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手袋を買いに行ったら大好きな人ができました 3

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「無惨だな! お前に森は襲わせない!」
「っそうだぁぁっ!! 俺様がいるかぎり、てめぇの好きにはさせねぇぞっ!!」
 隣で伊之助も怒鳴ります。けれど、二人の足はどうしたってガクガクと震えました。心臓の音はうるさいぐらいで、汗が勝手に吹き出してきます。
 だって、炭治郎はなんの力も持たない狐の子供で、伊之助だってイノシシの子供でしかないのです。ただの『災い』すら倒す力はありません。『災い』の首魁なら、指先どころか、吐息一つで炭治郎たちを殺すことだってたやすいでしょう。怖くて怖くてたまりませんでした。
 それでも、炭治郎も伊之助もぐっと足を踏ん張って、決して後退りはしませんでした。臆病な善逸も、ガタガタ震えて早くもボロボロと涙を零してはいましたが、禰豆子に傷一つつけまいと、ぎゅっと抱え込むようにして立っています。

 無惨はなにも言いません。つまらなそうに、炭治郎たちに冷めた視線を向けているだけでした。餌でしかない炭治郎たちになど、なんの関心もないのでしょう。
 炭治郎は懸命に震える息を整えると、大きく息を吸い込みました。

「煉獄さんっ!!」

 一番最初にお逢いした、気さくで威風堂々とした炎柱様のお名前を、炭治郎は叫ぶように呼びました。
 けれど。

 「え……? な、なんで?」

 声は辺りに木霊しただけで、なにも起こりません。
 サァッと炭治郎たちの顔から血の気が引きます。なんで? どうして? 混乱する頭にはそんな言葉ばかりが浮かびます。
 炭治郎はなおも叫ぶように名を呼びました。

「胡蝶さん!」

「宇髄さんっ!」

「時透くんっ!!」

「不死川さんっ! ……甘露寺さん!!」

「伊黒さん! 悲鳴嶼さん……っ!」

 喉が裂けそうになるほどに呼んでも、誰のお姿も現れません。
「なんでぇ……っ、なんで誰も来てくれないんだよっ!」
 善逸の叫びは炭治郎の叫びでもありました。きっと伊之助や禰豆子も、同じ言葉を思い浮かべているでしょう。

「……無様(ぶざま)だな」

 もしも絶望を与える声があったのなら、きっとこれに違いないと思うほどに冷たい声音が、洞窟に響きました。声は大きくはありません。けれど、心を切り裂くような響きで、炭治郎たちの耳に届きました。
「産屋敷も衰えたものだ。こんなちっぽけな獣に私の結界を破らせようなど、愚かすぎて笑えもしない」
 産屋敷というのはお館様のことでしょうか。無惨は、森の護り神として長く鎮座してらっしゃるお館様のことを、知っているのでしょう。無惨もおそらくは、長く長く生きているに違いありません。
「浅はかな獣たち、私の結界にそんな通称で柱を呼び込めるとでも思ったか。真名を呼ばれでもしないかぎり、私の結界に、ハエのように鬱陶しい柱たちなど入れるものか。だが、貴様ごときちっぽけな獣に、己が身を縛る真名を教える柱などいるわけもない。実際、お前たちに真名を教えた柱は誰一人としていないだろう?」
 いかにも退屈そうな無惨の声は、もはや独り言のようでした。冷たく光る真紅の眼も、炭治郎たちのことなど見ていません。

 伊之助も、善逸も、禰豆子も、もうどうにもならないと、冷や汗まみれの顔に絶望の色を浮かべています。
 けれど、炭治郎だけは、まだ諦めていませんでした。
 ふさふさのしっぽをピンと立て、炭治郎は、今までよりも大きく息を吸い込みました。
 炭治郎が知るお名前は、あとお一人。
 やさしくて、悲しくて、寂しい匂いのする神様。長い黒髪を半半柄のベストの背で揺らせ、炭治郎を深く青い瞳で見つめて、やさしく頭を撫でてくれる人。宝物みたいなそのお名前を、炭治郎は大きな声で呼びました。
 その声に、感謝と、尊敬と、そしてただひたすらに心に浮かぶ、大好きの気持ちを込めて。


「──義勇さぁぁぁんっ!!」


 炭治郎の声が辺りに木霊して、残響が消えたそのとき。ザンッ、ザザァッ、と、激しく打ち寄せる波のような音が辺りに轟きました。

 音が聞こえてきた瞬間に、玉座のひじ掛けを掴む無惨の指先が、ピクリと震えるのが見えました。
 轟く波音に無惨の眉根が不快感を露わに寄せられて、ゴオォォォッと轟音立ててそびえあがった高潮が、玉座と炭治郎たちを隔てます。それが音もなく凪いでいった後に宙に立っていたのは、白い狐の面をつけ、半半柄の羽織を羽織った男の人でした。炭治郎たちに向けた背で、一つに結わえた黒髪が揺れています。

「我は産屋敷九柱が一柱にして、水柱を拝命する者なり。真名の誓約により参上し仕る」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇