそうだ。伊之助は冬でも裸ん坊だけど、あのマフラーだったらつけてくれるかな。あっちの帽子、お花がついててかわいいなぁ。禰豆子が喜びそうだ。
友達や禰豆子の顔を思い浮かべながら見るお洋服は、なんだかとってもウキウキとします。炭治郎の楽しい気持ちに合わせて、しっぽもふりふり揺れました。
そうしてお店のなかを見ているうちに、洋服屋さんが戻ってきました。コトンと炭治郎の前に置かれたカップから、温かい湯気が立っています。甘い匂いに炭治郎は、思わず鼻をひくひくさせてしまいました。
「……気をつけろ」
そう言って洋服屋さんは、炭治郎の向かいの席に腰を下ろしました。
カップのなかで揺れるのは、美味しそうなホットミルク。炭治郎のために温めてきてくれたのです。
炭治郎はうれしくなって、両手でカップを持つと、大きな声でありがとうございますとお礼を言いました。
ふーふー冷ましてこくんと飲めば、ミルクはほんのりハチミツ味。甘くてとってもおいしくて、炭治郎はたちまち笑顔になりました。
「とってもおいしいです!」
洋服屋さんはなにも言わず、小さくうなずいただけでした。もしかしたら、とっても無口な人なのかもしれません。
「あの、洋服屋さん。昨日買った手袋、あの小さなお金一枚じゃ全然足りないって、友達が言ってました。足りないお金を払います。ここから取ってください!」
今日も首から下げていたお財布を洋服屋さんに差し出せば、洋服屋さんはそっと首を振って、もうお代は貰ったと言います。でも、それでは炭治郎の気がすみません。
「駄目です! お金はちゃんと払わないと! この一番大きくてきらきらしたお金だったら足りますか?」
「金はいらない。代わりに手伝ってくれ」
頑固な炭治郎に洋服屋さんも根負けしたようです。押し問答の末に、とうとうそんなお願いを口にしました。
「お手伝いですか? はい! なにをしたらいいですか?」
「炎柱の住まいに咲いている、火の花を一輪もらってきてくれ」
「炎柱様のお住まいに咲いてる火の花ですね。わかりました! 明日行ってきますね!」
ニコニコと笑って言った炭治郎の頭を、洋服屋さんはやさしく撫でてくれました。
笑ってくれないしあんまりお話もしてくれないけれど、洋服屋さんからはやっぱり、やさしくて悲しい匂いがします。
炭治郎の狐の耳としっぽを見ても、ちっとも驚かなかった洋服屋さん。手袋を二つも売ってくれて、あったかいミルクをくれた、やさしくてきれいな人。悲しくて寂しい匂いのする人。
ちゃんとお手伝いができたら笑ってくれるかな。洋服屋さんの寂しくて悲しいのが、少しは消えてくれるかな。もっともっと仲良しになれたらいいんだけれど。
よし、お手伝い頑張るぞ! 張り切る炭治郎を、洋服屋さんは静かに見つめていました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
作品名:手袋を買いに行ったら大好きな人ができました1 作家名:オバ/OBA